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ティスアの実験終了も待たずにエイトは一人、早々に帰宅した。自分の部屋のベッドに大の字になりながら、呆ける様に天井を見つめている。そのままエイトは何時間も、ただぼんやりとしていた。
「ただいまー」
時刻が夕方に差し掛かった時、階下にある玄関からティスアの声が聞こえてきた。いつの間にかティスアの両親も既に帰宅していたらしい。かすかに話し声が耳に入ってくる。しばらくして、階段を上がってくる足音がした。
エイトはため息をついて、部屋の扉を背にして寝転がった。すると案の定、扉をこんこんとノックする音が部屋に響く。
「……なに?」
やる気の無い一つ返事をするエイト。だが聞こえていないのか、また扉がノックされた。
「もう、なんだよ。ティスアでしょ」
苛立たし気に少し声を荒げ、エイトはベッドから飛び起きた。扉を乱暴に開けると、案の定そこにはティスアが立っていた。
「あ、あのさ」
遠慮がちにエイトの顔色を伺いながらティスアが言った。
「なに」
「実験、やめないよね?」
「……やめるよ。もうビルさんには言った」
「えっと、ごめんね? 私のせいだよね。昨日怒らせちゃったから。でもホントに辞めるなんて思ってなくて」
「ティスアのせいじゃない」
「うそ! じゃあなんでやめるの?」
「……言いたくない」
ティスアから顔を背けながらエイトが言った。
「なんでよ」
「だって、言ったらまた言いふらすでしょティスア」
恨みがましくティスアを見るエイトだが、ティスアは呆れた様にため息をついた。
「ほら、やっぱり根に持ってる」
「それとこれとは話が違うよ……」
「はいはい、あれは私が悪かったです。ごめんなさい。これで良い?」
ティスアは深々とお辞儀をしながら謝って見せる。
「……もう良いよ。別に怒ってる訳じゃないし」
「それじゃ、実験をやめたい理由って?」
首をかしげてティスアが言った。エイトはあまり言いたくなさそうに、口ごもる様にぽつぽつと話し始めた。
「……予知で見る事件も、事故も、怖い。怖くて、見たくない。だから、辞めたい」
「そういう事ね。まあ、前からそんな感じだったもんね」
「それだけじゃなくて……博士も、嫌い」
エイトは俯いて服の裾を触りながらそう言った。
「最近は、予知を外さないようにしろとか、100%当てられないなら意味がないとか、とにかく怒鳴ってくるんだよ? もう嫌だよ」
「それは私もよく言われる。エイトみたいに怒鳴られないけど」
ティスアも呆れた様子でうんうんとエイトの言葉にうなずいた。
「予知は絶対じゃないのに、絶対当てるなんて無理だよ」
「うーん……研究の期限が近いらしいし、一番成績が良かったエイトの実験が進まないから苛ついてたとか?」
「そんなの理不尽だよ」
元々ワタナベ博士の言動は攻撃的だったが、研究の失敗は許されないという妄執に囚われているのか、ここ最近はほとんど病気のように周囲にあたり散らしていた。
「何か、オトナの事情で絶対に成果を出さないといけない理由があるのかもね……」
ティスアの言葉にまったく納得いかないエイトは、むすっとした表情で黙ってしまった。
「ティスアー! エイト君も、ご飯できたよー!」
少しして、二人の沈黙を破るように階下からサラーサの声が聞こえてきた。ティスアはいつもの明るい調子ではーいと返事をすると、エイトへ向き直った。
「……でもエイトがそんなに嫌な思いまでして、無理して続ける必要はないよ。すごいもったいないなーって思うけどね」
どこか寂しそうに笑いながらティスアがそう言った。また使命感だのを言ってティスアが反対してくるのではないかと思っていたエイトは、意外な反応を見てなんとなく申し訳ない気持ちになった。
「……ごめん」
「いや、謝って欲しいわけじゃないし。とりあえず、ごはんだから行こ」
そう言って階段を降り始めたティスアに続いて、とぼとぼとエイトも降りていく。
「あ、そういえば聞きたいことがあるんだった!」
ティスアがぱっと振り仰いでエイトを見る。
「エイトは過去に起きた出来事を、予知で見たことってある?」
「え? いや、無いけど」
「まあ、普通はあり得ないよね……」
質問の意図が掴めずに訝し気なエイトに、ティスアがまた階段を歩きながら続ける。
「リウが今日変なこと言っててさ、予知で見た事件が三年前に起きてたんだって」
「……どういうこと?」
「分かんない。機械人形についてネットで情報を集めてたら、予知で見た事件と同じ出来事が、過去に起きてたんだって」
「過去の事件を予知した、ってこと?」
「そう。でもさ、過去の予知なんて意味分かんないよね。普通の夢でも見たんでしょって言っても聞かなくて。ほら、リウって頑固でしょ?」
「……まあ、そうかも」
ティスアが一階のリビングの扉を開けて、エイトもそれに続く。
「やっと来たわね、ほら、早く座って」
「お父さん待ちくたびれたよ」
サラーサとアルバは二人が来るのを待っていてくれたようだ。慌ててエイトは自分の席に座った。
「ごめんごめん、ちょっと話し込んじゃって……わー美味しそう!」
「いい匂い」
エイトは先程のリウの話が少し気にかかっていたが、食卓に並ぶ料理と美味しそうな匂いを嗅いだ途端、すっかり目の前のご馳走に気が移った。
「あーあ、明日からワタナベ博士かぁ……ビルさんが良かったなぁ」
「なにかあったのか?」
アルバがティスアに聞き返した。
「うん。ちょっと色々あって、ビルさんが今日から実験を外れて、代わりに博士が担当するみたいでさ。何というか、ユウウツで」
「え、本当に?」
ティスアの言葉に、エイトは耳を疑った。明日から実験終了まで、ワタナベ博士を相手にしなければならないのかと思うと憂鬱どころではなく、エイトにとっては死活問題だった。
「ほら、リウの家に機械人形をボディガード代わりに置いてるって話あったでしょ? リウが駄々こねたせいで、代わりにビルさんがリウの家に行くことになったみたい」
絶句して青ざめた顔のエイトにティスアがそう言った。
「なにもわざわざビルさんが行かなくても良いのに。研究も遅れちゃうだろうし、どうするんだろ?」
ティスアは小首をかしげながらそう言った。
ビルとの約束はどうなるのかとエイトが思うと同時に、色々な考えが頭をよぎった。能力や記憶を消すことについてはビルから博士に伝わっているのか。あるいはまだなのか。また怒鳴られやしないか。いっそのこと明日はズル休みしてしまおうか。
とめどなくネガティブな考えが浮かんできて、エイトの心は憂鬱な気分に染まっていった。だが、結果的にはその考えのどれもが、それどころじゃなくなったために杞憂に終わった。
翌日。リウの家族が遺体となって発見されたからだ。




