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 足元がふわふわと浮いているような、いつもの慣れた感覚。

 目を開けると、眩い星々の煌めく景色が目に飛び込んできた。

 ――ここか。

 夜寝ていたはずだが、意識がこの空間に飛ばされたようだった。エイトは微睡みの中で、それでも扉や予知を意識しないようにした。

 ふと、先日ビルと約束したことを思い出す。

 ――予知能力が無くなったら、この景色も見れなくなるのかな。

 この先実験がどうなるか分からないが、そう遠くない未来、エイトの予知能力は消える。そう思うと、あれだけ嫌だったこの空間にも少しばかりの名残惜しさを感じた。

 ――結局、僕は役立たずだったな……。

 物思いにふけると同時に、エイトはどうしようもなく臆病な自分につくづく嫌気がさした。ぐるぐると考えが堂々巡りを繰り返し、その度に自己否定と無力感が押し寄せてくる。

 ――もしティスアやリウみたいに勇気があれば、リウの家族は助かってたのかな……。

 エイトがそう思った時だった。急にお腹を引っ張られた様な感覚がして、景色が光速で飛び退っていく。すると、とある扉の前にエイトは浮かんでいた。

 ――どうして、ここに。

 目の前には研究室の扉があった。縦に細長く磨りガラスのある、白い扉。何度も見ているそれをエイトが見間違えるはずが無かった。

 ――何も意識してないのに、いったい何の予知なんだろう。

 嫌な予感がしつつも、エイトはそれを見なくてはいけないという思いにかられて、そっとドアを開けた。

 室内は明るく電気がついており、窓の外からは日の光が差し込んでいる。どうやら昼間の様だった。

 研究室の一角にある談話スペース。そこにはティスアの両親、サラーサとアルバが座っていた。対面にはビルがいて、その隣には知らない白衣姿の男が立っている。

「……すみません、突然呼び出してしまって」

 ビルが頭を下げつつ、サラーサとアルバにそう言った。

「いえいえ、いつもティスアとエイト君がお世話になっております」

「何かあったのですか?」

 アルバは小首を傾げつつそう言った。

「実は、ちょっと研究に協力して頂きたくて、お呼びしたんです」

「実験ですか? ティスアやエイト君みたいな力は私たちには無いですが…」

「大丈夫です、お二人にしかできないことですよ。もう一人の被験者もこれで予測精度が上がりましたから。仮説通りなら、ティスア君やエイト君の能力も強くなるはずです」

「はあ、そうなんですか」

 何のことか分からないアルバは怪訝そうにそう言って頷いた。

「こちらの機械人形……フェムの前に立って頂けますか?」

 ビルは立ち上がり、隣に立っていた白衣姿の人物を手振りで示す。どうやらフェムというのはその機械人形の名前らしい。

「ああ、どなたかと思えば、機械人形でしたか。最近はほとんど見た目では判別できないですね」

「本当にすごいわねぇ。まるでホントの人間みたい」

 言われた通りサラーサとアルバは立ち上がりながら、驚いた調子でそう言った。二人はまじまじと機械人形を眺める。その白衣姿の機械人形は命令モードなのか、直立不動で無表情のままだった。

「……ええ、見た目は人間だから、私も本当に心が痛みます」

 とても申し訳無さそうに、ビルがぽつりとそう言った。

「心が痛む?」

「フェム、命令だ。これで二人を壊しなさい」

 そう言ってビルが本棚に置いてあったバールをフェムに手渡した。

「え」

 バールを受け取るや否や、フェムが振りかぶる。


 鈍い衝撃音と共に、エイトは咄嗟に目をつぶって、扉を叩きつけるように閉めた。そのまま、扉はすっと空間に溶けるように消えていく。

 これまで信じていたものが根底から叩き壊されたかの様な衝撃。

 ――なんで、ビルさんが……。

 呆然自失とした様子で、エイトは虚空の中で自分の身体を抱きしめた。

 ――ありえない。ビルさんが、あんなこと、するわけない。

 ビルはサラーサとアルバになんと言っていたか。先ほどの光景を反芻する。すると、いつかエイトを実験動物でも見るかのような、冷たい目をしたビルの事を思い出した。

 ――実験のために、ティスアの両親を殺した……?

 精神的な不調が予知の精度と関係がある。いつかワタナベ博士はそう言っていた。その時ビルはなんと言っていたか。トラウマを与えれば再現できるかもしれないと言っていた。

 ――予知能力を強くするために、リウの家族も殺した……?

 そう考えると、今見た予知も全て辻褄が合う気がした。何か他に意図があったのか考えても、エイトにはそれ以外の理由を見つけることが出来なかった。

 ――僕が、僕が止めないと……!

 止めることができるのか分からない。だが今見た予知を防ぐために、別の予知を見なければならないとエイトは咄嗟に思った。結局自分には予知能力しか頼るものが無いのだ。

 ――とにかく、今見た予知を回避しないと。

 目をつぶり、ビルの凶行を止めるイメージをしながら意識を集中させていくと、どこかへ引き寄せられる様な引力を身体に感じた。

 目を開くと、一瞬、自分がどこにいるのかエイトは分からなくなった。周囲が暗すぎて何も見えないのだ。浮遊感はあるが、いつものあの空間にしては妙に暗かった。

 ――扉が無い……?

 まるで宇宙空間の星々のように煌めいていた、無数の扉が無くなっていた。光源が一つも無く、漆黒の空間に一人、エイトは漂っている。

 辺りを見回してみると、エイトの背後にたった一つだけ、扉があった。それはティスアの家の、一階にあるリビングの扉だった。

 エイトの身体が扉の前に吸い寄せられていく。すると、その扉はひとりでにゆっくりと開いた。

 見慣れた光景。そこにはテーブルに座るティスアと、その横に棒立ちしている自分の姿があった。

「……なんで! どうしてこうなるの!」

 ぽろぽろと涙を零しながら、ティスアが叫んだ。

「こんな能力なんて意味ない! どうして肝心な時に見れないの! お母さんもお父さんも、助けられなかった……!」

 ティスアの隣で立ち尽くしている自分は、何も言わずに俯いていた。

 ――ああ、僕は。

「こんな力いらないから、望まないから、良い子にするから……」

「……ごめん」

 未来の自分がティスアに対してぽつりとそう言った。何に対して言ったのか、今のエイトには痛いほど理解できた。

 ――逃げちゃいけなかったんだ。

 それからティスアは、いつまでも泣き続けていた。

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