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「シェリー、一つ聞かせてくれない?」
「なんですか?」
「後悔してない?あいつを……殺さなかったこと」
真っ直ぐとシェリーの顔を、目を見つめる
少しでも見極められるように
どんな些細な変化も見逃さないように
シェリーの憎しみの度合いが私なんかじゃ計り知れないくらいのものだってことくらい分かってる
だけど、私はシェリーの人殺しになんてなってほしくない
シェリーなんてキュアラちゃんと二人で幸せに暮らして子ども達の良い先生になってればいいんだ
手を汚す必要なんかない……あんな奴のせいでシェリーの将来が閉ざされるなんてことはあっちゃいけない
でもこれは私が望むシェリーだ
なら本人は?
本人にとって、もし、万が一にも…あいつを殺すことが生きがいとなっているのだとしたら
………果たして私のやったことは本当に正しいのだろうか…
シェリーの幸せを願ったからこそシェリーには殺しなんてして欲しくなかった
だけどシェリーの願う幸せがそれじゃなかったら…私はただ自分のエゴをシェリーに押し付けているだけの迷惑な奴だ
だから私はちゃんと見極めなければいけない
シェリーにとっての、シェリーの幸せってやつを
ゆっくりとシェリーが口を開いていく
さぁ、どんな言葉が出てくるのか、シェリーは本当はどう思って
「顔が強張りすぎて人面岩みたくなっていますよ」
「……なんだって?」
人、人面岩って…あ、あれだろ?名前の通り人の顔に見える岩でしょ?……岩…いわ………いわだああああああああ!!!???
「お、お前えええええええ!!!例えが特殊すぎるだろおおおおおお!!!!」
「おや、やっといつものセツィーリア様に戻りましたね」
「は、は?それどうひうひみひょ!」
それどういう意味よ!がとんでもない言語になった
理由は簡単
シェリーが私の顔をその手で挟んだからだ
「いつまでも難しい顔や険しい顔をしているのはあなたらしくないですよ?いつもみたいに笑ったり怒ったり拗ねたりしててください、私はあなたのそういう所が好きなのですから」
何回か頬をこねくり回されてパッと解放される
痛くはなかったけど、条件反射で解放された後自分の頬を撫でた
ていうか、その笑顔で好きとか言わないでくれるかな、私はまだしも他の子の場合目がハートどころじゃないぞ
ジト目で見つめてもシェリーは笑顔を崩さないまま
はあ…なんか調子狂う
それに結局シェリーのこと聞けなかった…またほじくり返すのもなんかあれだし
やっぱりわざと話を逸らしたくて…?
「後悔してないですよ」
一気に不安が押し寄せてきそうな時だった
落ち着いた、けれどしっかりとした口調でシェリーは言い切った
「確かにさっきまで本当に、本当にあいつを殺したくてたまりませんでした。私から全てを奪ったあの男が憎くて憎くて、この二年間復讐をすることを忘れた時なんて一度たりともなかった。実際あの男に会って、あなたやキュアラが捕まっているのを見て…その気持ちはより強くなった。今日こそ、やっと仇が取れると思った」
「……」
しっかり聞かなきゃ
これはきっとシェリーにとってこれからの人生を歩んでいく上での大事なワンシーンなんだ
「……だけど、結局出来なかった」
「…なぜ?」
なぜ?
それを私が聞くのか?
止めた張本人のくせにね
シェリーの顔を見るのが怖い
でもちゃんと向き合わなきゃ
何を言われてもちゃんと受け止めなきゃ
だって私は自分の行動が正しいのか間違ってるのかは分からないけど
後悔してないことだけは言えるから
「あなたが止めてくれた……あなたが俺の目を覚まさせてくれたからですよ」
「っ………」
ねえ、そんな言い方していいの?
私期待しちゃうよ?
自分のやったことは間違ってなかった
私が貫き通したことはシェリーを傷つけるものじゃなかったって…自惚れちゃうよ?
「父と母を殺したことは未だに許せない。だけど、あなたの言葉で気づいたんです。復讐したところで両親が帰ってくるわけじゃない、逆にあいつを殺したら今の私の幸せは全て崩れるって。キュアラには人殺しの兄が出来てしまうし、あいつと同じ犯罪者になったら、もうキュアラや皆…そしてあなたの元にはいられなくなる。そうなるって思ったら、びっくりですよね、今までの殺意がどこかに行っちゃったんです!…私の生きがいはずっと復讐だけかと思っていたんですけど、どうやらいつの間にか違っていたみたいですね」
くしゃっと笑ってるその顔を見ているとなぜか無性に泣きたくなった
おっと、一応念のため言っておくけど嬉し涙だから!感激して泣きたくなってるんだよ!
「セツィーリア様、近くに行ってもいいですか?」
「え?う、うん、別にいいけど」
どうしたの?という言葉はシェリーの腕の中に吸い込まれた
正面から抱きしめられて一瞬だけ思考が止まる
さっきだって抱きしめられたのになんで今はこんなに恥ずかしい気持ちになってるんだ!
まああの時は生きるか死ぬかっていう瀬戸際だったから恥ずかしいも何もなかったけどね
「シェ、シェイルスさーん?」
「ありがとうございます」
「……」
「本当にありがとうございます……あなたのおかげで私は、俺は本当の意味で前に進めます。……あなたがいてくれたから俺は…」
途切れた言葉の続きは言わなくても分かった
「シェイルス・アーレス改めシェリー!!……おかえりなさい」
「……はい、ただいま、ただいまですセツィーリア様」
私も腕をシェリーの背中へと回したらシェリーはさらにギュッと私を抱きしめた
うん、今日は特別に許してあげる
だって今日はシェリーが一番頑張った日で
そして、新たに前へ進み始めた日だから!
「(どうしましょう…途中から起きてたなんてとても言える雰囲気じゃないです)」
実はキュアラちゃんが既に意識を取り戻していたなんて、この時の私達は知る由がなかった




