ぺんぺん草
『遊びの時間』は、いつも木陰のベンチの傍らにうずくまって過ごした。面白くもないものに付き合ってやるほど病院に義理はない。
「ぺんぺん草か、春だな」
無感動な呟きに顔を上げると、ベンチに五、六歳は年上に見える少年が腰掛けていた。
冠のように白い花を咲かせる草をつみとると、つまらなそうにハート型をした葉のようなものを中心の茎から裂いていく。
「何、やってんのさ」
せっかく話しかけたというのに、手は止まらない。
「何でぺんぺん草だと春なの?」
癪に障って、更に問いを重ねた。
少年は煩そうに眉をしかめたが、目線は動かさずに、さあな、と僅かに肩をすくめる。
「春になると咲いてるからな。大体、こういうところに咲く連中が季節には一番敏感なんだ」
素っ気なく呟かれて、そんなものか、とあやうく納得しかけてしまった。
「でもさ」
打ち消すように、三度問う。
「それナズナっていうんだよ。どうしてぺんぺん草なの?」
「ホラ」
差し出されたちいさな花。
ようやく向けられた視線を見上げていないのに気がついて、立ち上がっていたことを知る。
「振ってみな」
無言で示されたジェスチャー通りに親指と人差し指で挟んで転がすと、ハート同士がぶつかって軽やかに音を立てた。
「ヘンな音。だからこんなヘンな名前つけられちゃうんだ」
顔を上げると、頬に薄く刷毛で刷いたような笑みが見えた。
「訊くよりいいだろ」
押し止める暇もなく、首はこくりと折れていた。
その時の少年は今、近所の診療所で白衣をまとっている。
文藝越人六〇〇第59回お題「ぺんぺん草」投稿作品。