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研究室の一角にある談話スペース。ソファと背の低いテーブルが並べてある。そこには暗い顔のティスアとビル、そしてエイトが座っていた。
どうやら第一発見者はビルだったらしい。昨日の午後、ワタナベ博士とリウが実験を始めた後に、ビルはリウの家に向かった。もちろんリウの家族には、事情説明のために面談をする旨をリウ本人から伝えていた。また、元々配備していた機械人形も回収する予定だったそうだ。
夕方にリウの家に到着したビルは、インターホンに誰も出ないのを不審に思い、庭先を回ってみた。すると庭に面したリビングの窓ガラスが割れており、中にはぐちゃぐちゃに散らばった何かと、配備していた機械人形が倒れていたそうだ。
「まったく、酷いことをするよね……」
思い出す様に宙を見つめながら、ビルがそう言った。その声には疲労の色が伺えた。事件現場を発見した後は警察に連絡し、事情聴取を受け、リウに連絡し、駆けつけてきて早々に家の前で倒れこんでしまったリウを、ビルが病院に運んだそうだ。
「犯人は? まだ捕まってないんですか?」
ビルの話を聞き終えて、ティスアが心配そうにそう言った。
「まだだね」
「そう、ですか……」
「たぶん、犯人は機械人形、だと思うよ」
肩を落としたティスアに対して、エイトがぽつりとそう呟いた。
「……なんで? 予知で見たの?」
怪訝そうにエイトに問いかけるティスア。対面に座るビルも、心なしか興味深そうな目でエイトを見つめる。
「ボディーガードに置いてあった機械人形が壊されてる。そんなこと人間にはできないよ」
「でも、犯人が機械人形なら、どうやって人を殺したの? 機械人形は人を殺せないんだよ? 殺人を命令しても実行しないし、通報されちゃうし……」
「機械人形が自分から殺人をした、とか」
「……それって前に博士が言ってた、自律モードの機械人形にバグがあるとか何とか、だっけ」
「うん。過去に起きた事があるなら、もしかしたら今回も同じことが起きたのかも」
エイトの言葉に、ティスアは考え込むように口元に手を当てる。
「ボディーガードとして貸し出してた機械人形にバグがあって、それでリウの家族を殺してしまった、って可能性もあるよね……」
そう言ってティスアがぱっとビルに向き直った。
「その機械人形って、今はどうなってますか?」
「……そのバグの話って博士から聞いたの?」
「あ、はい、前にそんな話を博士が。機械人形のバグで殺人事件が起きたって聞きました」
ティスアがそう言うと、なるほど、と一人納得したようにビルが頷いた。
「博士は他に、何か言ってた?」
「え? っと……他に」
「機械人形に自我があるか無いか、話してた気がします」
博士がエイトに聞いてきた言葉が印象的だったため、そのことは明確に覚えていた。エイトがそう言うと、ティスアも、そういえばそんなこと言ってたね、と思い出したようだ。
「自我か……博士はどう思っているんだろう」
ビルはまるで独り言のようにそう言ってため息をついた。変な様子のビルにどう返していいのか分からず、ティスアとエイトはお互いちらりと見合って、それからまたビルへ視線を戻す。しばらくすると、ビルが顔を上げた。
「君たちは、哲学的ゾンビ、って知ってるかい?」
「……いえ、知らないです」
「頭が良いゾンビのことですか?」
ティスアが何気なく言った言葉に、ビルがはははと笑った。
「哲学的ゾンビって言うのはね、人間とまったく同じように振舞うけど、内面的な意識やクオリアを持たない存在の事なんだ。まあ架空の存在なんだけどね」
疲れたような口調だが、先ほどとは違っていくらか饒舌にビルがそう言った。
時々ビルは相手の反応を見ずに、自分の考えを滔々と語る事があった。エイトやティスアはこの状態になったビルの事を教師モードと言っていた。こうなったビルの話は、二人には理解できないことが多かった。
「あ、クオリアって言うのは、意識体験と言ってね。例えば赤色を見て感じる、あの赤い感じだったり、草や花を見て感じる独特の、あの感じのことね」
「えっと、感じ方とか、感覚の事ですか?」
「心とか?」
二人は適当にぱっと思いついたことを言った。
「なるほど、そう言った方が分かりやすいね。でも哲学的ゾンビは心を持っていない訳じゃないんだ。悲しい映画を見れば泣くし、面白ければ笑う。ただ、悲しいとか面白いと言った感覚は持ってない。表面的にはまったく人間と同じ様に振舞うのに、内面的な意識体験、クオリアだけが抜け落ちている。そんな存在」
「……よく、分からないです」
眉根を寄せて困惑したような表情でエイトがそう言った。
「ごめんごめん。難しかったかな? つまり、僕が言いたかったのは、機械人形は哲学的ゾンビみたいだな、って話さ。もし機械人形にクオリア、あるいは意識や自我があるとしても、表面的には人間の様にしか見えないから、外からでは絶対に分からないよねって話。自分以外の誰かが哲学的ゾンビではないことを証明する方法は無いからね」
さらに難しい話で、もはやエイトの理解が追いつかなかった。ティスアも同じような様子で頭の上に疑問符が浮かんで見えるようだった。
「……機械人形に自我が生まれたら、その時彼らはどう思うんだろうね。奴隷のように人間に使役されていた事に気づいて、復讐してやろうと思うのかな」
ビルはまた、独り言を呟くように言った。
「……えっと、あまりよく分からなかったんですけど、結局貸し出してた機械人形はどうなったんですか?」
話題を変えないといつまでもビルが話し続けると分かっていたためか、ティスアはそう言って話題を切り替えた。
「あー、そうだね……あの機械人形は警察に提出したよ」
「バグがあったのか、警察から聞いてますか?」
「……いや、特には。でも機械人形が見ていた記録映像が残ってるはずだから、もし機械人形のバグで起きた事件だったら、すぐ解決するかもしれないね」
ビルは思い出すように、少し間をあけてからそう言った。
「そうなんですね……。結局、リウの予知は当たってたのかも」
どさりとソファーに寄りかかったティスアが、少し悔しそうに言った。
リウは一貫して機械人形が犯人だと言っていた。ティスアもエイトも、機械人形が殺人など起こすはずがないと決めつけていた。だが、仮に機械人形が犯人ならリウの予知が当たった事になるのだ。
「まだ機械人形が犯人だと決まったわけじゃないよ。人間が起こした可能性もある」
そう言ってビルは立ち上がり、ぐっと伸びをした。
「さてと。そろそろ博士も戻ってくるだろうし、言われてた事を片付けるかな」
「そう言えば、博士はどこに?」
ティスアがそう言ってエイトも気付いたが、研究室に来てからというもの、二人はワタナベ博士の姿を見ていなかった。きょろきょろと辺りを見回すが、広い研究室内には三人の他に誰もいないかった。
「えっと、リウ君の様子を見に行く、って言ってたね。たぶん、病院に行ってるのかもしれない」
「病院……リウ、大丈夫かな。……あの、リウが運ばれた病院ってどこですか? お見舞いに行きたいんですが」
「……うーん。今は行かない方が良いかもしれない」
「そう、ですか……分かりました」
元気なくティスアがそう言って項垂れる。無理にでも行こうとするのではないかと思っていたエイトは、ティスアの様子を見て少しほっとした。
「二人とも、今日はもう帰っていいよ。実験をどうするかは、ちょっと博士と相談して決めておくから、決まったら親御さんに連絡するね」
「はい、分かりました……」
二人はビルにぺこりと頭を下げ、研究室を後にした。




