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帰宅後。夕飯時になり、エイトとティスアは台所に立つティスアの両親からあれこれと指示されて、テーブルに料理を運んだり取り皿やカップを並べていた。新鮮なサラダやスープが並び、美味しそうな匂いが立ち込めてくる。
「エイト、休みの間は予知の特訓ね」
「え?」
両親に話が聞こえないようにするためか、ティスアが小声でエイトに話しかけた。
「……研究所の外で能力は使っちゃダメだって、博士もビルさんも言ってたけど」
「事件を止めるために使うんだから、大丈夫でしょ」
呆れ顔でティスアがそう言った。どうやら彼女の中では研究より事件を止める方が大事らしい。
「予知を見たら、二人で共有して調べるの。うちにはアイツーネットに繋がるパソコンがあるから、分からない事はそこで調べる。いつ起きるのか分かれば、博士やビルさんに話す。お母さんやお父さんでも良い。とにかく事件を止めるの。分かった?」
「う、うん」
ティスアの言ったアイツーネットとは、AIが統合するネットワークの略称だ。頭文字AIINを取って、単にアイツーネットと呼ばれている。
ティスアは本当に事件解決できると信じているようだった。やる気に満ちている彼女を見ると、エイトは憧れの気持ちが湧くと共に、もやもやとした気持ちになった。
「……ティスアは、すごいね。僕はもう、実験やめたい」
「え、急にどうしたの?」
ぽつりと漏らすエイトに怪訝そうな顔を浮かべるティスア。何か聞きたそうな顔をしていたが、その時ちょうどティスアの母、サラーサが台所から出てきた。
「ティスア、お父さんとお母さん、明日は朝から研究所に行ってくるから、エイト君と留守番よろしくね」
「はーい。……研究所って、いつもの面談?」
「そうそう。ビルさんから聞いたけど、なんだか最近調子が良いみたいね」
サラーサがどこか嬉しそうにティスアに言った。それを聞いたティスアも照れたように笑ってみせる。
ティスアの両親は週一回、面談のために研究所に通っていた。そこでビルから研究所でのティスアやエイトの状況の説明を受けるらしい。
「エイト君は、調子が悪いって聞いたけど、大丈夫かい? 嫌なら休んでも良いんだよ」
ティスアの父、アルバも食卓に着きながら、エイトにそう言った。
「あの、大丈夫です……」
エイトにしてみれば自分の不甲斐なさがおじさんやおばさんに伝わっているのだと思うと、情けない気持ちになった。
「つらかったら、やめても大丈夫だからね?」
「そうだよエイト君。予知なんてすごい力を持ってるんだから、人より大変な事もあるだろう? 研究のためとか、人のためとか、そんな歳で考えなくてもいいんだから」
サラーサやアルバは心配そうにエイトに言った。エイトは顔をあげられなかった。
「だめだよお父さんもお母さんも。そうやって甘やかすから、エイトがやめるって言い出すんだよ」
ティスアの言った言葉に、エイトは顔が熱くなった様に感じた。
「……なんで言っちゃうんだよ」
「ティスア、そんなこと言わないの」
たしなめるようにサラーサがティスアに向かって言ったが、ティスアは不満そうな顔のまま続けた。
「だってお母さん。私たちは他の人には無い力を持ってるんだよ? 研究が上手くいけば、多くの人の役に立つでしょ? だからそれだけ、他の人よりも頑張らないと! 私はそう思ってるにさー、エイトがもうやめたいって言うから」
「……分かってるよ」
エイトはそう呟くと、ぱっと席を立って自分の部屋がある二階に走っていた。背後からは呼び止める声が聞こえたが、エイトが食卓に戻ることは無かった。