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「青春と約束はトマト味」に続いて、テーマを決めて書いた作品第二弾です。
今回のテーマは「SF」「超能力」「異世界の扉」の3つです。
お楽しみ下さい。
そうして、暗闇の中に落ちていった。
音もなく、光もない、寂しい空間。
その虚空の中に、彼は一人ふわふわと漂うように浮いていた。
浮遊感に身を任せて、けれど意識を手放さないように闇を見続ける。やがて身体の感覚が失われ、彼我の境界すらも曖昧に溶けだしてしまいそうになった時、それが現れ始めた。
扉。暗闇の中で、白くぼんやりと輝いて見える。一定の間隔で、大小様々な種類の扉が無数に浮かび上がり、遠く果てまで埋め尽くしていく。それはまるで星空の様だった。
――あれを、探さなくちゃ。
意識を集中させると、身体が強い力でぐいと引っ張られた。まるで宇宙の中を光速で引きまわされるように、周囲の光景が遠ざかっていく。気付くと一つの扉の前に浮かんでいた。
その扉は木製で出来ていた。ガラス窓は無く、扉の向こう側は見ることができない。
――見たくない。
その嫌な予感は既に何度も経験していた。だが、待ち受けるものが分かっていようと、扉を開けてそれを見届けなければならない。記憶しなければいけないのだ。
そっと扉の取っ手を回して、恐るおそる開き、覗き込んだ。
扉の向こう。そこは部屋だった。いたって普通のリビング。だが明かりは無く、薄暗い。
そこには四人、父と母と娘らしき人物。そして少し離れた所にもう一人。その男は手に棒の様な物を持っていた。怯えて悲鳴をあげる三人を前にゆっくりと近づき、ただ無表情に、それを振り下ろし、殴りつけた。何度も、何度も。
やがてその男が、こちらを振り返った。
はっとしてエイトは目を覚ました。
幻聴の様に、頭のなかで叫び声がこだましている様に感じる。荒い呼吸を整えようと深呼吸をするが、鼻の奥に血の臭いのような鉄臭さを感じて、エイトは途端に気分が悪くなった。
「……気分はどうだ?」
ワタナベ博士が興味深げに、エイトの顔を覗き込みながら言った。
研究室の中。カプセル容器に横になって寝ていたエイトは身を起こした。傍にいたワタナベ博士は恐るおそるエイトを見ている。
何か答えなければとエイトは思ったが、胃がむかむかして唾を何度も飲み込んでしまい声が出なかった。そうして、口元を手でおさえた。
「……うっ」
とうとうエイトは胃の内容物を吐き出してしまった。慌ててワタナベ博士が手元のバケツで受け止める。
「くそっ、またか」
ワタナベ博士が嫌そうな顔でバケツを見る。
「……すみません、博士」
「また白衣を……いったい何度目だと思ってるんだ!」
ワタナベ博士はバケツを抱えながら悪態をつき、近くの助手にタオルを持ってくるように言った。
「で? 内容は? どうだったんだ」
「……」
正直な話をするとエイトは先程の光景を思い出したくなかった。だが、そんなことを言える雰囲気ではない。研究のためには無理にでも思い出して話さなければならなかった。
「その様子だと、どうせまた同じ事件でも見たんだろう? 他のについてはどうだ?」
「あの、他は何も予知できていません、すみません……」
エイトはだんだんと俯きながらそう言った。そのエイトの態度に腹が立ったのか、ワタナベ博士は忌々しそうに顔を歪める。
「まったく、最近はそればかりだ! 今日はもう終わりだ!」
「……すみません」
ワタナベ博士はそう言って素早く立ち上がると、そそくさと研究室を出ていった。