12
足元がふわふわと浮いているような、いつもの慣れた感覚。
目を開けると、眩い星々の煌めく景色が目に飛び込んできた。
――ここか。
夜寝ていたはずだが、意識がこの空間に飛ばされたようだった。エイトは微睡みの中で、それでも扉や予知を意識しないようにした。
ふと、先日ビルと約束したことを思い出す。
――予知能力が無くなったら、この景色も見れなくなるのかな。
この先実験がどうなるか分からないが、そう遠くない未来、エイトの予知能力は消える。そう思うと、あれだけ嫌だったこの空間にも少しばかりの名残惜しさを感じた。
――結局、僕は役立たずだったな……。
物思いにふけると同時に、エイトはどうしようもなく臆病な自分につくづく嫌気がさした。ぐるぐると考えが堂々巡りを繰り返し、その度に自己否定と無力感が押し寄せてくる。
――もしティスアやリウみたいに勇気があれば、リウの家族は助かってたのかな……。
エイトがそう思った時だった。急にお腹を引っ張られた様な感覚がして、景色が光速で飛び退っていく。すると、とある扉の前にエイトは浮かんでいた。
――どうして、ここに。
目の前には研究室の扉があった。縦に細長く磨りガラスのある、白い扉。何度も見ているそれをエイトが見間違えるはずが無かった。
――何も意識してないのに、いったい何の予知なんだろう。
嫌な予感がしつつも、エイトはそれを見なくてはいけないという思いにかられて、そっとドアを開けた。
室内は明るく電気がついており、窓の外からは日の光が差し込んでいる。どうやら昼間の様だった。
研究室の一角にある談話スペース。そこにはティスアの両親、サラーサとアルバが座っていた。対面にはビルがいて、その隣には知らない白衣姿の男が立っている。
「……すみません、突然呼び出してしまって」
ビルが頭を下げつつ、サラーサとアルバにそう言った。
「いえいえ、いつもティスアとエイト君がお世話になっております」
「何かあったのですか?」
アルバは小首を傾げつつそう言った。
「実は、ちょっと研究に協力して頂きたくて、お呼びしたんです」
「実験ですか? ティスアやエイト君みたいな力は私たちには無いですが…」
「大丈夫です、お二人にしかできないことですよ。もう一人の被験者もこれで予測精度が上がりましたから。仮説通りなら、ティスア君やエイト君の能力も強くなるはずです」
「はあ、そうなんですか」
何のことか分からないアルバは怪訝そうにそう言って頷いた。
「こちらの機械人形……フェムの前に立って頂けますか?」
ビルは立ち上がり、隣に立っていた白衣姿の人物を手振りで示す。どうやらフェムというのはその機械人形の名前らしい。
「ああ、どなたかと思えば、機械人形でしたか。最近はほとんど見た目では判別できないですね」
「本当にすごいわねぇ。まるでホントの人間みたい」
言われた通りサラーサとアルバは立ち上がりながら、驚いた調子でそう言った。二人はまじまじと機械人形を眺める。その白衣姿の機械人形は命令モードなのか、直立不動で無表情のままだった。
「……ええ、見た目は人間だから、私も本当に心が痛みます」
とても申し訳無さそうに、ビルがぽつりとそう言った。
「心が痛む?」
「フェム、命令だ。これで二人を壊しなさい」
そう言ってビルが本棚に置いてあったバールをフェムに手渡した。
「え」
バールを受け取るや否や、フェムが振りかぶる。
鈍い衝撃音と共に、エイトは咄嗟に目をつぶって、扉を叩きつけるように閉めた。そのまま、扉はすっと空間に溶けるように消えていく。
これまで信じていたものが根底から叩き壊されたかの様な衝撃。
――なんで、ビルさんが……。
呆然自失とした様子で、エイトは虚空の中で自分の身体を抱きしめた。
――ありえない。ビルさんが、あんなこと、するわけない。
ビルはサラーサとアルバになんと言っていたか。先ほどの光景を反芻する。すると、いつかエイトを実験動物でも見るかのような、冷たい目をしたビルの事を思い出した。
――実験のために、ティスアの両親を殺した……?
精神的な不調が予知の精度と関係がある。いつかワタナベ博士はそう言っていた。その時ビルはなんと言っていたか。トラウマを与えれば再現できるかもしれないと言っていた。
――予知能力を強くするために、リウの家族も殺した……?
そう考えると、今見た予知も全て辻褄が合う気がした。何か他に意図があったのか考えても、エイトにはそれ以外の理由を見つけることが出来なかった。
――僕が、僕が止めないと……!
止めることができるのか分からない。だが今見た予知を防ぐために、別の予知を見なければならないとエイトは咄嗟に思った。結局自分には予知能力しか頼るものが無いのだ。
――とにかく、今見た予知を回避しないと。
目をつぶり、ビルの凶行を止めるイメージをしながら意識を集中させていくと、どこかへ引き寄せられる様な引力を身体に感じた。
目を開くと、一瞬、自分がどこにいるのかエイトは分からなくなった。周囲が暗すぎて何も見えないのだ。浮遊感はあるが、いつものあの空間にしては妙に暗かった。
――扉が無い……?
まるで宇宙空間の星々のように煌めいていた、無数の扉が無くなっていた。光源が一つも無く、漆黒の空間に一人、エイトは漂っている。
辺りを見回してみると、エイトの背後にたった一つだけ、扉があった。それはティスアの家の、一階にあるリビングの扉だった。
エイトの身体が扉の前に吸い寄せられていく。すると、その扉はひとりでにゆっくりと開いた。
見慣れた光景。そこにはテーブルに座るティスアと、その横に棒立ちしている自分の姿があった。
「……なんで! どうしてこうなるの!」
ぽろぽろと涙を零しながら、ティスアが叫んだ。
「こんな能力なんて意味ない! どうして肝心な時に見れないの! お母さんもお父さんも、助けられなかった……!」
ティスアの隣で立ち尽くしている自分は、何も言わずに俯いていた。
――ああ、僕は。
「こんな力いらないから、望まないから、良い子にするから……」
「……ごめん」
未来の自分がティスアに対してぽつりとそう言った。何に対して言ったのか、今のエイトには痛いほど理解できた。
――逃げちゃいけなかったんだ。
それからティスアは、いつまでも泣き続けていた。




