第3章 柳川瑠衣
半年前。
蓮には心が無かった。
誰かに操られていたからだ。
それを止めたのが、蓮の母親の橘琥珀であり、叔父の柳川瑠衣である。
場所は柳川が個人で使う研究室。蓮の他に瑠衣と、そして、蓮の母親琥珀がいた。
「蓮。目を覚まして」
琥珀は蓮を止めようとする。
「僕は至って普通だ。僕は全て分かったから」
琥珀はファイヤーウォールで、蓮を止めていたが、蓮は楽々と解除する。
「おい、姉さんの言う事聞け!」
瑠衣も苛立つ。
「君は相変わらず、邪魔だね。だから、今すぐ消えてくれない?」
蓮は何かに操られながら、瑠衣の所に向かい、口にガスを飲ませた。
「蓮。何した……」
瑠衣の鼻から血が出たのは、その後だった。
瑠衣は生ぬるい感触がする鼻下を触る。
べったりと血が付いた。
「蓮! ガハッ」
口からも血を吐き、瑠衣は口を抑える。
とめどなく流れる血は目からも流れ出た。
「毒を飲ませた。もう死ぬよね?」
感情の無い蓮が言う。
瑠衣はゆっくりと身体が崩れ、苦しみもがき出す。
「君は苦しみながら死ぬといい」
苦しみに悶絶する瑠衣を見て嘲笑う。
「蓮、どうして、止めて、早く解毒剤を」
蓮の母、琥珀が涙まじりに言う。
「解毒剤? そんなの無いよ。必要無い。僕は破壊者。だから、僕には何もいらない。親も理解者も、だから、壊す」
「そんな。私は止める。蓮を」
琥珀はファイヤーウォールを出し、蓮を囲む。
「無駄な事」
蓮は弾く。
「でも、止める」
蓮を止める琥珀の戦いが始まった。
(冗談じゃね)
瑠衣は苦しみながら、じっと、2人を見た。
一方的に琥珀がやられている。
(何だよこれ……。俺は何も出来ないのか?)
力が暴走した蓮が風の異能力を使い、刃徹底的に敵を殺そうとした。
琥珀が言うに、暴走しているが、蓮は操られている。
誰に?
蓮の父。刹那にだ。
刹那は蓮の身体を乗っ取り、蓮を暴走させた。
(だがよ)
だが、それでも、蓮はあらがってもいいものだ。
(なのに、あいつの意識が感じられないじゃないか!)
瑠衣の怒りは頂点に達した。
(ざけんな。ふざけるな!)
その間に琥珀は蓮の攻撃を受け、倒れたていた。
琥珀の身体から、とめどなく血が流れ出ており、動かない。
蓮の攻撃で身体を貫かれ、それが致命傷だった。
夥しい量の血が流れ血の海と化した。
(姉さん!)
「ざけんな。いい加減にしろ! 蓮! 何やっているんだ!?」
瑠衣はふらふらと、起き上がる。
「ん? まだ、生きていたか」
「黙れ、蓮。いい加減、目を覚ませ!」
瑠衣は蓮に向かい走る。
(身体が悲鳴を……)
瑠衣はそれでも動きを止めない。
「この僕とまだ、やるんだ」
蓮は立ち向かうが、瑠衣は目の前から消え、次には別の場所にいた。
(テレポート? 違う。これは)
「目を覚ませ! バカ蓮!」
赤い瞳の瑠衣がいきなり現れ、蓮の頬を拳で殴った。
蓮はそのまま、飛ばされ、壁に身体をぶつける。
「姉さん……」
瑠衣は琥珀の所に行こうとしたが、身体を崩す。
「ゴホゴホ」
血を出す。
「姉さん。姉さん……」
手を伸ばすが琥珀に届かない。
そして、ゆっくりと目を瞑り、動かなくなった。
蓮が意識を戻したのは、そのすぐである。
「母さん。瑠衣」
ようやく、蓮も状況を飲み込む。
しかし、その時には全てが終わっていた。
自分が何をしたのか、分かっていた。
「瑠衣……」
蓮は急いで瑠衣の所に向かう。
しかし、瑠衣は既に息をしていなかった。
「そんな。僕は……うわぁぁぁ」
蓮はその場に身体を崩し、泣き出した。
瑠衣の心臓は既に止まっている。
「そんな、嫌だ。目を開けてよ。死んじゃ嫌だ」
蓮は頭を抱え、大きな声で叫んだ。
「瑠衣……」
叔父の名前を口にする。
蘭が瑠衣を見ている訳が無いのだ。
「僕が殺したんだ」
瑠衣の温もりが無くなっていくのを、蓮は忘れなかった。
『柳川の人間の考えている事は分からない。火を使う左利きの男を見つけ、整形させたんだ』
蓮はそう決め付け、蘭に説明した。
勿論、蘭は柳川の人間に怒りを見せたが、それしか考えられないのだ。
少なくとも、蓮にはその考えしか浮かばない。
もし、例え、あの瑠衣が本物だとしたら、何かしらのコンタクトを取るはずだが、それすらも瑠衣は行っていない。
インターネットで瑠衣を調べたが、確かに瑠衣は活動している。
(だったら、何故何も言って来ない)
蓮は苛立つ。
瑠衣と蓮はそれこそ兄弟のように育った。
瑠衣の母親、蓮の祖母は瑠衣が幼い頃に病気で他界。琥珀とは12歳も年が離れているので、姉よりも母親代わりに近いのだ。
蓮とも5才しか離れていない。
蓮も瑠衣を兄として慕った。最も、兄と言うには不甲斐ない絵に描いたダメな兄だったが、それでも、慕っている事には変わりない。
半年前までは……。
蓮は自分の力の暴走が原因で、大事な人を1日で全て失った。
柳川や橘の人間から犯罪者が出てくる事を避けた領家は、名前を守る為に蓮を幽閉した。
2人を殺め、幽閉で済んだのだ、蓮は甘んじて受ける事にしていた。
それだけの大罪を蓮が犯しているのだ。
しかし、今、そんな叔父の偽物が現れていた。
蓮は気にならないはずがない。
蓮は携帯電話を出し、瑠衣の番号を見る。
勿論、半年間、この電話番号に電話をしているはずがない。
蓮はじっと見つめる。
すると、その番号から電話が掛かる。
蓮は驚きながらも、電話を取る。
『久しぶりだな。蓮』
「瑠衣……」
『何、驚いているんだ? ちゃんと、コンタクト取ったはずだろう。伝わって無かったか?』
「蘭を使ってか?」
『そうだよ』
「何を考えている。柳川瑠衣は死んだ。僕がやった。だから、柳川瑠衣はもういない!」
『そうだな』
「お前は誰だ」
『そんなに死んだ人間が生き返った事が気になるか? 教えてやってもいい。俺が何者か、だが、タダ教えちゃ、つまらないからな。ゲームをしよう』
「ゲーム。ふざけるな」
『いいじゃないか、お互いゲームは好き何だから、ルールは簡単俺を捕まえれば、蓮の勝ちだ』
「そんなゲームやるか」
『そいつは残念だ。ポスト見てみろよ。蓮の大事な人、俺はいつでも壊す事が出来るんだぜ』
「まさか」
蓮は急いでポストに向かい、小堤を発見する。
中を開けるとそこには、人の人差し指と、顔と体を縛り付けられた写真が入っていた。
「本気なのか?」
『ああ、本気だよ。分かるよな。誰の指か』
「蘭か?」
『そうだ。早く見つけないと、彼女がどうなる事やら』
「瑠衣。分かった。そのゲームやってやる」
『そうこないと、箱の蓋に地図がある。まずはそこに向かってくれ、んじゃ、精々楽しませてくれよ』
「分かった」
瑠衣は電話を切った。
蓮は箱の蓋にある地図を見る。
(何を考えている)
蓮は地図を見て、眉間にシワを寄せた。
瑠衣はクスリと笑い高級ホテルの一室に入る。
「蘭ちゃん。元気。むほっ」
「んな訳無いでしょう!」
蘭が瑠衣の顔面に枕を投げ、枕が上手く当たる。
「こりゃ、厳しい」
瑠衣は枕を拾い、ベッドに置く。
「早く私を解放させなさい!」
「そいつは出来ないな〜大事な客人だし」
「んじゃ、無理矢理でも脱出する!」
蘭は特に拘束されている訳ではない。
それ所か最高級のホテルに客人としてもてなされていた。
「うーん。そいつは難しいよ。ここホテルの最上階だし、いくら客として招待しても、ここは柳川財閥のホテルだから、無理に出ようとしたら、捕まるよ。警察にも手を回せるし、大人しくしてよ。手荒な真似したくないし」
「何よ。それ、私の指の大きさ計ったり、目隠ししたり、何処が穏便よ」
「違う?」
「違う!」
「だったら、仕方ない。俺も男の子だ。手荒な真似する」
瑠衣は、ゆっくり、蘭に近付く。
「ちょっと、何するのよ」
蘭は後退りする。
しかし、壁にぶち当たる。
「蘭ちゃん。俺、蘭ちゃんが……」
瑠衣がベッドの上に乗り、顔を近付け、キスしようとする。
近付くと、恐怖よりも怒りが蘭を支配した。
「いい加減にしろ!」
蘭は瑠衣の股を蹴る。
「うっ、痛いよ〜」
床に落ち、のたうち回る。
男の子の急所を上手く当てたようだ。
「蘭ちゃん酷いよ〜」
「酷いのはどっちだ!」
「だからってここは無いから、俺の男の子な部分死ぬ」
「死ね。そして生き返るな」
さり気なく酷い事を言った。
「ああ、痛い」
瑠衣は涙を拭いた。
「まあ、いいわ。この状況じゃ、蓮君に助けて貰う方が得策だし、手荒な真似しないんでしょ」
「ああ、保障する」
「じゃあ、いいわ。それで、あんたは何者なの」
「柳川瑠衣だよ」
「嘘ね。蓮君は死んだって言ってたわ」
「そうだったな」
「それで、誰なのよ」
「柳川瑠衣。モデル。1985年8月10日生まれ。血液型B型。身長183センチ。体重67キロ。好きな事は食べる事と女の子と遊ぶ事、と言うか、女子好き。特技は運動神経がいい事」
「そんなのブログに載っていたでしょう。女子遊びって何よそれ、そんな事を聞いているんじゃないの!」
「そう言われると、意外に傷付くんだよな〜柳川家は女子に優しくが家訓だから」
「どんな家訓よ。柳川家はフェミニストを唱っているのかよ」
「そうだけど?」
「そこは否定しないのね」
「当たり前だ。柳川の家訓としては、いい物だ!」
「あっそう。そんなに自分が本物だと言い切るなら、証拠を見せて」
「証拠……って言われてもな〜そうだな。あれしか無いか」
瑠衣は懐からナイフを出し、刃を出す。
「ちょっと何するのよ」
流石に蘭も焦る。
「信じて貰えないなら、自傷行為をするまでだ」
瑠衣は左手で持ったナイフを右手に向かい振り下ろした。
「ちょっと、やめなさい!」
蘭は急いで瑠衣を止めに向かった。
瑠衣の地図を頼りに蓮は公園に足を運んでいた。
何処にでもあるごく普通の公園である。
「ここは」
蓮は10年振り位に足を運んだ。
あまりいい思い出が無い、幼少期だったが、この公園もその場所であった。
『おい、誰だ。蓮を苛めた奴は』
蓮が人に対して心を開かなくなったのは、幼少期のエピソードがあったからである。
蓮は幼少の時から、異能力が使え、天才であった。
周りは不気味に思い、蓮を苛めたのだ。
それを助けたのが、瑠衣であった。
瑠衣も子供の頃から、力を扱う事が出来たが、人懐っこい性格が功を奏し、友達が沢山いた。
蓮は天才であったが、人間関係を築くのは凡人以下だ。
社会を生きるなら、瑠衣の方がずっと、上手かった。
しかし、蓮を苛めると、瑠衣が許さなかった。
ドロだらけになっている蓮を見て、瑠衣が怒りを見せた。
『やべっ、瑠衣だ』
瑠衣より、5歳年下で蓮と同級生だった苛めっ子達は、瑠衣の強さを知っていたので、瑠衣が吼えると、苛めっ子達は逃げ出した。
力では適わないと分かっていたのだ。
『おい、蓮。少しは抵抗しろよ。異能力使わないのは、いい事だけどさ』
助けた後で、瑠衣が蓮の所に向かう。
そして、無抵抗だった蓮に注意する。
『しても、変わらない』
『そう、言うなうよ。気持ちの問題だろう』
『僕は瑠衣とは違う。苛めっ子とも違う。僕は感情的に動かない』
『けどよ』
瑠衣が困り果てる。
『悔しく無いのか?』
『別に』
『あっそう』
『助けてくれた事には感謝してるけど』
『はいはい。蓮、晩ご飯の買い物をして帰るぞ』
『うん』
蓮と瑠衣が公園を去った。
「どうして、ここに?」
蓮が公園の中央に入る。
「そうだ。タイムカプセル」
蓮はそこに向かった。
『蓮。ここに、宝物を隠そうぜ』
『タイムカプセル? そんなのしても、すぐに掘り返されて、捨てられるだけ』
『夢が無いな。だったら、ゴミでいいよ。チョコレートの包装紙とか、カードのダブりとかさ。それを入れて埋めるんだ。10年後。蓮が20歳になったら、掘り起こそうぜ』
『瑠衣は25歳だよ』
『問題でもあるのか?』
『10年も憶えていられるの?』
瑠衣の学力を蓮は把握している。
瑠衣は正直言って、頭はよくない。
『憶えているって、絶対。さあ、埋めようぜ』
『仕方ない。食べているチョコでいいんだろ』
瑠衣と蓮はタイムカプセルを埋めた。
それから10年後。
蓮が掘り起こした。
「最近掘り起こした後、真新しい箱。瑠衣、覚えていたんだ。でも、これは」
箱を開けて中を見る。
鍵と別の地図が出てきた。
鍵は蓮の制御を外す為の鍵で、蘭が持っていた物だった。
「外せって事か」
蓮は左腕の制御の枷を外す。
「で、次はここか」
蓮は次の目的地に向かった。
「ちょっと、あんた、自分の命を何だと思っているのよ!」
蘭が何とか、瑠衣の自傷行為を止めた。
「命。全くそーだな」
「本当よ」
蘭はナイフを取り上げ、ナイフの刃をしまう。
「確かにそうだが、俺は1度死んでいるんだ。半年前に、そして、生きている理由は俺がそれなんだよな。何で俺だけ生きているんだよ。姉さんはあいつに殺されたのに」
瑠衣は唇を噛み締める。
「瑠衣……許せないの?」
「ああ、だから壊したい。あいつを」
「瑠衣……だからって自傷行為をするのは間違っているでしょう。あなたが、本物なのは分かったわ」
「信じてくれるのか!」
「と、言うか、私始めから本物か判断出来ないでしょう。会った事無かったんだし」
「あっ、そーいや、そうだったな」
「だから、そんな事もうしないで」
「そうだな。だが、いや、だからこそ知って貰いたい。俺が今、ここにいる理由を」
瑠衣は蘭が机に置いたナイフを素早く取り、自分の首筋を切った。
「ちょっと」
蘭は止めようとしたが、止められず、瑠衣の血が飛び散り、瑠衣が倒れた。
キャンプ場に足を運んでいた。
普通の川と山があるキャンプ場である。
「昔、遊びに行ったな」
蓮が11歳の時の話しだ。
蓮と瑠衣と蓮の母、琥珀と遊びに来ていた。
『蓮。魚釣れたか?』
瑠衣がテントを組み立て終え、川に向かう。
『何?』
ポテチを食べながら本を読んでいた。
『サボるな!』
瑠衣が叫ぶ。
『サボってはいない。魚が釣れるまで、時間を潰しているだけ』
『それをサボりって言わないか?』
『釣りとは、実に効率が悪い。待ち時間が無駄だ。道具を支えていれば、手が空く、余裕で読書が出来るじゃん』
『おいおい、もっと、キャンプを楽しめよ』
『2人が無理矢理連れて来たんだろう。僕を巻き込ませて』
大体、蓮は琥珀と瑠衣の無茶苦茶に付き合わされる、いわゆる巻き込まれ体質だった。
今も昔も差ほど、立場は変わっていなかった。
『いいじゃん。たまには自然の中で食事をするのもさ。って、蓮、釣れているぞ』
『えっ』
蓮が急いで、道具を握る。
『重い』
しかし、蓮の力が弱く、魚の勢いに負けている。
『蓮。加勢するぞ』
瑠衣が蓮の身体を支える。
『これ、主じゃないの? ゲームにあるじゃん』
蓮がゲームの世界の話をする。
『主? 聞いた事無いぞ』
『でも、重いよ。手が痺れる』
『頑張れ』
『瑠衣が、嫌、叔父さんがもっと力を入れれば、いいんだよ』
『お、オジサンじゃない!』
蓮の言葉に瑠衣が過剰反応して、とてつもない力を発揮し、魚を釣り上げる。
蓮の身長の半分程の大きさの鮭が釣れた。
『すげぇ』
蓮が興味深く見る。
ゴチン
『あっ、いた』
蓮の頭を瑠衣が殴る。
『俺はオジサンじゃない』
確かに叔父ではあったが、叔父さんと言われるのを瑠衣は嫌った。
『殴る事ないだろう。お陰で、デカイの釣れたんだし』
『そう言う問題じゃ……確かに大きいな。美味そう』
瑠衣が鮭を軽々と持ち上げる。
『姉さんに料理して貰おうぜ』
『うん』
蓮と瑠衣は川を去った。
9年後。
蓮は1人で釣り場を歩いていた。
「確か、この辺りだったな」
蓮は当時の釣り場を散策する。
「あった」
川の中に箱があった。
蓮はそれを取り出し、箱を開ける。
「又、鍵と地図」
鍵は蓮の右足の制御の枷を外す物だった。
「で、次は」
蓮は次の場所に向かった。
蘭は瑠衣の所に向かう。
「瑠衣。何を考えているのよ」
「いったたた」
瑠衣は起き上がり、首筋に手を当てる。
「当たり前でしょう。何考えて、って大丈夫なの?」
「ああ、この位なら、血もすぐに止まるし、すぐ治るよ」
瑠衣は手を放し平然と話す。
「何、言っているの……本当だ」
蘭が瑠衣の傷口を見て驚く。
「異能力の中にも特殊な能力があるんだ。やたら、能力が高いのもそうだが、俺の場合は力こそ弱いが、その代わりに異常なまでの回復力が備わっているんだ。まあ、脳や心臓が急所なのは変わらないし、年を取れば能力自体が衰えるから、回復力も弱くなるんだがな」
瑠衣は悲しい顔をする。
「火の鳥。俺の力はそう呼ばれているんだ」
瑠衣はナイフを片付ける。
「火の鳥?」
「ああ、不死鳥とかも希に言われるが、力の本質は見ての通りの異常なまでの回復力と運動能力だ。エリアス能力とは本来、外界にある自然エネルギーと精神力を混ぜ合わせて、力を放出させるんだ。比率で言うなら、外界のエネルギーが7か8、精神力が2か3だな。俺の場合は全てが逆だ。力その物が体の中にあり、精神力と繋がっている。回復に繋がっているから、血液に特にエネルギーがあるらしい。勿論、外界に力を放出する事も出来るが、そんな巨大な力は扱えない。精々チャッカマンがいい位だな」
「だから、生きていたの?」
「ああ、頭や心臓は無傷だったからな。まあ、それでも全身に回った毒で、1回心肺停止になったよ。そもそも覚醒が必要でね。火の鳥は覚醒が面倒で、死にかけ無いと力が発揮されないんだ。俺の場合は本当に三途の川渡ったけどな」
「でも、この間は随分と力を出していなかった?」
「カラクリは姉さんの指輪だよ。姉さんは俺の力を見抜いたらしくってな。力を隠す為に力を与えたんだと思う」
瑠衣は赤い指輪を外して蘭に見せる。
禍々しさは感じない、キレイな赤い石がはめ込まれている。
「こいつは火を吸収し、エネルギーを増幅させ、姉さんの力を扱う。同じく火の能力者だった姉さんは、聖なる炎を使うんだ。そうでもしなけりゃあれだけの威力は出せないよ」
「それで……理由は分かった。じゃあ、何で蓮君にそんな事するの? 瑠衣は蓮君の解者じゃ無かったの?」
「それは昔の話だ。許せるかよ。大事な人殺されているのに。俺は蓮の為に理解者になった訳じゃない。蓮の母親。俺の姉さんの為に理解者になっていた。蓮は俺から大好きな姉さんを奪ったんだよ。許せる訳無いだろう」
今までギラギラ輝かせた瑠衣の眼が虚ろになる。
今の瑠衣なら、人も簡単に殺せそうだった。
(瑠衣は蓮君に復讐しようとしてる)
蘭には止める術を持ち合わせていなかった。
「悪い。タバコ吸ってくるわ」
瑠衣が部屋を出る。
(蓮君。来ちゃダメ)
蘭は蓮の無事を祈った。
「ここは、お墓」
次に蓮は墓地に足を運んでいた。
「何でここを?」
今までは思い出の場所だったが、ここに来て、憶えのない場所だった。
蓮は墓地の中を歩く。
すると、巨体で黒服の男が現われる。
「墓を荒らすのは良くないだろう」
蓮が呆れる。
「ここから先には行かせない」
「黒服。柳川の特殊部隊か、そこに何があるの?」
特殊部隊とは柳川財閥が独自に実力のある人間を雇い、組織したチームである。
「答える義理も無い。ここで、ゲームオーバー何だからな」
黒服の男が蓮を襲う。
「だから、あいつは鍵を寄越したのか、僕に何をさせたいんだ」
蓮に黒服の男が突進してきたが、ギリギリで避ける。
「瑠衣、思い出、墓、そうか、この先にあるのは、しまった」
大して体力がない蓮は、逃げ回っていても、疲れてしまいすぐに捕まる。
黒服の男が、蓮を簡単に持ち上げ、蓮を地面に叩きつける。
「痛い」
すると、目の前に墓が見えた。
「母さん。やっぱり、ここは、何でここを選んだ」
「さあ、倒したら教えてやる」
「言ったね。分かった」
蓮は黒服の男に掴まれていたが、一瞬にして消えた。
「何処だ」
「ここだよ」
蓮は目の前に現われ、風で出来た剣で、黒服の男の首筋に向ける。
「話してくれる?」
「まあ、いいだろう。お坊ちゃまからの伝言だ。線香の一本でも上げろ」
お坊ちゃまとは、恐らく、瑠衣の事だろう。
「線香。そうか、僕は線香すら上げて無かった。母さん」
蓮は蓮の母親、琥珀の墓の前に立つ。
「母さん。ごめんさない。僕は」
蓮は手を合わせる。
琥珀が死んで半年が経つ。
幽閉されていたから墓参りに行かなかった。何て、言い訳でしかなかった。
行こうと思えば何度も行けた。
発信機が着いていても、やろうと思えば可能だった。
蓮は目を閉じ、しばらくジッとしていた。
しばらくして目を開け、周りを見る。
「なあ、ここに瑠衣の墓は無いの?」
「ありません」
「そう、か。で、そのお坊ちゃまから、他に伝言は無いの?」
蓮は立ち上がり、黒服の男を見る。
「次の場所の地図を預かっている」
「それ、頂戴」
「分かりました」
黒服の男が渡す。
「ありがとう」
蓮が歩き出す。
「次は油断しないからな」
黒服の男が捨てゼリフを言い、走り去った。
蓮はもう1度琥珀の墓を見る。
「母さん。教えて欲しい。僕はどうやったら、瑠衣に許して貰えるんだ?」
蓮は答えるはずもない質問をする。
「母さん。僕は罪を償えるかな?」
蓮はそう言い残し、墓地を去った。
瑠衣がタバコを吸いに行き、それから5分後……。
ルームサービスの料理が大量にやって来た。
「おっ、来たか」
瑠衣はタバコから戻る。
中華料理がどんどん並べられた。
その量はハンパなく多い。
「これ、全部食べるの?」
「そうだよ。蘭ちゃんも食べる? このホテルの中華料理は絶品だよ」
確かにいい匂いがするし、見た目からも高級で美味しそう。
蘭の家もメイドはいないが、金持ちだ。しかし、柳川家には足元にも及ばない。
最高級の料理に決まっていた。
「いる!」
思わず言ってしまった。
「そうこないと、ああ、俺も食べるし毒が入っていないのは保証するから、蘭ちゃん。どれ食べる?」
「エビチリ」
「分かった」
瑠衣は蘭の為にお皿に盛り、箸と一緒に渡す。
キラキラと輝き、本当に美味しそうだ。
「いただきます」
蘭が口に入れる。
「美味しい」
「だろう。まだあるから」
「うん。それにしても、これ全部食べるの?」
「ああ、火の鳥って体にエネルギーを蓄える分、エネルギーを摂取しないといけないんだ。摂取方法は人それぞれだが、やたら寝たり、無駄に甘いものを摂ったりするな。俺の場合ガキの頃からよく食べていたよ、この位は楽勝だな」
「体格がそれなのも納得したわ」
「頂きます」
瑠衣が左手に箸を持ち食べ始める。
「うん。美味い」
「ホント好きだね」
「ああ、食べている時と可愛い子と一緒にいる時は幸せだな。だから、今はすんげぇ幸せだよ。なあ、蘭ちゃん。俺と付き合わない?」
唐突に言う。
「低調にお断りします」
蘭は即答する。
「ええっ、何で」
「浮気するでしょう?」
「浮気は言い方よくない! 俺は好きな女の子と一緒にいたいだけだ。1人に絞る何て恐れ多い事出来ないよ」
「その考えが嫌なの」
「そか〜じゃあ、蓮はいいのか?」
「ええ、少なくとも、他の女性に目移りしないじゃない。あんたと違って、って、何聞いているのよ!」
「ふうん。好き何だ」
青椒肉絲を口に入れる。
「別に、私は蓮君の姉代わりで、蓮君が好きな訳じゃ……」
蘭がモジモジする。
「いいよ。知っていたし」
「違います……そんなに、分かり易かった?」
「この酢豚うめぇ」
「聞いています?」
「聞いてるよ。現実見たくないだけだ。その1言で俺は蓮に嫉妬しているから。負けも認めたく無いし、だから、手に入れたいと言う気持ちもあるな」
「あんたも負けず嫌いだったか」
「そりゃ、男の子に生まれたんだ。勝負には拘らないと」
「そう」
「だから、蘭ちゃんが欲しい」
「お断りします」
「ひでぇ」
蘭と瑠衣は笑っていた。
蓮はホテルの前に立っていた。
「ここは緋矢伯父さんの運営しているホテルだ。どうやら、ここがゴールみたいだね」
蓮がホテルに入ると黒服の男がわらわら出てきた。
そこには墓地で出会ったあの大男もいた。
「ここから先には行かせない」
「それ、さっきも、言ったよね。まあ、いいけど、又、返り討ちにするから」
蓮は黒服の男達に向かって行った。
ご飯を食べ始め、それから、30分後。
料理をあらかた食べ終わっていた。
「ふう、食べた〜ご馳走様でした」
瑠衣が手を合わせる。
「うん。美味しかった〜それより、瑠衣。電話鳴っているよ」
置いてあった携帯電話のバイブが鳴り続けていた。
「蓮だな。蘭ちゃん。出てよ」
瑠衣は携帯電話を投げる。
「いいの?」
蘭が怪訝な顔をしてキャッチする。
「何か問題あるの?」
「いや、だって私、一応捕らわれているし」
「俺は蓮には言ったかも知れないが、蘭ちゃんには言って無いはずだよ。客人としてもてなすって言ったし」
「そー言えば」
「蘭ちゃんは連絡取ろうとしないし、誘拐犯になるなんて、俺嫌だもん。だから、出てよ」
瑠衣が優しく微笑む。
(本当に悪い人には見えない)
「もしもし」
蘭は言われた通り電話を取った。
『蘭なのか?』
「うん……」
『どうして、大丈夫か?』
「うん」
『そうか、あいつはいるか?』
「うん。ねえ、他の話を……」
『代わってくれ?』
蘭が言いかけたが蓮が強く言う。
「……分かった」
瑠衣に渋々携帯電話を渡す。
瑠衣は受け取ると、すぐに部屋出た。
(どうか、何も起こりませんように)
蘭の祈った。
ホテル近くの広場。
瑠衣は蓮と向かい合う。
「久しぶりだな。蓮」
「この野郎!」
蓮が殴りかかろうとしたが、瑠衣は軽く避け、瑠衣に足を引っ掛け転ばせる。
「俺殺すつもりで、能力使えば? 前みたいに。殴る何て似合わないんだしさ。その為に枷も外したんだし」
「五月蝿い」
蓮は起き上がる。
「しかし、よく、来られたな。見張りいただろう?」
「眠って貰った」
「そうか、特殊部隊も大した事ねーな。こんな奴1人に負ける何て。それともあれか? 全員不意打ちして殺したのか? どちらにしても、兄貴には伝えないとな」
「殺して無い」
「あっそう。特殊部隊の生死何て、初めから興味ねーよ。姉さんで無いからな」
「瑠衣に成りすました偽物が」
「まだ、俺の正体に気付いて無いのか、まあ、いいけど」
瑠衣はナイフを出した。
「さあ、来いよ」
「くっ」
瑠衣は蓮の腹部を蹴った。
蓮は飛ばされ、花壇のレンガに背中をぶつけた。
「蓮。何、躊躇っているんだ? あの時はなんの躊躇いもなく姉さんを斬っただろう。今回も、そのつもりで、やれよ!」
「出来る訳無いだろう」
「制御の枷が全て外れていないからか?」
「違う」
「蘭ちゃんが人質に取られているからか?」
「違う。僕は」
「どうでもいいとか思って無いだろうな!」
瑠衣はもう1度蹴りつけ、そのまま倒す。
「思っていない」
「だったら、来いよ。あの子がどうなってもいいのか?」
「分かった」
蓮は風の剣を出そうとするが、風は集める事が出来ず、形を作らず消え去った。
「そうか、それが、今の限界か。まあ、いいわ」
瑠衣はナイフを片付け、ベンチに座りタバコをくわえた。
「何故、攻撃しない」
「しても面白く無いだろう。鍵は2つしか無いんだ。全開じゃない蓮と戦っても、何も面白くない。最も、入口の特殊部隊だけで、異能力が使えなくなるんだから、昔に比べて弱くなったんだな」
「どうでもいい事だ。僕に力は必要ない」
「それじゃ、俺が楽しくないだろうが、それより、あの子可愛いな。何処で見つけたんだ?」
「見つけた……違う。勝手にやって来た」
「通りで、俺に見向きもしない訳だ。彼女、蓮にぞっこんだもんな」
「どうでもいい。蘭は無事なのか!」
「さあ、自分で確認すればいいだろう。ガキじゃあるまいし。約束通り、俺を見つけたんだ。返してやるよ。このホテルの最上階にいる。楽しかったぜ蓮」
瑠衣はタバコを灰皿に入れ、立ち上がり、鍵を投げ蓮の目の前に落とす。
「又、遊ぼうぜ」
瑠衣は蓮を置いて、ホテルを去った。
「蘭!」
蓮が慌てて部屋に入る。
蘭はベッドの上で横になっていた。
「うーん。五月蠅いよ。蓮君……あれ、蓮君」
目をこすり、欠伸をする。
眠っていただけであった。
「あれ、じゃないから、寝ていたけど、体大丈夫なのか?」
「うん。あまりに気持ちいいベッドだったから寝ちゃた」
「そうか、指を見せろ」
「うっ、うん」
言われた通りにする。
細い指が10本ちゃんとあった。
「良かった〜」
蓮は安心して、ベッドに横になる。
「どうしたの?」
「何でもねーよ」
少し蓮が照れていた。
「それより、蓮君、あの人本当に柳川瑠衣でしょう?」
「だろうな」
「知っていたの?」
「まあ、今日1日あいつの無茶苦茶に付き合ったから、君に手も出していないしな。瑠衣は火の鳥の力を持っているんだな」
「うん。そうみたい」
「柳川の血か」
蓮が呟く。
「血?」
「うん、柳川家は何故か、異能力者になり易いんだ。僕、瑠衣、母さん、緋矢叔父さん、爺ちゃん、曾爺ちゃん……火の異能力者は希少だが、爺ちゃんと僕以外はみんなその能力者だ」
「それだけでも凄い」
「うん。まだある。僕を含めたその能力者は高い能力者でもある。僕が潜在的に強い風を発生させるのもそうだし、瑠衣の赤い指輪は母さんの力のコピーだ」
「ああ、青の炎ね。敵以外は無力な」
「元々あれは、母さんが作った指輪何だ。瑠衣の能力をカバーする為に作られたが、恐らく、母さんは瑠衣の力に気付いて、覚醒をしない為に与えたのかも知れない」
「何で?」
「瑠衣の力がそれだけ特殊だから、僕や母さん。緋矢叔父さん。柳川の人間も異能力の根本からは外れていない」
「ああ、精神エネルギーがどうのって奴?」
「どうのは無いから、まあ、そうなんだけど、瑠衣みたいな力を持った人は、5千人分の一」
「何だ。結構いるよ?」
「日本で今、いるだろう。異能力者5千人の中の1人だ」
「えっ、つまり……」
「世界に見ても数10人いるか、その位しかいないんだ。それだけ、瑠衣の力は特殊で、言ってしまえば、謎も多く、研究材料になり易いんだ。例え、もう少しいたとしても、医者が欲しがる力だ。どの道、実験材料になるのは必至だ。幸い、瑠衣が柳川の姓で、母さんの力があるから、今は安全だが、いつマウスにされるか分かったもんじゃないよ。まっ、どうなろうと、僕の知った事じゃないが」
「そんな事言わないの! 嬉しいんじゃないの?」
蓮の頬を引っ張る。
「恩人に暴力するな」
「何よ。瑠衣は私に素直に接してくれたよ」
「あれは、柳川家家訓に基づく、フェミニストだろう。僕はあくまでも橘の人間だ。橘家にそんな家訓は無い」
「知らないだけじゃないの。全く」
「どうでもいいが、いつまでここにいるつもり? 君が無事なら、いつまでもここにいるつもりは無いんだけど」
蓮は既に歩き出し、部屋を出ようとしていた。
「あっ、待って、蓮君」
蘭も追いかけた。
それから、数日後。
蘭は蓮の家の鍵を開ける。
「蓮君。遊びに来たよ」
大学を終え、蘭が遊びに来た。
「テン!」
「テン。じゃない、蓮だ」
「どうしたの?」
リビングから蓮と子供の声がした。
リビングに行くと、蓮と同じ顔の男の子と、2人のやり取りを笑顔で見ている女性の姿があった。
「何でもねーよ。こら、髪を引っ張るな」
男の子が蓮の髪を強く引っ張っている。
男の子は蓮を玩具にして遊んでいるのだ。
「初めまして。ヒナゲシです」
(キレイな人)
女性は蘭が見とれる程の美女である。
勿論、蘭には持っていないバストもあった。
「浅野蘭です」
「蘭さんね。トモカ自己紹介しなさい」
「はーい」
ヒナゲシに言われ、トモカと呼ばれる男の子は初めて蘭を見る。
そして、蘭の近くに来た。
「初めまして、蘭です」
蘭は目線をトモカに合わせしゃがむ。
「ラン姉さん!」
トモカはたどたどしかったが、ちゃんと、名前を呼ぶ。
「僕、トモカ」
「何才?」
「うーんと、4つ」
指を立てる。
「そう。いい子ね」
蘭が頭を撫でる。
すると、トモカが笑う。
「どこがだ。僕の名前を覚えない無礼なガキだぞ」
蓮が膨れる。
「蓮さん。そんな事言っていいの?」
「金に困って無いのに、何故、請求する!」
「ねえ、何の話しているの?」
「蓮さんに慰謝料を頂きに来たの。身体的苦痛を受けたので」
「慰謝料?」
蘭は考える。
(慰謝料→苦痛→蓮君似の子供=離婚……)
蘭の怒りがこみあがる。
「蓮君の不潔よ。こんなキレイな人がいるのに見捨てる何て!」
「はあ? 君は何を言っているんだ?」
「大体、蓮君まだ二十歳でしょう! 何で4才の子供がいるのよ!」
「君の考えている事がたまに恐ろしく感じるんだが、僕に子供はいない」
「じゃあ、この子は何よ!」
「こいつは」
「あははっ」
ヒナゲシが笑う。
「ごめんなさい。少しからかいたくって、名字を隠していたの。トモカと蓮さんは従兄弟よ」
「従兄弟?」
「ええ、私は柳川ヒナゲシ。柳川の姓よ」
「柳川……って、緋矢さんの奥さんですか?」
「いいえ。緋矢お義兄様にはよくして貰っていますけど、独身です」
緋矢は40才を過ぎていたので、それはそれで問題であった。
「じゃあ、瑠衣の!」
「パパ、カッコいい」
トモカは瑠衣の名前を聞くと、リビングを走り回る。
「埃が舞うから止めろ!」
それに蓮が怒る。
「そうよ」
ヒナゲシが微笑む。
「まって、じゃあ、瑠衣は奥さん子供いるのに、独身オーラを出し、私と付き合って欲しい何て言ったの!」
「ああ、そんな事言ったの? 相変わらずね」
ヒナゲシの顔は歪む事が無かった。
「笑い事じゃありません。下手したらこれは、不倫ですよ!」
「かもしれないけど、瑠衣が女性好きなのは、今更変えられないし、そんなあの人を好きになった私の運命だから諦めたわ。勿論、私以外の方との子を作らないのは、条件にいれたけど」
「何て懐の広い奥さんなの」
「君の懐が極端に狭いだけじゃないの?」
「蓮君は黙ってて」
「蘭さんの事も話していたわ。惚れ甲斐のある女性だと」
「何それ」
「それだけ、瑠衣の心が動いたのよ。いい事だわ」
「全く良くないから! ヒナゲシさんはどうして、そんな割り切れるのですか?」
「そうね。強いて言うなら、早くに結婚したからかしら。ほら、瑠衣ってあんな性格でしょう? 若くして結婚するとか考えて無かったと思うの。きっと。でも、トモカを身ごもって、瑠衣も責任感じているのよ。でも、お互いまだまだ若いし、恋だってしたいでしょう。特にフェミニストだと余計に。あの人自体女の子にウケがいいからモテるし、瑠衣も色々努力しているし。私もそんな瑠衣が磨いている姿を見るのが好きなのよ。だから、許せるの」
「それでも、奇特な性格には変わらないわよ」
「それが、人を本気で愛する事なのよ。だから、落ち着いた今、こうして敵にも会いに行けますし」
「そう言えば」
「君は本題に入るまでの前振りが長いんだよ。慰謝料請求以外に用件あるんだろう?」
「長いって言うな!」
「ええ、実はトモカを1週間預かって欲しいの」
「ヤダ」
即答した。
「蓮さんはそんなに、柳川の人が嫌いなの?」
「柳川じゃない。このガキが無礼だからだ」
「テン。意地悪」
「蓮だ!」
「あら、トモカはとてもいい子よ。あの人が意識不明の時、私を守ったのですから」
「本当ですか?」
「ええ」
「パパとヤクソク。守るとパパ頭ナデナデしてくれる」
「へー。結構いいお父さんじゃん」
「それが柳川家の家訓だろ」
「あら、褒めて伸ばすのよ。分かる?」
「褒めて伸ばす前に名前を間違えないよう教育しろ」
「うーん、滑舌が悪いのよ。きっと、そう。ラ行は難しいって聞くし」
「どんなゆとり教育だ!」
「まあまあ、蓮君あまり怒らないで、私も手伝うし」
「そっちの方が心配何だけど、ああ、勝手にしろ! それで1週間は何で何だ?」
「瑠衣がドイツで撮影があるの」
「往復と撮影で1週間必要なのね」
「いいえ、撮影は1日位で終わるわ。残りは観光。慰安旅行だね」
「だったら、余計連れて行けよ!」
「そんなに怒鳴らなくても……それでも仕事だし、あの人の邪魔したくないのよ。2人で旅行もしたいし。それに、今、勝手にしろと、言ったじゃない。橘の人は約束を平気で破るの?」
「ああ、何で自分勝手何だ」
「トモカ。いい子にしているのよ。お土産沢山買って帰るから」
ヒナゲシが頭を撫でる。
「う……うん!」
すると、元気に返事をした。
「本当にいい子」
「それより、トモカ君は好き嫌いありますか?」
「そうね。預けるのだから、そう言う話も必要ね。この子は大体の物は好んで食べるわ。アレルギー検査もたけど、特に無いし、あまりに突飛よしの無い物だったら平気よ」
「蓮君とは大違いね」
「うるせぇ」
「これも、瑠衣の教育の賜物ね。嫌いな物は作らないと瑠衣がしっかり食べさせたから」
「へー。偉いね」
「うん。しっかり、食べないと、パパみたいになれない」
トモカが元気よくジャンプする。
「君は僕に喧嘩売っているの?」
「まあまあ、怒らないで蓮君」
「逆に好きな食べ物は子供の好きな食べ物? 唐揚げとか、カレーとかそう言うのは好きね」
「ハンバーグとかステーキとか?」
「ええ、大好きよ。でも、そればっかはよくないけど」
「蓮君と同じね」
「君も僕に喧嘩を売っているの?」
「別に」
蘭はすまして言う。
「君の失礼さは極刑に値する」
「テン!」
「だから、蓮だ」
蘭を庇うようにトモカが名前を間違える。
「蘭さんお願いできますか?」
「はい」
「それじゃあ、明日、又お伺いします。トモカ帰りましょう。蘭さんに挨拶」
「うん。バイバイ」
「はい。バイバイって、いきなり明日!」
蘭が突っ込む前に、2人は手を繋ぎ、リビングを出ていた。
「強引な奴らだから」
「まあ、いいけど、それにしてもキレイな人」
「そうか? 僕の母さんより下だよ。瓶底メガネとソバカス。どう見ても図書委員女子だったよ」
「そうなの?」
「君も見ただろう。集合写真」
「うん」
「あれは、2人の結婚前に撮った物だ。妊娠して瑠衣が腹くくって、柳川家本家に挨拶した後だよ」
蓮が写真を見つけ、蘭に見せる。
「ねえ、前から思っていたけど、何で本に挟まっているの?」
「何? 分からないの」
「普通にしおり代わり?」
「そうだよ。他にある?」
「アルバムに入れなさい!」
「えー面倒」
「はいはい。もういいわよ。それより、本当にあれがヒナゲシさんなの?」
蓮の言う通りの女性だった。
「そうだよ。整形はソバカスを取る位しかしてないとか」
「やっぱり、元がいいのね。羨ましい」
「羨む前に努力したら? 僕は君の伴侶を心配するよ」
「何で」
「磨きもしないで、ねだるから、君はきっとそうやって伴侶にも無理強いさせるんじゃないかって思うんだ」
「何だって!」
「そして、融通が効かないと暴力を奮う。あたたたっ」
「悪かったわね。蓮君には言われたく無いわ!」
蘭は蓮の頬を思いっきりつねった。
オマケ
それは10年前の話である。
キャンプをした時の話だ。
「蓮。どうして野菜食べないの」
バーベキューをしたのだが、蓮は野菜を残していた。
「不味いから」
蓮の野菜嫌いに蓮の母も困っている。
そっぽ向いてゲームをしていた。
人参、ピーマン、キャベツ。バーベキューに入れる必須野菜は嫌いであった。
「はあ」
「姉さん。焼きそばの麺持ってきたよ」
軽く十玉あった。
「ありがとう。蓮が野菜を食べないのよ。いつもの事ながら、困ったわ」
「いいじゃん。一緒に入れれば」
「それもそうね」
蓮の母は野菜を追加させ、麺を入れかき混ぜる。
「蓮。焼きそば食べる?」
「うん、少しだけ食べる」
「分かったわ」
瑠衣も手伝い、焼きそばは完成した。
「さあ、出来たわよ」
蓮の母がお皿に焼きそばを盛る。
「さっ、蓮も冷めない内に召し上がれ」
蓮の母が笑顔で言う。
「うん。いただき……ます」
箸を持ち食べようとしたが、隣に目がいく。
瑠衣のお皿には山盛り焼きそばが盛られていた。
つい、蓮は二度見する。
50センチはあった。
この頃の瑠衣は成長期真っ只中で、今以上に食べていた。
「全部食べるの?」
勿論、この質問はするだけヤボである。
毎日食事を共にしていて今更な感じもする。
天才児の蓮は返ってくる返事も分かっていた。
しかし、しなければいけない、ある種のお約束である。
「うん。姉さんの作る焼きそばは別腹だ。何か問題ある?」
女の子がスイーツを食べる時のようなセリフだ。
「いや、無いです」
逆に質問で返され、蓮が困る。
見ているだけで胸焼けするが、これが柳川瑠衣のブラックホール胃袋なのだ。
肉も野菜もそれこそ蓮ね数倍食べている。
同じ血が何処かで流れていても、似ない所が多かった。
蓮の母は言っていた。
蓮は物心つく前から読書をしていた。
瑠衣は生まれた時から食欲旺盛だった。と。
恐らく、蓮には想像出来ない位ミルクを飲んでいたのだろう。
(いや、似ているか)
すぐ、蓮は訂正した。
2人して度が過ぎる能力は似ているからだ。
だからって、欠片も羨ましくは無かった。
恐らく瑠衣も同じ考えを持っているだろう。
しかし、これは凄すぎる。
「姉さん。うめぇよ」
しかもよく味わっている。
早食いを蓮の母が嫌ったからだ。
早食いになれば、もっと量を必要とするのを、何とか食い止めたのだ。
(しかし、凄い量だ)
瑠衣の箸は進んでいるが、食べても食べても量が減っていない。
見ているこっちが嫌になる。
「蓮、箸が動いてないよ。上手く野菜を瑠衣の皿に入れるとか考えて無いよね」
「あっ」
タイミングを完全に逃してしまった。
「食べなきゃダメ?」
「当たり前でしょう!」
「うん」
優しく見守る母親珀姿がある。
「そうだよ。姉さんが作ったんだぜ。まあ、食わないなら、俺が食うけど」
「まだ、食うんかい!」
蓮が突っ込む。
もし、この時、未来を知っていたら、こんなに幸せを感じ無かったかも知れない。
未来を知っていれば、今からどうするか考えていた。
その時の蓮は今が当たり前だと、錯覚していた。