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 夕方頃。教授室の扉が開きワタナベ博士が入ってきた。

 エイトはカプセル容器の中で横たわったまま、けれど目は開いていた。ワタナベ博士が容器を覗き込むと、どうやらもう起きているらしいエイトを見て、容器の蓋を開ける。

「もう終わったのか?」

 ワタナベ博士が横になったままのエイトにそう言った。エイトは寝起きの様に虚ろな眼差しで天井を見上げていた。

「……長時間能力を行使した影響だな。まだ意識が完全に回復してない」

 ワタナベ博士が空中に浮かぶエイトのバイタルをチェックしつつ、そうぽつりと漏らした。異常が見つからなかったのか、ワタナベ博士は投影されたデータを手で掃けて消した。

 やがて、エイトはゆっくりと身体を起こし、呆けているような、まだうとうとと眠そうな調子で博士に向き直った。

「分かりました」

「……なにがだ?」

「何もする必要はないです」

「何もする必要がない?」

 エイトの言葉に驚いて、ワタナベ博士が素っ頓狂な声をあげた。

「はい。このまま何もしない方が、研究にとっても、博士にとっても、一番良い結果になります」

「分からんな。ビルの犯行を防ぐのでも回避するのでもなく、放置しろだと? もしや完全な未来予測だから、何をしても変わらないとでも言うんじゃないだろうな?」

「大丈夫です。何もしない方が、きっとうまくいきます」

 怪訝な顔で不満げにエイトに聞き返すワタナベ博士だったが、エイトは泰然とそう言った。

「ビルさんがティスアの両親を呼ぶのは明後日でした。13時頃に来るはずなので、それまで博士も何もしないでください。その方が良いんです」

 朝方とは打って変わって、妙に落ち着き払った態度でそう言ったエイト。その様子にワタナベ博士は少したじろぎつつ、疑いの眼差しをエイトに向けた。だが、エイトは慌てるでも怯えるでもなく、平然としている。

「……私に何も言わないという事は、今ここで私に言うと未来が変わってしまうということか? 完全な未来予測はできないと言っているようなものじゃないか! どうなんだ!」

「今言わないのは、その方が博士の本当の目的のためになるからです」

「なに?」

「じゃあ、今日はこれで失礼します。明後日にまた来ます。昼頃にラウンジに来て下さい」

「……」

 エイトはそう言って起き上がり、不審そうな顔の博士をそのままにして教授室を後にした。


 二日後。エイトはティスアと一緒に研究所へ向かっていた。

「なんで研究室に行くの? ビルさんから連絡も来てないのに」

 ティスアが不思議そうな顔をしてエイトにそう言った。

「大事なことだから、ティスアにも来て欲しいんだ」

「大事なこと? リウのお見舞いとか? それとも警察に出した機械人形の話? 記録映像から犯人が分かったとか!」

「んー、もっと大事なこと、かな」

 エイトがそう言うとティスアが不満そうに頬を膨らませた。

「教えてくれても良いじゃん!」

 ティスアに文句を言われるままに、しばらく歩いて研究所に到着した。

「ラウンジに行こう。博士と会う予定なんだ」

「博士? なにかあるの?」

 エイトはティスアを無視して一階のラウンジへと向かった。後ろから不満気な様子でティスアも仕方なく付いていく。ラウンジは昼時のためかそこそこ人が多く、研究所内の職員が思いおもいに昼食をとったり、あるいはくつろいでいた。エイトがあたりを見回すと、ラウンジの奥にある自販機の近くにワタナベ博士の姿が見えた。

「博士、おはようございます」

 エイトがワタナベ博士に近づいてそう言うと、後ろに付いてきていたティスアが驚いた様子でエイトをまじまじと見つめた。

「……えっと、おはようございます、ワタナベ博士」

 ティスアがエイトに続いてそう言った。だが、これまでとは違うエイトの様子にワタナベ博士はティスアには目もくれなかった。

「……何を考えている?」

「そろそろですね」

 エイトはワタナベ博士の問いには答えず、ラウンジの壁に掛かっている時計を見てそう言った。そしてティスアに向き直る。

「じつは今、ビルさんが、研究室の談話スペースでおじさんおばさんと面談してるんだ。僕たちより先に家を出てたでしょ?」

「う、うん」

「今からそこに行くんだ」

 エイトは振り返り、ワタナベ博士に向き直る。

「もちろん、博士も来てください」

「……ティスアも一緒にか?」

「はい。その方が良いです」

「本当に良いんだな?」

「はい」

「……分かった」

 ワタナベ博士はまだ納得できないような顔だったが、エイトが歩きだすと無言で従った。


 三人が研究室の扉の前まで来ると、なにやら物が壊れるような音が部屋の中から響いてきた。

「……何の音?」

 ティスアが首を傾げる間もなく、エイトは誰何もノックもせずに勢いよく扉を開けた。

 見慣れた研究室内。そこには驚いた顔のビルと、白衣姿のバールを持った男。そして、機械片が剥き出しになった、二体の壊れた機械人形が床に転がっていた。

「な、なんでエイト君とティスア君が! 博士!?」

 ビルがそう叫んで、エイトやティスアの後ろにいるワタナベ博士を見る。ワタナベ博士はただ、難しい顔をしてその光景を見ているだけだった。

「え? ビルさん? 何、してるの?」

 混乱したようにそう言ったティスアが足元の壊れた機械人形に目をやる。

「どうして、機械人形を、壊してるの?」

「いや、こ、これは、違うんだ!」

 慌てた様子のビルは、エイトと壊れた機械人形、そして棒立ちの白衣姿の男を交互に見て、何かを釈明するかの様にそう言った。

「……え? な、なんで」

 ティスアが一拍遅れてそれに気づいたのか、震えた声でそう言ってしゃがみ込み、足元の機械人形を抱き起こして仰向けにする。

「なんで……お父さん? おかあ、さん?」

 その機械人形は、ティスアの両親。サラーサとアルバだった。

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