シュー
「じゃ、ラインぎりぎりまで下がってみて」
「わかった」
作戦を練り直しているクラスメイトたちの言葉は、先刻までその指先で弾かれていたバレーボールと同じく、いっそ忌々しいほどの清々しさで行き交っている。
思わず溜め息を吐きそうになってなって、木枝は唇を噛んだ。ホイッスルが鳴る。
「この際、優勝目指すぞ!」
「おーっ!」
掛け声も勇ましく、白いネットを挟んだ向こうとこちらに選手が散らばって行った。
「ね、委員長。あと幾つ勝てばいいの?」
慌ててトーナメント表を開くと、昨日早々に敗退したバスケットボールでのチームメイトが覗き込んできた。
「あと3つか。ナンだよ、まだ優勝とかの次元じゃねえじゃんか」
「まあま、楽しそうだからいいじゃない。特に未也子ちゃんとか」
その名前を聞いた途端に、自分の身体が硬直するのが判る。
「ガキみてーだよな。球技やったこと無いってマジなのか?」
「知らないわよ」
コートの中でも一際輝いている笑顔。この行事を愉しめるなんて、羨ましい。それに、まぶしくて、妬ましい。
「やだ、ちょっとアレ危ないわよ、狙われてる!」
笑顔の主がボールごと体育館の床に叩きつけられたのは、一瞬、後のことだった。
咄嗟にギャラリーを振り仰いだ。見物人の中に探していた人影を見つけて嘆息する。
やはり。
彼は、見ていた。手摺にもたれるような姿勢で。けれど、揺れる瞳で。
音が、聞こえる気がした。その瞳に、自分の落ちていく音が。
文藝越人六〇〇第64回お題「シュー」投稿作品。
大変難産だったのを覚えております。シュー、の解釈難しかった。