吐露
静かに紡がれる少女の言葉を私はただただ静かに聞いてることしか出来なかった
僕の上には二人兄がいるんだ。血の繋がらない兄が。
僕の母は所謂妾で僕を産んですぐに亡くなった。そして父は母の命を奪った僕を憎んで顔を見ようともしないし記憶してる限り名前を呼んでくれたこともない。二人の兄と正妻である僕のもう一人の母は僕を毛嫌いしていて、兄達には会えば顔をしかめられるし時々些細な嫌がらせを受けたこともあった。義母や使用人は腫れ物を触るかのような態度で僕を見てくる。それは成長していくにつれてどんどん酷くなっていった。
僕はもう耐えられなかったんだ。逃げ出したかった。もうあそこには居たくなかった。
「だから、今日市場に行くと言うお付の人に無理を言って連れて来てもらった。そして逃げ出したんだ…そして、君に出会った」
そう言ってこっちを向く少女
彼女の向けてくる真っ直ぐすぎる瞳に吸い込まれそうになる
私とそう変わらない歳なのにこの子の抱えてるものの大きさや重さは私じゃ決して測りきれないだろう
「……どうして、今日初めて会った私にそんな話を?」
これは世間話で済むような話じゃない
初対面で気軽に話せるような話じゃないはずなのに
「どうしてだろうね…多分ずっと誰かに聞いてほしかったんだ、ずっと…吐き出したかったんだ」
目を伏せる少女はとても子供だとは思えない表情をしていた
「逃げ出したはいいけど、僕はどうすればいいか分からなかった。ただ見つからない場所まで行くしかないって思って必死に足を動かしてた。でも、君に会って…無謀な逃亡は楽しい探検に変わった。灰色にしか見えなかった世界は君のおかげで鮮やかに色づいた。僕の勝手だけど…君に聞いてほしいと思ったんだ、君になら打ち明けられるって。ごめんね、僕の身勝手な行動で君まで巻き込んでしまって」
儚く笑う少女を見ていると心臓を掴まれる思いだった
「ぜ、全然大丈夫だよ!巻き込まれたなんて思ってないし、全部私が好きでしたことだもん!そもそも巻き込んだって言ったら、私のほうこそバカみたいにはしゃいじゃって連れまわしちゃったし」
へらへら笑いながら後頭部をさする
正直笑っていいのか迷ったけど、ここで暗い顔するのも違うと思った
「僕にはそれが救いだった。何も考えずにはしゃぐなんて初めてのことだったから…あんなに楽しかった時間は生まれて初めてだよ、ありがとう」
膝に置かれていた手を握られて微笑まれた
でも、なんて悲しい笑顔、笑ってるはずなのに泣いているように感じるよ…
「これからどうするの?」
恐る恐るといった感じで聞けば少女は遠くの方を見ながら呟いた
「分からない。でも、多分戻っても戻らなくても、最初から僕の居場所なんてなかったから誰も僕のことなんて気にしないと思う。むしろ家族からしたら清々してるかもしれないね」
どうしてそこでも笑うの?無理に笑うなんて、余計辛くなるだけなのに
「結局僕は誰からも必要とされない存在、最初から僕なんかいなければ良かったんだ…」
もう我慢の限界だった
「そんなことない!!」
突然声を張り上げた私をびっくりしたような顔で見る少女
私はそれを視界に入れながら気持ちが爆発するのを止められなかった
「誰がそんな事決めたわけ!?誰があなたをいらない存在だって?!そんなの誰にも決める権利なんてない!!だいたいあなたを必要としてる人は絶対にいる!私だってその一人!あなたがいなければ私だってこんな楽しい気持ちになることはなかった!あなたと一緒だったから、私はとても楽しかったんだ!」
少女の正面に回りこんで肩を掴んだ
「あなたはいらない存在なんかじゃない。少なくとも私はあなたと出会って良かったと思ってるし、現にあなたはもう私の人生の中ではいてほしい存在になってる。私の世界の一部になってるんだよ!」
呆然と私を見上げる少女の瞳を見つめ返す
この子は自分の話をしていた時、全部諦めたような顔をしながら淡々と話してた
まるでもう割り切ってて、今更どうすることも出来ないような顔で
こんな小さな子が、泣いていいはずなのに無理して笑ってる姿がどうしても許せなかった
肩を掴んでいた手を少女の頬に当てる
上を向かせて顔を見合わせる
「泣け」
「え?」
「泣くんだよ!無理して笑うことなんてない、泣いたっていいんだ!」
「…泣いたってどうにもならないじゃないか」
顔は動かせないから目線だけを逸らしてまだうだうだ言ってる少女にだんだん怒りが湧いてきた
「じゃあ泣かなかったらどうにかなったの?辛い気持ち、悲しい気持ち全部溜め込んで無理して笑って、それで何か変わった?変わってないでしょ?ならまず自分がすっきりすることだけを考えればいいんだよ。泣いて泣いて、泣きまくって、今までの辛い気持ちを全部吐き出して涙と一緒に流すんだ」
「………だって、、泣くなんて…泣いたりなんかしたら皆を困らせるだけで…余計惨めに感じるだけで、、それに…僕に泣く資格なんて…!」
「つべこべうるさい!!」
私の怒鳴り声で逸らされていた視線が戻る
「いい?子供が泣くのに資格なんて要らないんだよ!泣いて自分の気持ちを吐き出すのは至極当然のことなんだから惨めに感じる必要なんてない!それに皆を困らせる?その皆は今ここにいるの?いないよ、今は私しかいない、私はあなたが泣いたって困らないしむしろ泣いてほしいとさえ思ってる。溜め込まずに全部言って?私になら話せるって言ったのはあなたよ?なら最後までそれに付き合わせてよ」
見つめていた深緑の瞳が揺れるのを見た
「ぼ、僕は、、愛されたかった」
「うん」
「母に抱いてほしかったし、父に名前を呼んでほしかった」
「当然だね」
「兄たちとも本当は仲良くしたかった…一緒に遊びたかった…!!」
「皆で遊んだほうが楽しいに決まってるもんね」
「義母や他の皆から普通に扱われたかった…!僕っていう存在を認めてほしかったんだ…!!」
「うん…うん」
少女の頭を抱いてやさしくその頭を撫でる
私の胸にもたれ掛かりながらポツリポツリと呟かれていた本音はやがてただの泣き声へと変わった
背中に腕が回されぎゅっと掴まれる
私に出来たことと言えば、ただ少女が泣き止むまでその頭を撫で続けることと小さな胸を貸すことだけだった




