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 それから数日が経ったが、エイトの実験成果はどうにも上がらなかった。

 覚悟を決めて実験を開始しても、あの扉の前に来ると、どうしてもあの光景がフラッシュバックしてしまう。そのまま扉を開けずに時間が過ぎてしまい、気が付くと意識は研究室に戻っているのだった。

 やらなければならない。この研究が多くの人の役に立つのだ。自分の気持ちよりもその目的の方がよほど大事ではないか。そう自分に言い聞かせても、エイトの心に勇気は湧いてこなかった。

「どうにも最近調子が悪いな。どういうことだ?」

「……すみません」

「謝るってことは、自分で何が悪いか、分かってるってことだな?」

 ワタナベ博士は詰るような口調でエイトにそう言った。

 まるで実験動物でも見るように、冷たい瞳でエイトを見る。研究対象だからそう見るのも仕方ないのかもしれない。だがその目で見られると竦んでしまって、エイトは思うように話せなくなるのだった。

「……扉を、開けるのが、怖いんです」

 尻すぼみにエイトの声は小さくなっていく。

「扉、ねぇ。ビルから聞いたが、予知の時に見るというやつだな? ティスアやリウにも聞いたが、そんな物は見ないと言っていたぞ。ただの夢の様な感じで見ると」

「……」

 ワタナベ博士が言ったのはエイトと同じく超能力の研究に協力している人の名だ。ティスアはエイトより一つ年上の女の子で、リウは二つ上の男の子だ。どちらも自分より早い時期から研究を始めている。

「……まだ何か言ってないことがあるんじゃないだろうな?」

「いえ……! そんなことは、ないです……」

 詰問するようなワタナベ博士の口調に、エイトは慌ててそう言った。

 ずっと肩を竦めて俯き加減のエイトを見ながら、ワタナベ博士はでかいため息をついた。

「まあ、扉のことは置いておくにしてもだ。怖くて見れない、なんて言い訳にならん。研究論文にそう書くのか? 結論に、怖くて見れませんでした、とでも?」

「……」

「二人に比べてお前は上手くいっていたんだ! 少し前まで精度はずっと右肩上がりだった! このままいけば百パーセントの予測を実現できたかもしれないんだぞ! それがなんだ! お前みたいなやつが、トラウマで、見れないとでも言うのか!」

 研究室に怒鳴り声が響く。エイトの気分次第で研究の進捗が左右されるのが、余程気に食わないのだろう。エイトも自分が悪いことが分かっているため、何も反論できなかった。怒り始めたワタナベ博士が止まらないことを知っているため、ビルも何も口を挟もうとしない。

「必ずこの研究は成し遂げなければならない! 必ずだ! お前の気持ちなどどうでも良い! 研究の期限はすぐそこに迫ってるんだぞ! ビル! グラフを出せ!」

 ビルは慌てて携帯端末を取り出し、エイトの実験結果をいくつかのグラフにして空中に示した。

「お前が不調になりはじめてからだ! これが無ければ……ん?」

 激昂していたワタナベ博士は、とあるグラフを見て途端に静かになる。不思議に思ってエイトが恐るおそる見上げると、ワタナベ博士は考える様な素振りで顎に手を置き、グラフを眺めていた。ビルも不思議そうな顔をしている。

 そしてワタナベ博士は、おもむろに手振りで二つのグラフを重ね合わせてみせた。

「精神的な不調と予測精度に相関があるのか……?」

「これは、興味深いですね!」

 ぶつぶつと独り言をいうワタナベ博士に、喜色を浮かべて同意するビル。予知の精度とエイトの精神的なバイタルを示したグラフ。その二つが重なりあったグラフは綺麗に反比例を描いていた。

「いや、しかし、そんな事があり得るのか? だが、可能性はある」

「そうですね、被験者にわざとそういった心的外傷を与える事が出来れば、再現性が取れるのですが……」

 ちらりとビルがエイトを見る。その目は完全にワタナベ博士と同じだった。

「あ……」

 エイトは恐怖のせいで固まった様に動けなくなった。優しい人だと思っていたが、今のビルはとても同じ人間とは思えない。エイトには彼が、何か得体の知れない生き物のように見えた。

「……なんてね、冗談だよ。そんな事したら人権侵害だもの」

 はははと笑ってビルがそう言った。ワタナベ博士も満更でも無さそうに、フンと鼻で笑う。彼らが本当にそう思っているのか、それともオトナの冗談なのか、エイトには分からなかった。

 誰か、助けて欲しい。その思いで研究室を盗み見るように見回すと、ちょうどリウとティスアが研究室に入ってきたところだった。

「来たぜ、博士」

「リウか」

 ワタナベ博士はそう言ってグラフを掃けるような手振りで消すと、リウに向き直った。

「あれ、まだいたんだ」

 リウはエイトの姿を見つけると、急ににやにやと笑って近づいてきた。ようやく博士の怒号から解放されたと言うのに、今度は嫌味を言われるのだと思うとエイトはもう泣きそうだった。

「こんなやつほっといてさぁ、早く俺の実験はじめようぜ、博士」

 エイトを指さして、うすら笑いながらリウがそう言った。

「能力があっても使えないんじゃ、無能と同じだろ。こんなやつ構っても無駄ですよ」

「リウ、それは言いすぎ。ただ調子が悪いだけでしょ。エイトも何か言い返したら良いのに」

 蔑むような口調のリウを、ティスアがそう言ってたしなめた。実験の成果で負けていたリウは、これまで悔しがって敵意むき出しにエイトに対抗していた。だがエイトの調子が悪くなった途端に、見下げるように馬鹿にしはじめたのだ。

 ティスアには度々、言い返せだの、やり返せだの言われるが、エイトには仕返しする気持ちは湧かなかった。リウの言う通りだったからだ。

「ふむ、もうそんな時間だったか」

 ワタナベ博士が腕時計を見てそう言った。研究室の壁かけ時計は十五時を少し回っている。

 実験は予知とヒアリング、併せて一時間程度で終わる。今日はリウの後にティスアの実験を行う予定になっていた。

「ビル、こっちの容器はもう使えるか?」

「はい、そちらの準備は終わっています」

 カプセル容器は二つある。ビルは先ほどエイトが使っていたものの隣にある容器を手振りで示した。

「よし、すぐにリウの実験にかかろう。ティスアはその後だ。ビル、こっちの容器も準備しておけ。あとは、そうだな……物置に予備の機械人形があっただろう? あれを使えるようにしておいてくれ」

 忙しそうに実験準備を始めるワタナベ博士は、エイトの事などもはや目に入らない様だった。


 リウの実験が終わるのを待つ間、ティスアと二人で研究室前の廊下にあるソファーに座って待つことになった。エイトはもう帰りたい気持ちで一杯だったが、今はティスアの実験が終わるまで待たなければならない。家の事情で幼馴染のティスアの家に預けられているためだ。ここ最近はいつも二人で帰っていた。

「どうして何も言い返さないの?」

 しばらくしてから唐突に、ティスアがそう言った。

「……ごめん」

「謝って欲しいわけじゃない」

 むっとして黙るティスア。リウの事になると、いつも彼女は不満げだった。

「予知が怖いのは分かるよ、私も怖いもん。でもあんな言い方されて、悔しくないの?」

「……ごめん」

「そればっかり。エイトのそういうところ、嫌い」

「……僕もそう思う」

 ティスアはため息をついて、ソファーの背もたれに深く寄り掛かった。

「少し前は、私やリウよりもエイトの成績の方が良かった。悔しいけど、エイトの方が予知の能力が高いんだと思う。だから、また調子が戻ったら、今度こそ言い返してよ。じゃないと成績の低い私まで馬鹿にされてるみたいで、むかつく」

「言えないよ」

「言えないじゃなくて、い、う、の! 言い返しなさい! 博士にも!」

 声を荒げてティスアがそう言った。ワタナベ博士に声が聞こえやしないか、ひやりとして聞き耳を立てた。研究室からは特に物音もせず、研究室の扉を見ても誰か出てくる様子は無い。

「こ、声が大きいよティスア。それに、リウはともかく、博士にはとてもじゃないけど言えないよ」

 また先ほどの不機嫌な顔に戻ったティスアだったが、少し考えるような顔をしてから、エイトに真面目な顔で向き直った。

「博士の昔の話、ビルさんから聞いたことある?」

「昔の話?」

「そう。ビルさんから聞いたんだけど、ワタナベ博士、何年か前に事故で子供を亡くしたんだって。それ以来、この研究をひたむきに頑張ってるんだってさ」

 エイトにとってはまったくの初耳だった。いつも自分にだけ怒鳴り散らすワタナベ博士の事など、知りたいと思った事が無い。

「それを聞いてさ、きっと、この研究でそういう悲しい思いをする人を、無くしたいんじゃないかな、って私は思ったの。私たちの予知能力にはそれだけの力があるから、だからその分、真剣なんだと思うよ」

「そう、だったんだ……」

「うん。真剣にこの研究と向き合ってる。だから、嫌々やってるエイトに対して厳しいんじゃないかな」

「……」

 まさかワタナベ博士にそんな過去があったとは、エイトは想像もしていなかった。そう考えると、ここ最近エイトに対してだけ当たりが強いのも、なんとなく理由が分かったような気がした。とは言え、やはり言い返すのはできそうもない、とエイトは思った。

「まあ、エイトにだけいじわるなのは嫌いだけど……」

 ティスアが口を尖らせてそう言った。その時だった。

「――ああああぁ!」

 研究室の中から誰かの叫ぶ声が聞こえてきた。

「え、なに?」

 ティスアが驚いて研究室の扉を振り向く。言うが早いかティスアは駆けだしていた。エイトもそれに続く。

「何かあったんですか!」

 研究室の一角、リウが実験していたカプセル容器の所へティスアと二人で駆け寄った。そこには容器から上体を起こした、青白い顔のリウがいた。まるで全速力で走った時の様に呼吸が荒い。

「リウ君!? 大丈夫かい!?」

 ビルが携帯端末から投影されたリウのバイタルと、本人を交互に見ながらそう言った。どうやら先ほどの悲鳴はリウのものだったらしい。みな一様に彼の様子を心配そうに伺っている。すると、リウは片手で口元を覆って俯き、独り言を呟くようにこう言った。

「知らないやつに、棒みたいなので、殴られてた、めちゃくちゃに……父さんも、母さんも、妹も、死んだ」

「なんだって!?」

 ビルが驚きの声をあげる。自分が見たものと同じだ、とエイトは思った。まさかあれがリウの家族だったとは思ってもいなかった。他の皆も信じられない様な顔をしていた。

「……誰が、君の家族を殺したんだ?」

 ワタナベ博士が真剣な面持ちでリウにそう言った。リウは一呼吸置いてから、ぽつりと言った。

「たぶん、あれは――機械人形だ」

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