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林檎


其の儘、数日の間は病院で安静にし、退院した。今は初夏でとても暑くなり始めていた。蝉の鳴き声も、蛙の鳴き声も、蜻蛉が飛ぶ姿も、見えたり聞こえたりする様になった。そんな私は今は自分の家に居る。卓袱台を前にして、紺色の座布団の上で胡坐をして顔を伏せていた。卓袱台の上には小さな向日葵が数本入っている花瓶と一通の未開封の手紙だった。自分は辛そうな表情で眉を顰め、目を細くしながら伏せていた顔を上げる。直ぐに目に入るのが小さな向日葵だった。「もう、咲いているのか」と思っては右を見れば手紙がある。其れを手に取り、送り主は東郷兼元と言う男性だ。自分は封筒の上を破り中の紙を取り出して読んだ。どうやら自分の家に来るとのことだ。今時計を見れば十時頃であった。この手紙が届いたのは二時間程前に送られて来た為、そろそろ来るのかも知れないと思った時、家の扉が叩く音が聞こえた。「あぁ、来たのか」と思い。ゆっくりと辛そうに立ち上がった。部屋から出て右手を壁に手を当てながら玄関に向かうが、段々扉を叩く音が速く、五月蝿くなっていった。「今出る」漸く玄関に着いては其処から大きな声を出すと叩く音は止まった。靴を履き、扉を開けると目の前に体の大きい男が立っていた。そう、彼が東郷兼元だ。兼元はニヤニヤした様な顔で私の方を見ていた。そしてその右手には何かが入っている袋を持っていた。

「今日は、花坂。入院したと聞いたがへっちゃらの様ではないか。」

「今日は、東郷。少し辛いけど元気だよ。」

私は疑っと東郷を少し睨み付けた。

「少し睨まないで呉れ給え。そうだ、土産があるんだ。家に上がってもいいかね?」

東郷は腕を組み、首を傾げて訊いていた。其れに対し、自分は小さく頷き東郷を中に入れた。先刻居た場所に行こうとまた廊下を歩くが出迎える時を同じように壁に手を付けていた。其れを見た東郷は明らかに心配そうな顔をしていた。

「花坂、お前は本統に大丈夫かね。無理はしないで呉れ給えよ。」

そして怒っている気もした。

「大丈夫」自分はそう云って自分にも云い聞かせていた。其の儘、案内を終えては自分はまた座布団に座り東郷にも座らせた。すると、袋から一つの赤い果実を取り出してはまた私の方を見てはニヤニヤ笑っていた。何やら答えを求めている様な目をしていた。私はため息を吐き俯いていた顔を少し上げて相手の顔を見た。

「その、赤い物が何かを当てろと言うのか?」

自分はそう珍しくきちんと相手の目を見ていた。

「珍しいね。お前がきちんと人の目を見るって言うのは、その通り、お前はこの赤い物が何かわかるかな?」

そうクスクスと笑っていた。でも私はその赤い物が何か何となく解っていた気がする。

「噂程度だけど、その赤い物は林檎ではないか?」

首を傾げて答えてみた。東郷は満足そうな顔をしていた。

「正解、此れは林檎だよ。」

東郷は両肘を卓袱台の上に乗せて、林檎を私の前に置いた。

「此れはどう言う事?」

自分はまた東郷を軽く睨んだ。

「まぁ、食べてみ給え。とても美味しいよ」

そうまた林檎を持ち私の口に近づかせていた。

「こんなの、自分一人で食べれる」

苛々した表情になり顔を背けた。其れを見た東郷は申し訳ない顔で小さく頭を下げて謝り、林檎を置いた。置いたのを見ては自分は林檎を持ち一口、齧り付いて食べた。味は少し甘酸っぱかったが美味しかった。飲み込んでは何時の間にか小さく微笑んでいた。

「味はどうだね、美味しいだろう?」

東郷は微笑んで首を傾げた。

「うん、美味しい。」

小さく頷いた、こう云う時だけが祝福な時間だった。

「花坂、もう一ヵ月。生きてみないかい?」

東郷の顔を見ると切なそうな顔をしていた。その顔を見て自分は少し黙り込んでしまった。

「生きてみる、もう一ヵ月、だけ」

片言の様に云った。そして小さな向日葵は少しずつ萎れ始めていた。

「おや、此の花。萎れ始めてるじゃないか。水を与えないと」

東郷が花瓶に触れようとした時、私は止めた。

「此の儘で、どうせこの花達は朽ちるよ。人間と同じようにね」

そう小さな向日葵を見ながら呟いた。

「お前がそうしたいのなら、何も言わないよ。」

東郷が向日葵を見た瞬間には花弁の数枚がゆっくりと落ちた。一度切られてしまった花はとても短くなる。人間よりも、動物よりも朽ち果てるのが速いのだ。其の儘、残りの林檎を齧り、食べて、飲み込んだりと繰り返した。

「そう言えば、何時まで此処に居る予定なの?」

「そうだね、短い時間な気がするけど、そろそろ帰ろうと思っているよ。」

「そうか、なら今日はありがとう。」

聞こえない様に呟いた。だが其れは東郷の耳には入ることは無かった。

「では、帰るよ。またね」

東郷は立ち上がり手を振った後一人だけで玄関に向かい、外に出て行った。もう誰も居ないと思い、向日葵を見ると、半分は枯れていたのだった。

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