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「まだ戻ってなかったのか? いくら区画内とは言え、あまり遅くなるなと言っただろ!」
ねめつけるような目でワタナベ博士がそう言った。その手には財布を握っている。エイトはてっきり自分の成績不振を怒るために、博士が自分を探しにきたのだと思ったが、どうやら自販機が目的のようだった。
「すいません博士、すぐ帰ります。全部ティスアが悪いんです」
「はあ? リウが馬鹿なのが悪いんでしょ!」
博士の前だというのに、二人は相変わらず言い合いを続けていた。
「またか、お前らはいつもそれだ」
うんざりした様子で近づいてきた博士は、けれど彼らの仲裁をすることもなく、自販機の前で小銭を漁りだした。
「博士はどう思いますか? リウは機械人形が犯人だっていうんです。そもそもそんな事できるわけないのに」
ティスアは博士に対してそう言った。彼女は怖いもの知らずすぎる。エイトは怒られるのではないかとそわそわしながらその様子を見ていた。
「馬鹿、予知の内容はお互いに影響が出るから喋るなって言われてるだろ!」
「また馬鹿って言った! 馬鹿じゃないもん!」
二人はまた言い争いを始めてしまった。ワタナベ博士はでかでかとため息をついたが、それに気づいたのはエイトだけだった。リウは博士を振り返る。
「博士、俺の予知が間違えてる可能性もありますが、機械人形が犯人の可能性もありますよね? 過去に機械人形が人を殺した例もあると思うんですが……」
「それは単なる事故でしょ! 機械人形が自分から殺人を犯すなんてあり得ない! それこそただのオカルトでしょ!」
いよいよヒートアップしてきたティスアがそう言った時、博士はこちらを振り返った。
「いや、ある」
何やら神妙な顔をしていた。二人も博士が真面目に答えてくれるとは思ってもいなかったのか、急に静かになる。
「過去に一度だけあった。自律モードだった機械人形が起こした事件が」
思い出すように目を細めて、どこか忌々しそうな口調で博士がそう言った。
「人形への命令が元で、事故死に繋がる例がほとんどだがな」
「ほらみろ、やっぱりあるんじゃないか」
「あるんですか? 本当に?」
得意気なリウに対して、ティスアは驚いた顔で博士に聞き返した。エイトもリウの言う事をあり得ないと考えていたため、信じられない気持ちだった。
「大手メーカーが出した、教育用として人気だったシリーズの人形が起こした事件だ。メーカー調査でバグが見つかった。事件扱いにはならなかった」
しみじみと言う博士は、いつもエイトを叱る時の雰囲気とは打って変わって、どこか物哀しい様子だった。
「……あんな事は、二度と起きないようにしなければ」
博士がぽつりとそう言った。普段見ない様子の博士に、リウやティスアも反応に困っているようだった。少しして、博士は三人の方へ向き直る。
「お前たちは、機械人形に自我はあると思うか? エイト、お前はどう思う」
「あ、その、分からない、です」
急に話を振られたエイトは、びくりと肩を震わせて、俯き加減にそう言った。煮え切らないエイトの態度が不満なのか、ティスアが代わりに博士に答える。
「私は自我はあると思います。だって、ちゃんと人間的な反応もあるし、感情もちゃんとある。自我が無かったら、そんな反応できないと思います」
「機械人形に自我は無いだろ。ただそう見えるだけだ。意識モデリングを使って、量子コンピュータで人間的な反応を模倣してるだけだ。機械が自我を持ったらそれこそ事件だろ」
リウの言葉にまたむっとしてティスアは彼を睨みつけた。
「それこそ事件、か」
ふんと鼻を鳴らした博士は、自販機からガシャガシャと音を立てて缶コーヒーを取り出し、くるりと踵を返した。
「とりあえず、今日はもう帰れ。分かってると思うが、休日に能力は使うなよ」
「はーい」
「あ! 博士、ちょっと相談が!」
リウが慌てて博士を追いかける。
「なんだ?」
「うちに貸して頂いた機械人形の件なのですが……」
どうやらリウの家に置いているという機械人形についての話のようだった。ラウンジ入口で二人が話し始めるのを尻目に、ティスアがエイトに向き直った。
「私たちはもう帰ろっか」
「うん」
ティスアとエイトはそうして研究所を後にした。