初めての姉弟喧嘩
「……」
「……」
ユーリが謝らなくなってからも私はずっと彼を抱きしめていた
ユーリも徐々に落ち着いたのか途中から私に身体を預けてるのが分かった
このままユーリが落ち着いて眠ってくれれば良かったんだけど、
「…お姉ちゃん…」
多分このままにしてはおけない
今日を乗り越えても、ユーリは再び一人で闇に怯えることになる
そんなこと、絶対に許されない
「ユーリ…もう落ち着いた?」
「…うん、ごめんね」
今私達は二人で肩を寄せ合いながらベッドに寄りかかっている
ユーリの頭は私の肩に置かれていて私の頭はそんなユーリの頭に寄りかかっていた
「こんなことは、よくあるの?」
聞いていいか少し迷った
でも、聞かなきゃダメだと思った
このままうやむやにしてしまえば、到底私はユーリの本当の家族になれないから
「…最近は落ち着いてきたけど、ついこの前まではほとんど毎日こんなんだったよ」
「なんで、なんで教えてくれなかったの?もしかしたら何か」
「言ったところで何もできなかったはずだよ。自分で言うのもなんだけど、僕のこれはもう一種の発作みたいなもんだから。じっと耐えてればいつか収まる……僕はいつもそうしてきた」
どうってことないといった風に呟くユーリの瞳に光が宿っていないように感じたのは、多分気のせいじゃない
「ありがとう、お姉ちゃんのおかげで初めて発作の後がちょっと楽だったよ。でも…もし次もこんな僕を見かけたらどうか放っておいて」
「……なんで?」
なんでそんなこと軽々しく言えるわけ?放っておけると思う?
「迷惑をかけたくないからだよ、これ以上面倒事をこの家に持ち込めない。僕はもう、捨てられたくないからね」
"捨てられたくない"
ユーリの言葉は深く私の心に突き刺さった
その言葉だけで、ユーリは私のこと、私たちのこと家族として考えてないのが分かった
悲しかった、私はもうとっくにユーリを家族としてみていたし、離れるつもりなんてなかったから
本気でそう思っていた分悲しかったし、悔しかった、とてもとても悔しかった
結局、私は何もユーリのことを分かってなかった、知っているつもりでいたのに何も知らなかった
無知な自分が憎くてしょうがないよ
でもね、私、怒ってもいるんだからね?
「ユーリは…私達があなたを捨てると思ってるの?」
「何が起こるか分からないのが人生だ。例え今は平気でも一年後は?三年後は?十年後は?未来のことなんて誰にも分からない。なら僕は何にも期待しない、息を潜めるように過ごすよ。誰の怒りも買わないように、誰の反感も買わないように、静かに大人しく、人形になったつもりで生きていくつもりだよ」
分かってる
ユーリがこう考えるようになったのは理由があるからだって、分かってるけど!!
「ユーリはそれでいいの?」
「いいも何も、僕の気持ちなんて関係ないよ。僕の意思は僕が生きていく上では不要なんだ」
この子は分かっているのだろうか、私が今必死に自分を抑えていることに
分かってて、わざと私が怒るようなことを言っているのだろうか
「ユーリ……もう何度も言ったけど、あなたと私はもう姉弟でもう家族なの…!そんな家族を捨てるようなこと」
「でも僕は実の母親に捨てられた」
ユーリの声が途端に無になった
つい黙ってしまった私に構わずユーリは無感情のまま言葉を並べた
「実の父親ってのにも相手にされなかった」
「……」
「血が繋がってるはずの人たちがこれなんだ。なんの根拠があって君は僕が捨てられないっていう自信があるわけ?」
「根拠?根拠ですって…?」
「とにかく、もうこれ以上僕に踏み込まないで?そしたら、またいつもみたいに仲のいい姉弟がしたいでしょ?君はそれが望みなんでしょう?…ねえ、お姉ちゃん…?」
「……はは」
はははははは
あっははははははははは!!!!………ハアー……
「ユーリ」
「?なぁ、にっ??!」
「ナメてんじゃないわよ!!このガキンチョが!!」
ガシッと初対面のときみたいにユーリの顔を掴んでこっちに向かせる
おうおう、よくもまあ好き勝手に言ってくれたなあおい
抑えて抑えて抑え込もうとしたけどついに爆発しちゃったじゃん
これは百パーユーリのせいだからね?
だから、今から言うことをその見開いてる目と同じくらい耳も大きくかっぽじってよおーく聞けよな!!
「私がいつ!!あんたと仲良し姉弟を"したい"って言った!?んん?!私はずっと、あんたと会ったときからあんたのお姉ちゃんに"なる"って言ったじゃない!それはあんたと本当に仲の良い姉弟に"なりたい"と思ったからよ!この意味分かる!?」
ああ、分かんなくてもいいや
分かるまで言い続けるだけだから!
「あとなんだっけ?さっき自分が捨てられない根拠を聞いてきたよね?はっ、いいよ、答えてあげる。いい?根拠はねえ、あんたと違って私達家族はあんたをこの家に迎え入れた時点であんたを家族だと思っているからよ!!これ以上の根拠なんてないわ!言っとくけど、うちの家族って全員愛が深すぎて重いくらいなんだから離れようとしても離してくれない可能性の方が高いから」
あっ、そうそう
私何気にこれが一番イラついたんだよね
「それと、私の聞き間違いじゃなければさっきあんたは"僕に踏み込まないで"なんてことほざいてたわね?」
さっきまでポカーンとしてたユーリの眉がピクッと動いたのが見えた
心の中で密かにほくそ笑みながら続ける
余談だけど、今の私は正にあの悪役令嬢セツィーリアのイメージぴったりな顔になってると思う
「子供が何一丁前に孤高ぶってるのよ!!一匹狼でも気取るつもり!?千年早い!!!」
「あんたに何が分かるんだよ!!!俺のこと何も知らないくせに!!俺がどんな風に生きてきたのか、どんな扱いを受けてきたのか…親に愛されてぬくぬく育ったお嬢様のあんたに俺の何が分かるって言うんだ!!」
パシッとユーリの顔を掴んでいた手を払いのけられる
でも私はそれに対して怒るわけでもなく驚くでもなく、ただニヤリと笑った
ふっ、やっと反撃かよ
待ちくたびれちゃったじゃん
「ええ、確かに分からないわ。だってあんたの言うとおり私はぬくぬくと育ってきたお嬢様だから。あんたの気持ちもあんたの思いも何一つ分からないし、今の時点で私が分かってあげられるものもない」
「だったらもう」
「だからあんたが教えてよ」
「………は?」
すっとんきょんな声を上げるユーリ
あらあら、かわいい顔がだいなしだな
心の中で少しだけ笑いながら真っ直ぐユーリを見据える
「私は何も知らない。そりゃそうよ、あんたから一回もあんた自身のことを聞いたことがないんだから。私エスパーじゃないんだから分かれって言うほうが無理でしょ?」
「は?ちょっ」
「だから、聞かせてよ。ユーリが今までどうやって生きてきたのか、どう思って過ごしてきたのか、どんなことをされたのか。……私はユーリの事が知りたいの、本当の家族になりたいから」
「………」
「……今すぐに話せないならそれはそれでいいよ、その代わり毎日ユーリと一緒に寝るだけだから」
「は!?冗談で……その顔は…!」
「女に二言はないわ」
親指を立ててふっ!と笑う私を見て深くため息をつくユーリ
ちょっと、あまりにも遠慮がなさすぎない!?
若干顔が引きつってしまったその時
「…聞いてもおもしろくないけど」
小さく呟かれた言葉を聞き逃すことはなかった
「おもしろさを求めているとしたら私は自分でおかしなことを言って周り諸共巻き込んで笑うわ」
「…何それ意味わかんない」
そう言いながらもユーリは小さく笑って再び私の肩に頭を預けた
「聞かなきゃ良かったって後悔しても知らないから」
「もしそんなことになったら、その時は思う存分私の顔に落書きしていいわよ」
「あんた本当にお嬢様?」
自然と繋がれる私とユーリの手
ギュッと強く小さな手を握ることで微かに感じる震えが消えることを願った




