ヒーローになりたい
閑話休題。成と未也子過去話。
ぺんぺん草の秘密を手渡された日から、姿を見かける度にあの手について回った。年上の少年の後を歩く自分の姿を、担当医は不審がりもせず笑って見ていたけれど、別に微笑ましい感情からそうしていたわけではない。
本当は、妬ましくて仕方なかった。大きかったから。とても、とても、追いつけないと思えるほどに。
自分にも、何かを渡せるてのひらが欲しかった。
「ほおら未也子、林檎だよ。美味そうだろう」「ケーキもあるわよ、どれが好き?」「それより、トランプでもして遊ばないか?」
前日まで空いていた個室から、甘ったるい言葉の一群が廊下に転がってきた。住人は、ネームプレートに依れば少女であるらしい。
テントの入り口のように開いたカーテンのせいもあってか、見える光景の滑稽さは、サーカスに似ていた。
大柄な男だのやせぎすの女だのひねた顔の青年だのが、寄ってたかって捧げ物を差し出している。
「ずいぶん豪勢なオヒメサマ」
更に近づくと、ぽっかりあいた空間の真ん中に、双つ佇む小さな白い手が見えて、どうやら少女は年下らしいと当たりをつける。
近付かれるのを拒むように、ふかくふかく掛け布団を握りしめて、ふるふると震えている。
指の白さは、病のせいではなかった。力を込めすぎているばかりに。
「見つけた、ぼくの、てのひら」
大人たちが帰るのを待って言おうと決めた。
『ねえ、ぼくと家族ごっこしようよ。あの人たちとやるより、おもしろいよ?』
文藝越人六〇〇第63回お題「ヒーローになりたい」投稿作品。