施設案内と中二くん
台風が猛威を振るっていますが、ストック分がありますので投稿します。
自宅を含め周辺が停電しており、これから益々被害は増えていくと思われますので、皆さんもお気をつけ下さい。
「うーし、まず俺たちAクラスは食堂へ行くぞ」
あの後、素直に担任教師である新山修輔の支持に従い、廊下に並んだ透徹たち。若干の不安は残しつつ、先導する修輔の後ろに付いていく。
私語も無く、真面目に並んで廊下を歩いていく生徒たち。しばらく歩くと、先頭がストップをかける。どうやら、一つ目の目的地に着いたようだ。
「ここが食堂だ。購買も併設されている。見て分かる通り相当な広さを誇っている。全校生徒が集まっても収容できるスペースだから、授業終わりに慌てて席を取りに行く必要は無いからな」
まるでどこの高級レストランか、と言われてもおかしくない程の広さと豪華さを合わせ持った食堂。雇う料理人たちも、かつて高級レストランで腕を振るっていたという人材を置き、本当にいいのかと誰もが思う安い値段で提供をしている。
「ラーメン、うどん、カレーにステーキ何でもござれだ。それと、ここで一つ特進科クラスの特典がある。それは、Aクラスの生徒は食堂でスペシャルランチというのが食べられる。これは、そんじゃそこらの美味い店で食える飯より断然美味いぞ」
ご飯のことを語る時の修輔の目は輝いており、皆の前であるというのに恥ずかしげもなくお腹を鳴らしていた。教師としてどうなのだと思う透徹たちであったが、確かにそのスペシャルランチというものには惹かれる。是非とも食べてみたいものだと、浅葱色の髪の女の子が透徹の隣でお腹をさする。
「この案内も昼までには終わる予定だから、気になるやつは食べてみるといい。今日はお前ら以外の在校生はいないから、気兼ねなく過ごせるからな」
次の目的地へ移動すると声掛けされ、さっさと歩いていく修輔を追うAクラス一同。食堂を後にし、次に着いたのは図書館。室ではなく館だ。
校舎から伸びる通行路を歩いたところに独立して立つ立派な建物。今は開放されていないために中に入ることは出来なかったが、物凄い数の蔵書があるらしく世には広まらない貴重な文献、資料もここに収められているという。読書好きだという詩音と聖那はその説明を聞いて、ウズウズしている様子であった。
もう少しこの場にいたいという彼女たちの思いも虚しく、サクサクと施設を巡っていくAクラス。天文台に研究所、部活棟などこの学園には本当に多くの建物がある。
最後に案内されたのは、訓練場。ここは実技の授業の際に使われる施設であるらしく、入学式を行った式場と同じ面積を誇るらしい。真ん中にはだだっ広い土のフィールド。周りは観客席が設けられ、武闘会の際には観客がここに座って観戦をする。
「まぁ、主な施設はこんなもんだな。後はお前らの教室がある同じ棟の一階奥に職員室が、四階に生徒会室があるぞ」
殆どの生徒はお世話にならないために、今回は紹介されなかった二つの施設というより部屋。ここまで言い終わったところで、修輔が仕事をやりきった空気を出す。
「やっと終わったか。さて、ここから教室に戻るなんて面倒くさいことはしない、この場で解散だ」
今日の仕事は終わりと言わんばかりに、いや実際に終わったのだが。生徒たちに帰宅していいと言うと、さっさと訓練場の出口へ向かっていく頼りない担任教師。
まだ職員室で仕事が残っているために、早くこのオリエンテーションを終わらせて残りの仕事に着手して早く帰りたいという本心が見え見えの修輔に、特進科の生徒たちも苦笑いしている。
「ちょっと待ってください」
と、急に声を上げたのは眼鏡をかけた真面目そうな男子生徒。どうやら声を掛けた相手は、今こちらに背中を向けている担任教師の修輔であるようだ。
「何だ? 先生早く職員室に戻って、教頭に頼まれた仕事を速攻終わらせないといけないんだよ。ほら、先生って真面目だからさ?」
遂にこいつ口に出しやがった、と全員が思う中、修輔はおちょくるように声を掛けてきたメガネ君に返す。
「くっ……! ふざけないで下さい、貴方が特殊技能隊出身というから最初は期待したものの、中身は不真面目そのものじゃないですか!?」
「勝手に期待されてもなー。というか、何が言いたいんだ?」
激昂したメガネ君に対し、いちいち琴線に触れるような言葉を返す修輔。軽くあしらっているのは明らかだ。
「僕が言いたいのは、貴方が僕たちエリートの担任には相応しくないということです! すぐに他の教師に替わってもらうことを希望します!」
ビシッと人差し指を修輔に向けて宣言するメガネ君、もとい沢佑真。どうやら、修輔のやる気のなさに自分の教師がこんな落ちこぼれが抜擢されるということが、彼の自尊心を傷つけたらしく、そのことが無性に腹が立つようだ。
「先生は充分エリートなんだけどなー」
「貴方のような人を一瞬でもすごいと思ってしまった僕が馬鹿でした! 皆もそう思ったはずです!」
勝手にクラスメイト全員を巻き込んでいく佑真。最早、自分のことだけしか考える余裕がなく、行きあたりばったりで言いたいことを言っているだけのようだ。
「そこまで言うなら……、試すか?」
「ーーーっ!!」
一瞬だけ戦意を漲らせた修輔。それだけで、嫌でも分かってしまう彼の実力。佑真に便乗することはなかったが、同じ思いを抱いていた生徒はすぐに、歯向かわなくて良かったと安堵する。
目の前でそれを受けた佑真も当然その実力の一端を見せつけられるが、ここまで来てしまったのだ。彼のプライドが引くことを許さない。
「逃げることも大事な戦略の一つだぞ?」
「逃げるまでもないと判断したまでです。あまり舐めた態度ばかり取っていると、僕があっという間に終わらせてしまいますよ」
負けることは必至だと瞬時に感じてしまった佑真だが、こうなれば少しでも一矢報いたい。そして、自分の意見を押し通すのだと強く思う。
「やらないと分からないみたいだな」
「そっくりそのままお返ししますよ」
互いにやる気は充分。自然と二人の足はフィールド中央へ運ばれていく。
「おい、そこの鏡。あ、三人いやがるのか。誰でもいいや、そこのハーレム野郎が審判やってくれ」
修輔に審判役へと任命された透徹。急な展開に付いていけない透徹たちだが、指示されたのならば仕方ない。それに従い、向かい合う二人の男から少しずれたところへ立つ。
「ルールは、お互いに武器の類は使用禁止。自身の肉体と能力のみで戦って下さい。どちらかが戦闘不能、降参をした時点で試合終了とします」
シンプルなバトルルールで決着をつける佑真と修輔。既に目と目で牽制し合っている。
「危ないと思った時には、すぐに中止の合図を出します。その時は即刻試合終了とします」
透徹によるルールの説明が終わり、戦闘態勢に入る両人。他のクラスメイトはというと、少し離れたところで試合を観戦している。やはり、だらけているとは言っても特殊技能隊にいたという新山修輔の実力が気になるらしく、目を凝らして集中している。
皆が固まって観戦しているところから少し離れたところには、白髪の双子が冷静に二人の試合内容を分析しようとしていた。
「はじめ!」
試合開始の合図が出たところで、まず動いたのは沢佑真。後ろに飛び退き、一端距離を取る戦法に出たようだ。
「一応、慎重な戦い方をするんだな。頭に血が昇っていたみたいだから、てっきり突っ込んでくるのかと思ったぞ」
「そんな頭の悪いことはしませんよ。まずは冷静な状況判断からです」
言葉の応酬を交わす二人。隙の無い構えから修輔は勿論、佑真も中々出来ることが伺える。
「じゃ、そんな頭の悪いことをしてみようか」
そういった瞬間、佑真の視界から修輔が消えた。それは、目の前で体験している佑真だけでなく、Aクラスの生徒たちも同じであった。
「おそろしく速い縮地、私でなきゃ見逃しちゃうね」
「ティナ様は何を仰っているのですか?」
「無視で良いよ。この娘に一々反応していると疲れちゃうからね」
某有名漫画の名シーンを真似るティナ。元ネタがわからない叶がティナに質問するが、永遠がアドバイスを送る。
そんな観戦側とは裏腹に、驚愕の表情を浮かべる佑真。すぐに周りを見渡すが、目当ての相手はどこを見ても見つからない。
「ここだぞ」
「なっ!」
急に後ろから声が聞こえ、瞬時に振り向きながらガードの体勢を構える佑真。どうやら、反射神経が良いだけではなく状況判断も優れているらしい。相手の取りうる行動を先読みして自身のみを守ろうという魂胆なのだ。
佑真の予測通り、後ろから放たれたハイキックを顔の前で両手を翳してそれを防ぐ。両手に力を入れ、修輔の足を跳ね除けると今度は反撃に転じる。
後ろに下がる修輔に追い討ちをかけるように、蹴りや殴りを連続で繰り出していく。しかし、そこは流石の元特殊技能隊。何のことはないと、涼しい顔でそれをいなしていく。
「体の動かし方に無駄が無い。やはり、相当な実力者であったようね」
「遊ばれてるです……」
聖那と凜莉は、既にこの試合の結果が目に見えている。しかし、目の前で行われている試合は非常にためになるもの。佑真の実力もそこそこだが、元特殊技能隊の戦闘を垣間見ることができるというのは大きな収穫だ。
一方、何度拳をねじ込んでも通る気配のない戦況に痺れを切らした佑真は、修輔の頬に向かって右拳のストレートを放つ……、フリをして直前でその動きを止める。閉じた手を開くと、その中から鎖のようなものが飛び出してきた。
堪らず回避を選んだ修輔は、後ろに縮地して見せて素早く離脱する。しかし、それを見越していたのかしつこく追尾してくる鎖はその数を増やし、遂に修輔の四肢を捕らえることに成功した。
「僕の能力は『束縛』! 何者もこの僕の鎖からは逃げられないのさ!」
痛いことを大きな声で言い放つ少年に、女子生徒たちはドン引きしている。
「これには、ちょっと身震いをしてしまいます」
「……不快」
詩音と乃愛は、中二臭い少年の言動に既に理解が追いつかない。佑真の知らぬ間に、女子たちからの好感度はダダ下がりであった。
一方、男サイドでは少しの尊敬と憐憫の感情が渦巻いていた。格好いいと思うのだが、口に出してしまえばあの男の仲間入り。まだ入学したばかりなのだ、女子にそう思われてしまっては居た堪れないとうことで黙りを決め込んでいた。
「この鎖、結構な強度だな。これを壊すのは至難の技か」
修輔はそう言って、込めていた力を緩めて腕をダランと下げる。それに、勝ったのだと油断をして鎖に込める力をを弱めた瞬間に、彼は宙を舞っていた。
それは、いつの間にか鎖を掻い潜り接近した修輔による顎への蹴りあげであった。いや、よく見ると修輔はまだ鎖に繋がれている。フィールドにいるのは三人、宙を舞う佑真と同じ装いをした男が二人。修輔である。
顔も背格好も全く同じの人間が二人。その事態に混乱しかけた生徒たちであったが、すぐにこれが先生の能力によるものだと理解が及ぶ。
「体の自由を奪ったと油断しきってたようだが、まだまだ未熟なガキだな。それに、そう易々と自身の能力を明かすものじゃない」
佑真が戦闘不能になったことで、四肢を縛っていた鎖が消滅し、修輔は再び体の自由を取り戻した。それと同時に、トドメを食らわしたもう一人の修輔が煙が空へ消えていくように、その姿が霞んでいきやがて姿が見えなくなった。
この試合は、担任教師である新山修輔の完全勝利。沢佑真の戦闘不能を確認した透徹が、そう宣言する。
「あー、やり過ぎちまったか? まぁ、井の中だけで燻ってたやつを更生できたとなりゃ、収穫もあったか……」
ため息を吐きながら、特に勝利の余韻に浸ることもない修輔。彼にとっては負けることがない、買って当たり前の試合であった。
「兄様」
「あぁ、新山修輔は流石の男だ。しかし、僕には及ばない」
「当然です。次代の鏡家当主があの程度の下賎な男に負かされることなど、有り得ないことですから」
二人の試合を見て、満足そうにする双子。妹の澪月に兄と呼ばれた無門は、不気味な笑みを浮かべて、ある一点を凝視する。
「兄さん、相当腕を上げてるみたいだね。でも、アナタが帰ってくる家はもう無いんですよ」
先程の試合を、全て目で追っていた透徹を素直に褒める無門。
フッと声を漏らして笑う兄は、後ろから哀れみの目を向けることには気付かない。
こうして、突如起きた教師と生徒の模擬試合は、教師の信頼が再び回復したという結果で幕は下ろされた。
読んで頂きありがとうございます!
もし気に入って頂けたらブックマーク、ポイント評価、感想をくれると嬉しいです!
宜しくお願い致します。