ひっこぬけ!
成ちゃんの日常番外・未也子の日々
「ん、いたっ」
背中にぞくっとした感覚が走って、思わずあたしはその部分から目を逸らした。
「いつまでも慣れない奴だな。初めてでもないだろうに」
「そんなこと言ったって、せんせぇ」
「泣き音出しても駄目だ」
堤先生はいつもどおり手順を進めていく。
やがて、役目を果たしたソレは、ゆっくりと引き抜かれた。
「あー、痛かったあ」
「お前が力を抜かないからだろう」
冷静にあたしの言葉を一蹴すると、先生は背を向けて抜いたものを処理し始める。
そりゃ、先生が上手いのは知ってますよ。けど、こわいものはしょうがないじゃない。
ねえ。
同意を求めたくて見つめた後ろ姿が、何だかすごく遠い気がして、無意識に手が伸びる。細い亜麻色の一本に指を絡ませて力を入れると、幽かに音がした。
「っ……何してんだ、未也子」
後頭部を押さえながら振り向いた先生と目が合う。相変わらず、キレーな目してる。メガネの奥の、深い緑。
あと少しだけ、近づけば、触れられるほどの距離。なのに。
ああ、やっぱりな。
先生の瞳には、今日もシャッターが降ろされてしまった。
「ん、欲しかったから」
あなたが、とても、欲しいから。
「何を訳のわからないことを。とにかく、忘れるなよ。血液検査の結果は一週間後だからな」
「はあい、ありがとうございましたっ!」
先生の目を見ないように、いつも通り笑ってお辞儀すると、検査室のドアを閉める。
ため息が、口をついた。
アナタの瞳にアタシを映してもらえるのは、いつですか?
文藝越人六〇〇第61回「ひっこぬけ!」投稿作品。