第4章 柳川トモカ
「テン、遊ぼう」
「蓮だ。嫌だ」
いい加減ウンザリする。
1週間これが続くと思うとテンションが下がる。
蓮の家に、従兄弟のトモカがいた。
トモカの父親である瑠衣が、1週間撮影で外国に行くので、何の因縁か、その子を預かる事になった。
保育園にいる時はいいが、問題は保育園から戻った後だ。
蘭が大学に通っているので、その時、トモカはいない。
大学終わった後に蘭が迎えに行き、五月蝿くなるのだ。
「テン。意地悪」
「蓮君。意地悪しないの」
「名前を間違え無くなったら遊んでやる。ってか、君が構えばいいだろう。責任持って」
「今、手が離せないの。見れば分かるでしょう。今、夕食作っているんだから」
「僕は頼んでいない」
「頼んで無くても、トモカ君が食べるでしょう」
「それをここで作るなよ。君んちで作ればいいだろう」
「ここのキッチン使い勝手がいいのよ。それに、出来立てを食べさせたいでしょう」
「あっそう」
蓮は立ち上がる。
「テン。何処に行くの?」
「蓮だ。何処でもいいだろう。便所だ」
蓮がリビングからいなくなり、そのまま、書斎に籠もった。
「テン。遊んでくれない」
「しょうがないわね。少し待ってて、すぐに晩御飯にするから」
「うん」
「あっ、食器出してくれる?」
「うん!」
「ありがとう」
(本当にいい子じゃない。それに引き換え、蓮君ときたら…私が何とかしないと)
蘭は使命感に駆られた。
今日のメニューはカレーである。
「ねえ、明日3人で動物園行かない?」
「3人って誰と誰と誰だよ」
「勿論、私とトモカ君と蓮君よ」
「うん。行きたい」
トモカは目を輝かせる。
「君、学校は?」
「明日は授業取って無いから」
「単位不足になっても、僕はもう絶対助け無いからな。第一、何度も言うが僕は幽閉の身だ」
「大丈夫よ。柳川の人が許可したら、出ていいんだって、まあ、1日以上空けちゃいけないみたいだけど、動物園なら、半日で行けるし」
「何つー緩い幽閉だな」
「そうでもしなきゃ、逆に出たがらないでしょう? 少しは抵抗してもいいけど、何もしないからつまらないんだって」
「そう、瑠衣が言ったんだな」
「うん」
「あのバカは、絶対幽閉の意味知らないだろう。そりゃ、もう。軟禁だから、まあ、こうやって、飯食ったり、外界との接点を切っていない辺りで軟禁にもなって無いか」
「そう考えると柳川の人はいい人が多いわね。初めは悪い人かと思ったけど、緋矢さんも何だかんだで優しいし」
「違うよ。お人好しが多いんだ。何処かで悪人になれないバカばっかなの」
「でも、そのお陰で遊びに行けるんだから行こう」
「断る!」
「どうして?」
「疲れる。面倒。何より、無礼なガキは嫌い」
「ガキって、従兄弟同士でしょう?」
「関係ない。僕の名前をちゃんと言えるようになるまで絶対嫌だ」
「意地悪。パパに言いつけるよ……」
「言えば? 別にあいつ怖くねーし、あんなヘタレ」
「蓮君。言い過ぎよ」
「パパは……弱く無いもん。パパはテンよりずっと強いもん。テン何か大嫌い」
トモカはわんわん泣く。
「ほら、蓮君」
「知らねー」
「知らねーじゃないの。謝りなさいどう考えても蓮君が悪い。年上でしょう」
「そうやって甘やかすから、つけやがるんだ。僕は現実を見せてやっているんだ」
「何が現実よ。意地悪なだけじゃん。蓮君こそ子供じゃない。小さい子泣かして」
「僕はガキじゃない!」
「だったら、動物園に同伴しても罰は当たらないでしょう」
「だったら、君と2人で行けばいいだろう」
「人が多い方が楽しいじゃない」
「んな事あるか、2人で行け」
「わんわん。テンがお姉ちゃんをイジメてる」
「蓮だから、イジメて無いから、大体、こいつ何でそんなに瑠衣が好き何だ? ここまで好きにはならねーだろう」
「パパ。ヒーロー。強いヒーローなの」
「ヒーロー?」
蘭が繰り返す。
「そーいや、昔、遊園地のヒーローショーでヒーローやったな」
蓮が思い出す。
「ヒーローショーって、僕と握手する。あれ? 随分、手広く仕事するわね」
「あいつ、生きたドーピング男だから、運動神経が無駄にいいんだよ。んで、ケガしたヒーローの助っ人やる羽目になったんだ」
「パパ。赤だったよ」
「しかも、リーダーだったのね」
「瑠衣はものの数十分で体得し、舞台に上がったんだ」
「凄いわね」
「だから、ヒーローと錯覚しているみたいだけど、実際は母さんと嫁に頭の上がらないヘタレだ」
「違うもん」
「違わない!」
「うぇーん」
「こら、そんな強く言う事無いでしょう。トモカ君気にしなくていいからね」
「うぇーん」
もう、何を言っても聞こえない位、大声で泣いた。
「うるせぇな」
「蓮君が言い過ぎたせいでしょう」
「ああ、悪かった悪かった」
「えーん」
適当に言っても無駄であった。
「ああ、分かった。動物園一緒に行くから泣き止め」
「テン。いいの?」
「蓮だ。その代わりこれっきりだからな」
「うん」
トモカが笑う。
(全く、とんでも無い事になりそうだな)
「で、どうやって何処の動物園に行くんだ?」
「うん。それだけど、せっかくだから、千葉の動物園に行こう。私の運転で」
「運転? 君、免許持ってたの?」
「失礼ね。ちゃんと持っているわよ」
「そうなんだ」
(どうにも、背筋がぞくぞくするな。嫌な予感が当たらない事を願おう)
「一時はどうなる事かと思ったけど、予定が決まって良かったわ」
蓮の予感をよそに蘭は微笑んだ。
次の日。
レンタカーを借りて、トモカをチャイルドシートに座らせた。
トモカは笑っている。
「えーと、これがブレーキで、アクセルで」
蘭が場所の確認をしている。
「なあ、物凄く嫌な予感がするんだけど、君、最後に運転したのいつ?」
「失礼ね。最後に運転したの3ヶ月前よ」
「それ、ペーパードライバーだ。上野でいいじゃん。電車乗ってさ。パンダいないけど」
「嫌よ」
「嫌とかじゃなく、命に関わる問題だ」
「大丈夫だって、これでも事故った事無いんだから」
「そっちの方が奇跡に近いから」
「あっ、蓮君。カーナビセットして」
「はっ、僕!」
「使い方イマイチ分からないのよ。場所も曖昧だから必要でしょう」
「……はあ」
蓮が説明書を読みながら、渋々セットする。
「お姉ちゃん。まだ?」
「ええ、今、出発するわ。レッツゴー」
と、言ったが、急ブレーキが掛かる。
「アクセルとブレーキって、紛らわしいね」
「そんなんで済むか!」
蓮が叫ぶ。
(ああ、母さん……こんな形で地獄に行く事をお許し下さい)
蓮は亡き母に謝った。
そして、何だかんだと動物園に着いた。
「ほら、大丈夫だったでしょう」
「何処がだ! 瑠衣の運転がどれだけ上手いか、身を持って知ったよ」
「失礼ね」
「どっちがだ。ガキにトラウマ作る運転だ」
「そう。トモカ君喜んでいるよ」
「お姉ちゃん。楽しい」
「ほらね」
「絶叫マシーンと間違えているだけだよ。鈍感なガキが」
「そんなに文句があるなら、蓮君が運転してよ」
「僕に免許は無い。そもそも、僕に戸籍が存在しない」
「そうなの?」
「幽閉される時に戸籍が無くなったんだ。と、緋矢伯父さんが言ってた。まあ、実際どうなっているか分からないけどな。何たって柳川だから、海外逃亡しない為の嘘だと思ってる」
「どうして?」
「一財閥にそんな事出来ないから」
「まあ、そうかも」
「だから、僕には免許が無いんだ」
「じゃあ、私が運転するしか無いね」
「あっ」
蓮が制御ブレスレットに目をやる。
(こいつさえ無ければ……)
「早く行こう」
トモカが蘭の手を引っ張る。
「ええ、そうね。あっ、蓮君荷物持って」
「はあ、何で?」
「他にいないでしょう」
(ひょっとして、この為に駆り出されたな)
「一応聞くが、中身は?」
「お弁当箱よ」
「何でこんなデカくて丸くなる!」
蓮の小さな背中いっぱいのリュックが丸く膨らんでいる。
「そりゃ、豪華にしたからね」
「お弁当? お姉ちゃんが作ったの?」
「ええ」
「楽しみ!」
「僕は凄く嫌な予感がしてならないけど」
「さあ、行きましょう!」
「うん!」
トモカがバタバタ走り、先に進んだ。
「ほら、蓮君も早く」
「くそー。力さえ使えたら……」
蓮は今にも押し潰されそうになっていた。
「キリンさんだ」
トモカが指を差す。
(こうしていると本当の親子になった気分だ)
蘭が微笑む。
「トモカ君はキリンさんが好きなの?」
「んとね、キリンさんも好きだけど、ゾウさんが1番」
「へー、蓮君、早く記念写真撮るから、カメラマン」
「へいへい」
「ちゃんと、キリンの頭も写してね」
「無茶苦茶言うな。無理に角度変えたら、君の見たくもない白のパンツが見えるだろう」
蘭は流行りのミニスカを着ている。
「何、見てるんじゃい!」
「見てるじゃなく見えるんだ。日本語を間違えないで欲しい。僕は君のパンツに興味は無い」
「パンツ、パンツ」
トモカが連呼する。
「こら、トモカ君、連呼しないで」
蘭の顔が赤くなった。
「人に見られて嫌なら、長いのはけ、見せているとしか思えん。だからって、何も感じないけど」
「何処のオッサンの発言だよ。ってか、何で何も感じない」
「何度も言わせるな。胸の無い暴力女に僕は女性らしさ感じないから。あたたたっ」
蓮の頬を蘭が引っ張る。
「悪かったわね。女子力が低くって」
「お姉ちゃんとテンって、パパとママみたい」
「なっ」
「違うわよ。蓮君が子供だから、ほっとけないだけで」
「幼児体型に言われたく。あたたたっ、だからつねるな!」
「ママもパパは子供みたいって言ってたよぉ。仲良し!」
「違う! おい、いくら、従兄弟でも許さんぞ」
「仲良しがいけないの?」
トモカが首を横にする。
「それはいい事だが、こいつとは……だから、引っ張るな」
「こいつ呼ばわりするな!」
「だからって暴力で訴えるな。ちょっとは口で言い返せ。一応女だろう」
「一応って、悪かったわね。どうせ私は口達者じゃありませんよ」
「開き直るな!」
喧嘩がエスカレートして流石にトモカも戸惑い、泣いてしまった。
「と、トモカ君」
「キリンさんいるのに、喧嘩しないでよ」
流石に外で泣かれると人目も気になる。
「はあ……後にしようか?」
「そうしましょう。トモカ君、大丈夫よ。蓮君も私も仲良くするから」
「ホント?」
「本当よ。ねえ、蓮君」
「あっ、ああ」
「じゃあ、仲直りのキスをして、パパとママが喧嘩したらいつもやっているよ」
「なっ」
「ちょっとそれは」
「出来ないの?」
「あっ、いや。あのね。蓮君と私は友達であって、パパとママのような関係じゃないのよ」
「じゃあパパとママみたいにいつなるの?」
「うーん。まだ、しばらく先かな」
「一生ならねーよ」
「蓮君。口裏合わせて」
「へいへい」
「ならないの?」
「ええ、なったら、私と蓮君はトモカ君の所に簡単に会えなくなるのよ」
「どうして?」
「ママとパパみたいにトモカ君のような子供を大きくしなきゃいけなくなるからよ」
「随分、話が飛んでいるんだけど」
「蓮君は黙って、トモカ君をを大きくするにも、ママとパパは凄く頑張ったと思うの。2人はトモカ君が大好きだから、ずっと、一緒にいたと思うの」
「うん」
「私も同じように自分の子供におんなじ事するから、どうしても、トモカ君と遊べなくなるの分かる?」
「うん。お姉ちゃんとテンと別れたく無い」
「だから、蓮だ」
「でしょう。私もまだ、トモカ君とお別れしたくないから、パパとママみたいにならないの。分かった?」
「うーんと、分かった!」
「ホントに分かっているのかよ?」
「うん。お姉ちゃんはテンより、僕が好き!」
「うーんと、それは……」
蘭は少し戸惑う。
「名前は間違っているが、内容は間違って無いから、反論しない」
「んで、テンも僕が大好き。僕モテモテ」
「だったら、どんなツンデレだよ!」
「まあまあ、ねえ、時間も時間だし、近くに広場があるから、そこでお昼にしましょう。それからゾウさん見ましょう」
「うん! お姉ちゃんのお弁当楽しみ」
「ああ、やっと軽くなる……」
蓮は早々と広場に向かった。
「テン、僕も」
「蓮だ」
そんな2人の姿を見て蘭は笑う。
(やっぱり、連れて来て良かった)
蘭も歩き出した。
広場のベンチにお弁当を広げる。
「で、これは何?」
「お重よ」
「そりゃ、分かる。中味だよ」
「知らないの? 今、流行りのキャラ弁よ。あれ、作るの大変なのよ」
動物の形等していて、ここを意識して作った。
「いや、だったら、普通でいいだろう。何でわざわざこれにする」
「トモカ君が喜ぶでしょう」
「ぷっぷっだ」
車の形をしているおにぎりに、確かに喜んでいた。
「大体文句が多いのよ」
「そりゃ、多くなるだろう。何でお重だ」
「それしか無かったのよ」
「どんな家だよ」
普通のお弁当箱が無い家が蓮には理解できなかった。
「ともかく、味でしょう」
「まあ」
「いただきま〜す」
トモカは待ちきれず、おむすびで作った車をさっそく食べる。
「お姉ちゃん。美味しい」
「だって、ほら、蓮君も」
「うん」
一応食べる。
「美味しい?」
「普通」
「何ですって!」
「また、喧嘩?」
蘭が吠えると、トモカが心配する。
「いえ、大丈夫よ。どんどん食べて」
「うん」
「蓮君も」
「分かった」
何だかんだと蓮も食べた。
昼食後、動物園巡りが再開された。
ゾウを見て、サイやサル等も見た。
が、2時間で蓮が完全にへばり、ベンチに座り込む。
「ダメ。動けねー」
「もう、体力無さ過ぎ」
「そりゃそうだろう。半年以上家から出て無いんだから」
「それも、そうね。トモカ君がいいなら、2人で行く?」
「うん!」
「じゃあ、私達はふれ合い広場で遊んでいるから」
「分かった。行ってらっしゃーい」
蓮がぐったりしながら、手を振った。
「ウサギ、可愛い」
ウサギに人参を与えていた。
「蓮君も触れ合えばいいのに」
蘭もウサギにキャベツを与える。
「あっ」
蘭の携帯電話が鳴る。
「トモカ君、ここにいてね」
蘭はふれ合い広場から離れた。
蓮はアイスを食べつつ、携帯電話で話していた。
『橘蓮。力を使っていないだろうな』
声の主は柳川緋矢であった。
「制御の枷を外して無いんだ。無理だ」
『そうか、なら良かった』
「どう言うつもりだ。幽閉しているんじゃないのか? あいつをバイトに起用したり、僕を外に出す事を許したり」
『全て、瑠衣が私に頼んだ事だ。幽閉の意味もあまり分かっていないみたいだしな』
「やっぱし、不甲斐ない男だな」
『それについては同感だ。それにあいつは自分の事ではそれ程怒りを示していないしな』
「やっぱり、母さんか」
『ああ、そうだ』
「そうか、僕がやったから、仕方ないが、少しは自分の事にも怒ってくれた方がいいが」
『分かっているならいい。それより……』
バッチン! ゴロゴロ!
「雷!」
蓮が思わず立ち上がる。
雲一つ無い晴れた空に、近くで雷が落ちたのだ。
『どうした。橘蓮!』
「あれは、異能力だ」
『異能力だと、状況を説明しろ』
「近くで雷が鳴ったんだ」
『そうか、橘蓮。今すぐ現場に向かえ!』
「僕は……」
『躊躇っている暇は無いだろう。近くにいれば私が出向くが今、ここにいるのはお前だけだ。違うか?』
「分かりました」
『だが、報告はするんだ』
「はい。電話は切らないで置きます」
『ああ、無理はすんなよ』
「……うん」
蓮は雷が落ちた所に向かった。
「あれ? お姉ちゃんは?」
トモカが山羊と遊んでいる途中で、蘭の姿が無い事に気付く。
キョロキョロ探して蘭を探す。
「いない」
一気に不安になる。
ふれ合い広場を抜け出し、探し出すが見つからない。
「何処にいるの。お姉ちゃん。お姉ちゃん。うわぁぁぁん」
トモカは座り込みが泣き出す。
どんどん不安はエスカレートし、すると、雷がトモカの上に落ちた。
しかし、トモカは平気だった。
トモカが雷を発生し、落としたのだ。
「はあ、はあ、疲れた」
蓮がバテていた。
そこに蘭が現れる。
「何で、君がここに?」
「友達から電話が掛かって来たのよ。んで、雷が落ちたから気になって」
「あのガキは?」
「トモカ君はふれ合い広場で遊んでいると思うけど」
「1人にさせたのか?」
「ええ、電話かけるって言って……」
「マジで胸騒ぎがする」
蓮が走った。
「ちょっと、蓮君」
蘭も追い掛けた。
「うわぁぁぁん」
「やっぱり」
蓮の予感は的中した。
トモカの体が帯電して、青白い光を放っていた。
「伯父さん。トモカも能力者です。雷の力だ」
蓮は冷静に緋矢に電話で報告していた。
『やはりそうか』
「ちょっと、異能力ってどう言う事、私にも分かるように説明して」
「柳川の血。トモカも例外じゃ無かったって事」
『橘蓮。インビンシブルの能力で、止められるか?』
「僕に力を使えと言いたいの? 嫌っている伯父さんが」
『それしか、方法が無いだろう。これは、迅速に行う必要がある。私とて、現場に向っているが、それでは間に合わない。悔しいが力を借りるしか無いだろう。出来るか?』
「出来ない事はない。分かったやります」
『ありがとう。制御の枷は蘭さんが1つだけ外せる。鍵を持っているはずだ』
「メイドだから、持たせたの?」
『まあ、そんな所だ』
「僕がメイドを襲わないとも限らないだろう」
『大丈夫だ。メイドは腕の立つ者を選んだから、異能力が無ければ負けるはずはない』
「……通信教育で体鍛えるか」
蓮は蘭の方を向く。
「僕があいつを止める。だから制御の枷を外してくれ」
「話は聞いてたから、分かったわ。でも、能力は1人1つが原則でしょ。大丈夫?」
蘭は既に鍵を用意し、蓮の左腕の制御の枷を外した。
「君には、まだ話して無かったか、詳しい事はこれで伯父さんに聞いて、時間が無いから」
蓮は蘭に携帯電話を渡す。
「分かったわ。気を付けてね」
「君、何言っているの? 僕に不可能は無い」
蓮はそう言って、トモカの所に向かった。
蓮はトモカの肩に優しく手を当てる。
「トモカ。落ち着け」
「だって、お姉ちゃんいなくなったんだもん」
(原因はやっぱり、あいつか)
蘭と近くで会った事を思い出す。
適当にトモカに言って電話したのだろう。
トモカにそれが伝わらかったようだ。
「僕、独り嫌だ」
「大丈夫。僕がいるだろう?」
「……テン」
「蓮だ。ともかく、もう泣くな。男の子だろう」
「男の子? うん!」
「ほら、落ち着け」
「うん」
トモカが泣き止み、徐々に帯電しなくなった。
そして、疲れたのか眠ってしまった。
インビンシブル。蓮の異能力の名称だ。
勿論、これは蓮が名付けた。
1人1つが原則の力で、蓮だけは複数使える。
風の力だけではなく自在に使い限界が無く、無敵だからと言う事で、インビンシブルとなった。
変に自信家である蓮らしい名の付け方だった。
稀に異能力者の中でも更に特殊な力に目覚める事があるが、柳川の人間は更に特殊な異能力者になり易い。
瑠衣もその1人だが、蓮も更に特殊な異能力者で、複数の力を使えているが、その実、能力は1つしか持っていない。
複数持つ事が出来るのは、その力をコピーしている為で、複製が蓮の力なのだ。
生まれもって記憶力がいい蓮に、この複製能力はまさに、鬼に金棒である。
異能力関係の記事を収集するのも、力の本質を知り、コピーする為の材料であった。本家より引けを取らないのも、蓮の力の特色で、異能力の中でも最強である。
しかし、複製出来ない力もある。
複製能力は体質まで変えられない。
故に体質が特殊な瑠衣のような能力は使えなかった。
蓮の運動能力が低いのも、複製出来なかった為である。
最も瑠衣は火を司っているので、瑠衣から複写するのは不可能であったが、コピーしようとしたのは、事実である。
『それが、蓮の力だ。故に周りから恐れられた』
「だから、悪魔なの?」
『そうだ』
「納得いきません。だって蓮君。あんなに可愛いんですよ」
『可愛いは関係無いと思うが』
蘭の言葉に緋矢は、引き気味であった。
「説明して下さい」
『生まれもって強い力を持つと言うのは、そう言う事だ。力を暴走させ、人まで殺めた。橘蓮は間違いなく悪魔だ』
「それは……周りが、誰も蓮君を理解しなかったからよ。蓮君がひねくれたのもそうよ。蓮君1人責めるのは可笑しいわ」
「僕が責められる? 誰に?」
蓮君がトモカを背負って何とかやって来る。
「肉親に、悔しく無いの」
「別に」
蓮は近くのベンチまで何とか行き、トモカを寝かせる。
「ガキのクセに重いんだけど」
「それで、別にって何よ」
「僕は言葉を覚えた辺りで、父と呼ぶ人に同じ事を言われ、見捨てられた。母さんはそんな僕を不憫に思って、橘の家を出たんだ。まあ、それに無理について行ったのが瑠衣だ。母さんは僕を不憫に思っていたが、実際、僕をどう思っていたか分からない。僕を嫌っていたのかも知れない。僕を産む事を本位に思っていなかったから、でも、僕をちゃんと育ててくれたから、僕は母さんに感謝している。でも、そんな母さんを殺めたから、僕は悪魔と呼ばれ、味方もいなくなった」
「味方ならいるでしょう。この私が」
「君が?」
「そうよ」
「物好き」
「何ですって! 生意気な口はこれか」
蓮の頬をつねる。
「横暴だ」
「五月蝿い。味方になるから、文句言わない!」
「君は何目線で言っているの?」
「いいから黙って、味方と思えばいいの」
「君、後悔するよ」
「絶対しない!」
「死ぬかもよ」
「蓮君は同じ過ちをしない。だって、天才でしょう。天才ならそうならない手段を考えられるでしょう」
「ああ、君、やっぱりバカだったんだ」
「何ですって!」
「でも、ありがとう」
蓮は小さく呟く。
「蓮君? 今、何て?」
「あっ、トモカが目を覚ました」
蓮がトモカに視線を向け、誤魔化した。
「……お姉ちゃん。何処に行ってたの?」
「君が原因何だよ」
「えっ、そうだったの!」
「メイド失格だな」
「まだ、馴れて無いの!」
「そー言う問題じゃないから」
「テンもウサギに餌上げに来たの?」
「蓮だ。まあ、そんな所だ」
「んじゃあ、行こう」
トモカが走り出す。
「覚えて無いの?」
「みたいだ。まあ、その方が幸せだと思う」
「確かに」
「君もトモカの親には言わないでくれないか?」
「どうして?」
「言っただろう。その方が幸せだって、瑠衣もヒナゲシもそれで冷たくする事はしないだろうが、世間の目が冷たくなるから、そんな子供は危険で学校とか入りにくくなるんだ。僕が封じたからしばらく力は発動されないから、普通に暮らせる。僕は普通の生活送らせたいんだ」
「お姉ちゃん。テン。早く」
「だから、蓮だ。わざとだろう?」
「テンはテンだよ。テン競争だよ」
「こら、蓮だ」
トモカが走り、蓮が追い掛けた。
(そっか、蓮君は自分と同じ目に合わせたく無いんだ。優しい所あるじゃん)
「蓮君。私も混ぜて」
蘭も走り出した。
夕方。
帰りの車中。
行きと同じように蓮が助手席、蘭が運転席、トモカが後部座席のチャイルドシートに座っている。
トモカは既に夢の中である。
「で、何で、制御の枷をさり気なく付けたの?」
「緋矢さんが、必ず付けるように命じたから、ほら、私、緋矢さんに雇われているでしょう。逆らえないじゃん」
どうやら、電話を切る時に、会話が繰り広げられたようだ。
真剣に餌を与えている内に、蘭は制御の枷を付けた。
蓮が気付いたのは、帰る時だった。
「いいじゃん。私の運転で帰れば」
「それが嫌だから言っているんだ。大体、ガキはよく寝れるな」
「遊びまくったから疲れたのね。やっぱり可愛い」
「……怖く無いのかよ?」
「ともかく行きましょう」
とは言ったが、急ブレーキが掛かる。
「あっ、アクセルはこっちか」
(僕、次こそ地獄行きだ。母さん、本当にごめんなさい)
蓮は半べそかいた。
それからしばらく、日が経ち、トモカの母親ヒナゲシが迎えに来た。
「ママ!」
真っ先にヒナゲシの所へ向かう。
「トモカはいい子にしてましたか?」
「ええ、それはもう。動物園に行ったんですけど、これ、その時の写真です」
蘭はヒナゲシに写真を渡す。
「ありがとう。あっ、これ、蘭さんに」
「ありがとうございます」
クッキーを渡す。
「早く帰れよ」
蓮が臍を曲げていた。
「蓮さんにもお土産買って来たのにいらないの? 高級チョコ」
「いる」
ヒナゲシが渡そうとする行動より、蓮は素早く動き、お菓子を取るとそのまま書斎に籠もった。
「テン。どうしたの?」
「さあ」
ヒナゲシは分からないふりをしたが、想像は出来た。
蓮は書斎に籠もり、書斎にある小さな冷蔵庫からペットボトルのコーヒーを取り出し、包装紙を破り、箱を開け、キレイに並べられたチョコレートを一粒食べる。
「美味い」
蓮の顔が綻んでいた。
「トモカにはこれを」
「僕の」
トモカも素早く箱を開ける。
「ぷっぷだ。ママありがとう」
木材で出来た玩具の車に喜ぶ。
しばらく、蘭とヒナゲシは話し込んだ。
その内退屈になったトモカがヒナゲシの腕を掴む。
「ママ。遊ぼー」
「それもいいけど、お家帰って遊ぼうか、瑠衣も待っているし」
「パパ! パパどうして、今、いないの?」
「ぷっぷで来たから、ぷっぷ取られ無いようにしてるの」
「ふうん。僕、パパに会いたい」
「ふふっ、分かったわ。ヒナゲシさん。私達はこれで、本当にありがとうございました」
ヒナゲシが一礼する。
「いえ、トモカ君。いい子だったし、とても楽しかったです。また、何かあったら、協力します」
「本当に? また、甘えちゃうかも、トモカ。お姉ちゃんにサヨナラの挨拶して」
「お姉ちゃん。バイバーイ」
トモカが手を振る。
「はい、バイバイ」
蘭もトモカの目線合わせてしゃがみ、手を振る。
「お姉ちゃんの運転、楽しかったよ」
トモカが最後に感想を言った。
蘭は苦笑いを浮かべ、ヒナゲシの顔色を伺う。
(運転。楽しい? どんな運転したの?)
ヒナゲシは複雑な表情をしていた。
瑠衣が運転する車の中。
「それで、キリンさんがこーんな首が長くって、ゾウさんのお話がこーんなに長くって、それで、それで、テンが小さくって」
トモカが笑いながら、動物園の思い出を話す。
「はははっ」
瑠衣が笑う。
「パパの車は急に止まったり、急にゆっくりになったり、早くなったりしないの?」
「えっ?」
「お姉ちゃんの運転面白かったの。パパはやらないの?」
「はははっ、そうだな。その運転はスリリングだけど、周りに迷惑がかかるからな。あまりすると、トモカがケガするかもしれないから、出来ないよ」
笑って断る。
「お姉ちゃんにも言っておくね」
「そうだな」
「んでね。テンは僕に意地悪ばっかすんの。テン遊んでくれないの」
「本当に意地悪だな」
「でも、テンはいざと言う時優しいから好き。パパはテンに会わなかったけど、寂しく無いの?」
「この間会ったばっかだから、今はいいや」
「そーなの? テンねお姉ちゃんの事好きだって」
「へー」
「パパもお姉ちゃんが好きだよね」
「ああ」
「ふうん。やっぱりそうなんだ」
「いや、でも1番はヒナゲシだよ」
「それも知ってるわよ」
「そうか、良かった……怒っているか?」
「いいえ、全然」
「そうか、良かった……」
「パパ。同じ事しか言って無いよ」
「そっそうだな」
「パパ。面白い!」
「そうだな……あはっあはっ」
瑠衣の笑いが乾いている。
「そうね。パパは可笑しいね」
ヒナゲシも笑う。
(やっぱり、少し怒ってる……はあ)
瑠衣は戸惑っていた。
その日の夜。
蓮の家で蘭と蓮が食事をしていた。
「一気に寂しくなったね」
「別に」
蓮はカツ丼を食べる。
「ねえ、蓮君。また、遊びに行こう」
「ヤダって言いたいけど、いいよ」
「ホント!」
「但し、君が2と運転しないならだけど、僕の命がいくつあっても足りないから」
「あっそう。悪かったわね」
「結局、暴力で解決させるんだね」
「五月蝿い」
「いたたたっ」
蘭はしばらく蓮の頬を引っ張る。
(何よ。黙っていれば可愛いのに)
蓮を見てそう思っていた。
オマケ
「ねえ、蓮君って天才だよね? IQいくらなの?」
「200」
「本当に?」
「君は僕を信じていないのかい?」
「そう言う訳じゃないけどね。じゃあ、これ解ける?」
「ルービックキューブ?」
蓮が興味なさそうに見る。
「うん。これ一面揃えるのも大変でしょう。これ出来る人凄いよね」
「そう」
蓮は再び本を読む。
「出来ないの?」
「出来なくは無い。君が今目の前でそのルービックキューブの色を全て揃えて、僕にバラバラにする所を一から見せたら、解ける」
「素直に出来ないって言えないの」
「出来なくは無い。言った通りにすれば、僕でも可能だと言ったまでだ。目の前のこれを解くには条件が揃って無い」
「何よ条件って」
「第一に僕はそれで遊んだ事が無い」
「流行ったのに?」
「いつの話だよ。第二に僕はそれの解き方を頭に入れて無い。聞いた話じゃ、世界クラスになれば、それを見ただけで、頭で解き方を考える事が出来るらしい。つまり、それは、僕にも可能な領域だ。法則を僕は身に付けていない。以上の条件をクリア出来れば、簡単に出来る。僕は天才だから。なので、解いて欲しいなら……」
「はいはい。分かった。分かった」
「君って人は」
蓮はルービックキューブを持ち、6つの面を真剣に見る。
そして、目を瞑りしばらくすると、素早く手を動かし、色を揃える。
「これでいい?」
全ての面が揃っていた。
「うん。十分です。って、出来るじゃん!」
「君が五月蝿いから、本位じゃないが、少し異能力を使った」
「複製ね?」
「インビンシブルだ。ルービックキューブを元に戻しただけ、大した事ない」
「やっぱり、複製じゃない」
「むっ」
「って、それって、その制御の枷無くても異能力使えるじゃない」
「君は今更な事言うんだね。僕の力は5つでようやく抑えられいるんだよ。異能力は生命と繋がっているから、6つ付けたら命に関わるから付けていないだけ、全ての力を抑えている訳じゃないんだよ。まっ、5つ付いているから、この位が限界なんだけど」
「へー」
「ほら、君はこれから、僕にバラバラにする所を見せてくれ」
「必要ないじゃん」
「異能力はあくまで力で、無理矢理やった事に過ぎない。僕の頭はまだ、ルービックキューブを修得していないのだ」
「もう、変な所で神経質何だから」
そう言い蘭はバラバラにする。
「はい」
「で?」
「せっかく、バラバラにしたんだからやってよ」
蓮は渋々受け取る。
「……」
蓮はルービックキューブをじっと見る。
「……出来る?」
「これは、なかなか、興味深い玩具だ」
「結局、出来ないんじゃ無い」
「五月蝿い。しばらく構わないでくれ」
蓮はそう言い、書斎に籠もった。
「何それ、出来ないなら、素直にそう言えばいいじゃない。天才って、意味が分からないわ」
蘭が困っていた。
蓮は新しい玩具を見つけ、1人ニヤついている。
「へー。こうするとこうで、なかなか、奥が深いな。世界大会がある訳だ」
蓮は1人没頭するのであった。