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「……どういうことだ?」

 ワタナベ博士が訝しげな顔でエイトに聞き返した。

 翌朝のこと。エイトは早々に研究所へと向かい、研究室内にビルがいないことを確認してワタナベ博士に昨日見た予知のことを話した。

 ティスアには予知のことは話していない。もちろんティスアの両親にも話さなかった。あまりに突拍子も無いから信じられないだろうとエイトは思った。

 研究所から連絡が来ていないのに行くなんて、とティスアが奇異な目でエイトを見たが、それどころではなかった。

「言った通りです。昨日、ビルさんがティスアの両親を殺す予知を見たんです」

 いつになく語気を強めて言うエイトに、若干ワタナベ博士がたじろいだ。

「……どこまで見たんだ?」

「僕が見た予知では、フェム、と呼ばれる男性型の機械人形に殺すように命じていました。ちょうど、そこにあるバールで」

 エイトは研究室内にある本棚を指さした。そこには予知で見たものと同じバールが置かれていた。

「フェム……第五世代の機械人形だ。研究用の倉庫に置いてある」

 ワタナベ博士はちらりと研究室の奥にある物置部屋の扉を見た。

「それから、こうも言ってました。もう一人の被験者もこれで予知の精度が上がった、ティスア君やエイト君の能力も強くなるはず、と」

「……つまり?」

「精神的な不調が予知の能力を強くする。たぶんビルさんはそれを検証するためにリウの家族を殺したんです。だから、ティスアの両親も殺すつもりなんです」

「ふむ……」

 ワタナベ博士はなにやら考え込むように黙ってしまった。なぜ犯人が分かったというのに、こんなにも落ち着いているのか、エイトはワタナベ博士の反応に腹が立った。

「犯人はビルさんなんです! 早く捕まえないと! このままだと、ティスアの親も……。それだけは絶対に止めないと!」

 苛立たしさをぶつけるかの様に、エイトはワタナベ博士にそう言って詰め寄った。だが、ワタナベ博士はと言うと、どうにも煮え切らない様子だった。

「仮にビルがティスアの両親を殺すとして、どうやって止める?」

「警察に連絡して、捕まえてもらえば!」

「そうだな。未来に起きる事件で警察が協力したとしよう。それで? 警察がビルを捕まえたとして、いつまで捕まえておけばいいんだ? 事件が起きる日にちを過ぎたら解放するのか?」

「それは……」

 エイトは言葉に詰まった。仮にビルが警察に捕まっても、いつになったら安全になるのか分からない。そもそもまだ起きてもいない事件で警察に訴えることはできないし、ましてやいつまでもビルを拘束しておくことはできない。

「でも、それじゃあ、ティスアの両親に説明して、安全な場所に逃げてもらうとか。犯行に使われる機械人形を隠しておくとか、色々できることがあるじゃないですか……!」

「その行動が問題だ」

「問題……?」

 よく分からないといった表情でエイトがワタナベ博士に聞き返した。

「これまでの研究結果から言うと、予知を変える様な行動をした場合、その予知通りにならない事が多かった。予知が当たらない事があったのは、私やビルが予知に干渉してしまったか、あるいはお前たちが干渉したか、警察側で何か動いていたか……」

 警察にレポートを出していることは知っているな? とワタナベ博士は付け加えた。

「どちらにせよ、今行動することで未来が変わってしまうのではないか。それを私は懸念している。未来が変わった結果、先に私やお前が殺される可能性もあり得るだろう? いや、もしかしたらお前が私に予知を語った事で既に未来は変わってしまっているかもしれんな」

「でも、じゃあ、どうすればいいって言うんですか! 何もしなければ、ティスアの両親が死んでしまうんですよ!」

 理屈っぽく言うワタナベ博士に対して、エイトは癇癪を起した子供の様に喚いた。あの予知を見たエイトにとっては、仮に未来のことであってもビルが犯人であることは事実だった。

「お前たちの能力は絶対じゃない。だが、絶対じゃなければダメだ。完全な未来予測ができることを証明できなければ、警察もメーカーも、誰も話なんて聞きやしない。どんな事をしてもその通りになってしまう様な、絶対の力が必要だ。それこそが研究の最終目的でもあるが、そうでなければ、ビルの犯行についても部分的に起きたり、あるいは起きなかったりするだろう。犯行を防ぐ準備や、避けるための行動をしても、少しも変わらないような、そんな未来予測が必要だ」

 この期におよんでワタナベ博士は研究を最優先で考えている。エイトはそう思い絶望した。ワタナベ博士は人命がかかっていても変わらないのだと思った。

「……分かりました。僕が、必ずやり遂げます。完全な予知で、ビルさんの犯行現場を取り押さえれば良いんですね?」

「できると言うのか?」

 ワタナベ博士が驚いた顔でそう言った。エイトは俯き、けれど吹っ切れた様に顔を上げた。

「できるかどうかは分からないです。でも、僕の能力は、ティスアやリウと違う。扉を、予知を選べるんです。だから未来も、選ぶ事ができるはずです」

 いつぞやビルが言っていた事をエイトは思い出した。無数にある扉は未来に起こりうる可能性や分岐を表すのではないかと。そうであるならば、意図的に望む未来を選ぶことも可能なはずだとエイトは思った。

「いや、絶対にやらないと。ビルさんを捕まえて、全てが丸く収まるような、そんな未来を選ばないと……」

 エイトは決心したように、そう呟いた。

「それができればこの研究も目的達成だ。全てが丸く収まるだろうな」

 ワタナベ博士は少し鼻で笑って、けれど馬鹿にしたような調子ではなく、少し感心した様子で腕を組んだ。

「能力を使うなら私の部屋にあるカプセルを使うといい。あそこならビルも入れない。付いて来い」

「え?」

 突然協力的な様子のワタナベ博士にエイトは戸惑った。ましてや誰も入れたことのない教授室に、嫌っている自分を入れるなんてどういう了見だろうか、と怪訝な顔で見返した。

 だが、ワタナベ博士はそんなエイトの様子を気にもかけずに踵を返して廊下に出た。慌ててエイトが追いかける。

 少しして廊下の突き当りに教授室が見えてきた。ワタナベ博士は扉の鍵を開けると、無言で中に入っていった。入っていいものかエイトが戸惑っていると、室内から早く入れ、と一言だけ聞こえた。

 おずおずとエイトが中に入ると、ワタナベ博士がカプセル容器を開けて準備を進めていた。教授室の中は研究室と同じような作りだがそこまで広くはなかった。机や本棚、ホワイトボードがあり、そこかしこに書類や研究論文、雑誌が山と積まれて散乱していた。

「これで良い」

 エイトが部屋の中を見回していると、ワタナベ博士が準備を終えたのか、そう言った。そしてエイトに向き直り、容器の中に入るように顎で指示をする。

「仮にお前の言う完全な未来予測ができるなら、こんなこそこそとやる必要はないがな。結果が出るまではここを使っても良い。……まあ、あまり期待はしていないが、うまくいけばこの研究は終わりだ。嫌々やっていたお前としても良い話だろう?」

「分かりました」

 エイトはそう言って頷いて、それからカプセルの中に入り横たわった。容器が閉められて意識が薄れゆくなか、ふとエイトは本棚に置いてあった写真立てが気になった。その写真にはワタナベ博士と小さな子供、そしてなぜかエイトが一緒に映っていた。

 その写真の中のワタナベ博士は、エイトが見たことも無いような笑顔だった。

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