プロローグ ~地球よサラバ。よろしく異世界~
うだるような暑さの中、俺は必死に竹刀を振っていた。
いや、修行などではない。ただ単に、今は高校の部活動中なのだ。
俺の所属する剣道部はそれなりに強くて、毎年関東大会に出場するぐらいには、皆腕が立つ。
時期は夏。高校最後の総体に向けて、3年生が主体となって必死に練習を積んでいる。俺は2年生で副将に選ばれたので、先輩方の足を引っ張らないように毎日必死だ。今もこうして、暑い中面をつけて汗だくになりながら、ひたすら相手にかかっていく。
「よし。今日はここまで。そろそろ外が暗くなるから気をつけて帰るように。絶対に寄り道をするんじゃないぞ」
顧問がそう言って、解散になった。
「まあ、寄り道するなと言われて素直に言うことを聞くのは高校生じゃないよな」
家の近くにあるコンビニに足を運んだ。大好きなアイスを買って、店の前でそれを食べようとしたときのことだった。
急に前の道路から、猛スピードでトラックが突っ込んできたのだ。どんなに毎日剣道で動体視力が鍛えられていても、こんなの避けられっこなかった。
響き渡る衝突音。一瞬にして視界は真っ赤になった。
いてえ。超いてえ。さっきから必死に身体を動かそうとしても、もう、自分の身体ではなくなってしまったのかの如く、全く反応を示さなかった。
まじか。こんなところで死んじゃうのかよ。まだ高校生だっていうのに、なんもできないまま終わっちった。ごめん母さん。親父。何も恩返しできないまま死んじまった。許してくれよ・・・。
そこで完全に意識が途絶えた。
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目が覚めると、広い道路の上にいた。
意識的に腕を動かすと、しっかりと自分の望み通りに腕が動くことに安心する。
よかった。生きてたんだ。そう思って辺りを見渡すと、辺り一面が広い草原だった。
「どこだよ、ここ・・」
立ち上がって、身体に異常がないか一通り確認した。
とりあえずはどこも問題はないようだ。家で素振りをしようと持ち帰っていた竹刀も、袋ごとしっかり持ったままだった。
「とりあえず、ここがコンビニの前ではなく、病院でもないとすると・・・」
そうか。死んだのか。あっけなかったな。
意外とすぐ死んじまうと悲しさとかないんだな。理不尽なもんだ。
そう思って、とぼとぼと歩き始めた。
おそらくこれは三途の川を渡るまでの道なんだろう。以前何かの本で読んだ記憶がある。そこを渡ってようやく、一人前の死者になるわけだ。
しばらく歩いていると、突然、草むらから何かが飛び出してきた。何かと思ってそれをよく見ると、少し黒く濁った、流動体のようなものが、不安定に形を変えながらこちらに近づいてきていた。
その容体はまさしく・・
「スライム⁉」
そう、RPGでおなじみの、あのモンスターだった。