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赤の章  作者: 叢雲ルカ
赤の章
2/6

第1章 橘蓮

 浅野蘭。大学4年生。

 就職が既に決まっている3月のある日。

 友人の稲穂と会話していた。

「へー。そんな天才児がいるの?」

 浅野蘭は父親のコネで就職が決まり、残りの学生生活をエンジョイしていた。

 容姿であるが、胸はぺったんこ。世に言う貧乳。顔はよくも悪くも無いが、自称美女である。

「そうなの。私の彼氏がテスト対策ノートを作って、出席日数を稼ぐ事して、自分は大学には殆ど行っていなかったみたいだけどね。先生方もその子の天才ぶりを恐れていたみたいで、あまり味方も友達もいなかったみたい」

 稲穂も同じで、蘭も稲穂もいい所のお嬢様であった。

 稲穂は蘭とは違い胸の大きい女性で、顔も美人である。

「そんな天才がねぇ、会いたいな。ねえ、その子何処にいるの?」

 蘭は好奇心で稲穂に聞いてくる。

「さあ、彼氏が言うに。大学辞めたみたいよ。それに、あまり会わない方がいいみたいね」

「何で?」

「悪魔って恐れられているからよ」

「悪魔?」

「そう。よく分からないけど、その子、異能力者なんだって」

「へーそう」

 蘭が急に真剣な顔になる。

「そうみたい。だから、あまり近付きたがらないみたいなの」

「それでも、私はその人に会いたい。居場所を教えて!」

 蘭が食いつく。

「どうしたの? 蘭?」

「いいから、教えて!」

「うーん。調べてみるけど、期待しないでね」

「ありがとう。稲穂」

 蘭は微笑んだ。



 それから1ヶ月後の昼間。

 蘭は蓮の家に足を運んでいた。

「流石、政治家の娘ね」

 メモを見ながら、稲穂の情報網に感心する。

「さて」

 蘭はチャイムを鳴らす。

『はい』

 インターホンから無愛想な声がした。

「すみません。浅野蘭と言います」

『で? 君。宅配業者でも何でも無いよね? 僕になんの用? 出来る事なら、帰ってくれない?』

「で? じゃなく、橘蓮さんにお話があって」

 ガチャ

 扉が開き、黒髪に黒い瞳の少年と呼ぶに相応しい男が出てきた。

(可愛い)

 蘭の率直な感想である。

 少し目つきが悪いがそれを差し引いても、蘭にとって、蓮は愛くるしかった。

「僕がその橘蓮だけど、話し?」

「そうよ」

「あんま、気が進まないけど、とりあえず入ったら?」

 あっさり中まで通してくれた。

 蓮はリビングに連れて行く。

(やっぱり可愛い)

 背中を見て余計感じた、小さい容姿は抱き締めるにうって付けた。

「蓮君。あのー、甘いの大丈夫? これ、ケーキですが」

 蓮にケーキの箱を渡す。

「ありがとう。何か飲む?」

 リビングまで行き、蘭を座らせ、無愛想に聞く。

「お構いなく」

「そう」

 そう言ったら、何も出してくれなかった。

(まあ、いいんだけどね)

 そんな蓮はアイスコーヒーを持ってきて、ストローを差す。

 ケーキを皿の上に乗せ、フォークを刺して食べる。

「話しは何?」

 蓮は蘭の正面に座る。

「その前に、蓮君が異能力者だと聞きましたが本当?」

「その話をするなら、帰ってくれる? 僕は滅茶苦茶に巻き込まれたくないし、力も2度と使いたくないんだ」

 蓮は宅配弁当のビラを見ている。

 完全に蘭への興味を無くして、昼ご飯のチョイスを始めていた。

「話しを聞いて」

「興味ない」

「母を殺した相手を、捕まえて欲しいの」

「そう。僕には関係ない」

(性格悪い)

 可愛いのは容姿だけで、中身はへそ曲がりである。

 稲穂が場所を教える時、気難しい男だと、忠告していたのを思い出す。

 しかし、それで引く蘭ではない。

「ねえ、お昼作ろうか?」

「いい。普通に帰ってくれない」

 蓮は既に丸を付けていた鳥のから揚げ弁当に決める。

「へー、から揚げが好きなの?」

 蘭が横から顔を覗く。

「なんだ。君は。邪魔しないでくれないか」

 蓮は少し怒っていた。

「だって、気になるから」

「君は僕を利用したいだけでしょう。構わないでくれる」

 蓮はメニューを持って逃げる。

「あっ、待って」

 蘭はそれを追いかける。

 10分程、家の中を走り回る。

 10分後蓮がバテて座り込んだ。

「蓮君。大丈夫?」

 蘭が一応心配する。

 そんな速度を上げて走ってもいなかった。

 蓮の体力が極端に無いのだ。

「君は僕にとっての疫病神だ。どうでもいいが帰ってくれ」

「じゃあ、話を聞いてくれる?」

「君はどうしても引かないんだね」

「うん!」

 はっきり返事をした。

「そう。仕方ない。話してくれ」

 蓮はイスに座り、アイスコーヒーで喉を潤す。

「あのね」

 蘭も座る。

「簡潔に話してくれる。長いのは嫌だから」

「さっきから、思っていたけど、友達いないでしょう?」

「友達とは何処から何処までが友達の定義なんだ? 確かに僕には友達はいないが、形の無いものを僕は信用していないんだ」

「寂しい子」

「僕の事を詮索するなら、帰ってくれても構わないのだが、君がどうしても話がしたいと言ったから、わざわざ時間を作ってやったんだ。そこん所を忘れないでくれない?」

(本当に性格が悪いわね。まあ、いいわ)

 確かに話をするのが先決である。又、臍を曲げても困る。

「5年前の世田谷母子惨殺事件を知っていますか?」

「ああ、あれか。待って」

 蓮は立ち上がり、隣の部屋に入り、5分もしないで戻ってきた。

 スクラップブックを持ってきて、蘭に見せる。

「これだろう?」

「そうです」

『親子をバラバラに殺害し逃走。室内は荒らされていたが、通り魔殺人とも強盗目的の殺人ともとれた。第一発見者の証言では扉は開いていたらしいが、鍵は壊された痕跡もなく、窓から侵入した形跡もない。被害者は浅野蘭菊(43歳)とその娘の菊(12歳)の親子2人。血痕からリビングで殺害されていた。瞬間移動を使う風の異能力者の犯行か? どちらにしても、証拠が少なく、事件は迷宮入り』

「その時家にいなかった私と父は助かりました。でも、母と妹は……」

「そう。第1発見者は当時隣に住んでいた大学生か」

「はい。私はその人の連絡があって、すぐに私もやってきましたが、あんな簡単に人をバラバラにして、証拠が無くって、犯人は捕まらないんです」

「ふうん」

 蓮はスクラップブックを閉じる。

 完全に興味が無くなったようだ。

「で、気が済んだ?」

「気が済んだって。私は……」

「僕は話を聞くとは言ったが、解決するとは一言も言って無いけど?」

「解決してよ」

「して、僕はなんの特になるの?」

「お金が入るよ。2百万。情報料だけど、さっき形の無い物は信用できないと言ったでしょう。お金は?」

「お金は興味が無い。僕は幽閉されている身だ。お金があっても大した使い道が無いと思うけど? 例え、使い道があっても、僕はお金に困っていない」

「どうして?」

「この家は、僕の肉親が買った物だ。家賃は必要ない」

「周りにある本も、肉親が購入したの?」

「いや、これは僕が購入した物だ。幽閉されていても、家の中で行う事に制限は殆ど無い。3日に1度お手伝いさんが、様子見がてら掃除や食事を用意しにきているのはウザいが、僕がこの家の中で、株の取引をしてお金を稼いでも、それで本を購入しても、お菓子を大人買いしても何も言わない。光熱費も肉親が払っているし、僕がお金に困るファクターは何処にもない。返って気楽な幽閉生活を送っている位だ」

 蓮は電話をかけ、から揚げ弁当を頼んだ。

「外に出たいとは思わないの?」

「全然、僕は人間が嫌いなんだ。いや、生き物の殆どを嫌っている。そんな僕にこの事件を解決させてなんになるの?」

「それは」

「分かったら、帰ってくれる?」

「お願い。叶えてよ。家族をバラバラにされて、平気な訳ないじゃん。早く解決したいの。あなたには分からないかも知れないけど、家族の無念を晴らしたいの!」

「ふうん」

「ふうんって、何も思わないの?」

「僕もその犯人と変わらないから。僕も母と叔父を殺した。そんな僕に解決させるのは、可笑しな話じゃない? 僕は自らの手で家族を殺めたんだよ。周りの複雑な体裁もあったから、事故と扱われ、豚箱じゃなく幽閉された。分かる? そんな人に君は無理強いしようとしているんだよ。君はそれでもいいの?」

「それは」

「悪い事は言わない考え直したら?」

「そんな事しない。蓮君は違う。だから、お願いします」

「……面倒。いたたたっ」

 蓮の頬を蘭は引っ張る。

「下手に出たら、生意気なのよ。年下でしょう。言う事聞きなさい!」

「そうやって手を出して、屈服させるのは良くない事だぞ」

「じゃあ、やりなさい!」

「分かった。やります。但しこれっきりだからな」

「そうよ。それで、いいのよ。素直に言う事聞いていれば、こんな事になら無かったのよ」

「この暴力女が」

 薄っすらとピンクになった頬を摩る。

「今度は殴られたい?」

「いいえ」

 首をぶんぶん振った。

「それでいいのよ。そうそう。最初から、そうすればよかったのよ」

 蘭は座り直す。

(はあ、面倒な女が来たな)

 蓮は蘭を嫌がった。


 30分後。

「それで、欲しい情報とかある?」

「無い」

 弁当屋がから揚げ弁当を持って来たので、蓮は取りに行って、リビングに戻ってきた所だ。

「無いって」

 蓮はから揚げ弁当に箸をつける。

「あるでしょう。殺害時の状況とか、殺害時間とか」

「そんなの聞いても役に立たない。だって、相手は異能力者なら、常識が通用しないから。それに、ネットや新聞で大体の情報は手に入れて、僕はその情報を頭に入れている。君が持っている情報と相違は無いだろう」

「頭に入れているって、5年も前の事件よ。覚えているの!」

「うん。何か問題でも?」

「凄い。記憶力がいいのね」

「君は僕を何処で知ったのかい?」

「友人から」

「その友人は僕の事を何て言ってた?」

「ああ、神経質で、無愛想で、性格が悪いとか」

「僕を怒らせたいの? 他に何かあるだろう」

「ああ、天才」

「それ、僕は俗に言う天才。特に記憶力がいいんだ」

「自分で天才って言う?」

「凡人には理解できないけど、僕は人より優れている。優れている事を誇らないで、どうするの?」

(意外と自信家だったのね)

 凡人の蘭には理解できなかった。

「そっ、そうね」

(とりあえず、口裏を合わせるか)

 蘭は大人な対応を取る。

「君が今さらそう言う態度を取っても、君の本心でない事位分かるよ。無理しない方がいいよ。似合わないし、あたたたっ」

 蘭はまた、頬を引っ張る。

「本当に性格が曲がっているわね。ついでに食生活も、どうして、サラダをトマト以外全部避ける。あと、ご飯を半分も除けて」

「僕の好みにまで、他人の君が口を出すな」

「そう言うの見るとムカつくのよ。せっかくの食事よ。全部食べなきゃ失礼じゃない」

「で?」

「食べなさい」

「無理。僕はあまり食べられないの。野菜も嫌い」

「子供か!」

「君は僕を子供と思っているんじゃないのかい? さっきから、僕を君付で呼んだり、保護者のように世話しようとしたり、僕はこれでも二十歳だ」

「ウソ。まだ、高校生位の年齢かと思ってた」

「君さ。僕が大学を中退したって、その友人から聞かなかったの?」

「ああ、確かに言っていたかも。飛び級したんじゃないの?」

「君は何処までいっても失礼な女だな。僕は何が何でも二十歳だ」

「はいはい。分かった分かった」

「この失礼な女は。話は戻すが、僕はその記憶力を駆使して、異能力者関係の事件を頭に入れている。君の事件も例外ではない。最も、君の事件の場合、場所が場所だ。情報収集してネットにアップしたけど、それでも捕まらないのだから、日本の警察も地に落ちたと言うか、ネットを信用してないと言うか、異能力者を野放しにし過ぎだな」

「情報提供してたの!」

「面倒な事に巻き込まれたく無いから。あの当時はそんな事思ってた」

「じゃあ、今は思わないの?」

「うん」

「何でよ」

「今、この家に僕しかいないから、僕が壊したのは間違いないが、家族を大事にしていなかった訳じゃないし、母は嫌いじゃなかった。母を危険な目に合わせたくなかったから、解決しても良かったけど、それで、危険な目に合えば母が心配するからしなかったんだ」

(意外といい子じゃない)

 蘭は蓮を見直す。

「さて、犯人暴くか」

「分かるの!」

「うん。灯台下暗し。犯人は隣人の当時、大学生の男だよ」

「えっ。どうして……」

 蘭が驚く。

「ウソよ!」

 そして、強く否定する。

「ウソ? そんなの、ついてどうするの? 僕になんの得があるの?」

「だって、優しいお兄さんだったのよ。私の家庭教師もしてたし」

「そんなの知らないよ。僕の考えはこうだ。第1発見者の証言や状況から、鍵が掛けられて無かったのは、犯人は顔見知りである証拠。何故なら、異能力は原則1人1つしか使えないから、単独犯であるのならなおさら顔見知りが濃厚だ。そうでなければ、リビングで身体をバラバラにするなんて出来ないから。そして、確信したのは、君と隣人が連絡先も知っている程の仲だった事」

「でも、なんで第1発見者が犯人なのよ!」

「じゃあ、逆になんで、第1発見者が、君や君の父親じゃないの?」

「その日は家庭教師で来る予定だったの。私より早く来たのよ。きっと、そうよ」

「分からないな。だったら余計怪しいだろう?」

「何でよ」

「いないと分かっていたら、普通入らず出直すだろう? 隣人なんだ。その位造作も無いはずだ」

「扉が開いていたから、可笑しいと思ったのよ」

「それも考えられるが、初めに言った通り、顔見知りの犯行だ。リビングに案内する場合、扉を閉めるだろう。しかも、田舎でもなんでもない東京で、このご時世鍵を掛けない何て、無用心極まりない。中から鍵を掛けるのは普通だ。だけど、扉は開いていた。もし、物取りなら鍵穴に何だかの痕跡が残っているはず。無いならそれこそ窓にもあっていいはずだ。だけど、それも無い。窓を開けなかったのは、防音も兼ねていたんだと思うんだ。犯行が終わった後、鍵を開けに行きタイミングを見計らって、君に連絡をする。さも、自分が第1見者に見せかける為に、その証拠に警察に連絡する前に君に連絡したはずだ。犯行時間も君は戻る寸前だったと思う。状況を曖昧にする為に、その時間に行ったのだろう。家庭教師だ。君の帰宅時間位、把握しているだろう。そして、人の脳は適当だ。しかも、君はその時、パニックに陥ってるはずだ。優しく接した男が行うなんて思わない。君は無意識にその男を庇ったんじゃないの? 僕に言ったように」

「それは……」

「異能力を隠すのは簡単だ。最も、殺人衝動に駆られた段階で、力に飲まれた事には代わり無いけど、その隣人は力に飲まれ、暴走したんだよ。それは僕と変わらないな」

「力の暴走?」

「よくある話だ。力を持つと少なからずそうなる。例外もいない訳じゃないが、それが、異能力者の運命だよ」

「そんなの悲しいよ」

「それが、異能力者の宿命だ。だから、僕は宿命に飲まれ、人を殺めたんだ」

 蓮は空を見る。

 悲しいとも哀しいとも見えるその目を、蘭はじっと見る。

 否定的な蓮に蘭は否定できなかった。

 蘭にはどう足掻いても分からないからだ。

 それが、能力を持たない者の運命だった。

「それじゃ、犯人に会いに行くか」

「うっ、うん」

「気が進まないなら、それでもいいよ。君が捕まえたいと言ったから仕方なく、行くだけだし」

「行きます!」

「分かった」

 蓮は書斎に入ろうとする。

「何するの?」

「着替える」

 よくよく見ると、ジャージ姿である。

「あっ、ゴメン」

「髪も整えるから、時間が掛かる。何もしないで待ってて」

「何もしないわよ!」


 10分後。

「行こう」

 蓮が書斎から出てきた。

「はやっ」

「何か問題でも?」

「いいえ」

 しかし、ちゃんとしていた。

 とても半年間家を出ていないとは思えない程、ちゃんとしている。

 オタクに思えたが、ファッションにも興味があるようだ。

 帽子を深くかぶり、蘭を見ている。

(かっ、可愛い)

 蘭の胸を打つ。

「君から邪念を感じるけど?」

「邪念って何よ!」

「そのままの意味だけど? 辞書の言葉を復唱しようか?」

「しなくていいから、早く行きましょうね」

「行くから。だから、引っ張るな!」

 また、頬を抓っていた。

「ええ」

 蘭は蓮の手を繋ぐ。

「だから、僕は子供じゃない!」

「いいからいいから」

「むっ」

 蓮は頬を膨らませた。



 世田谷区の某所。

 2人は事件現場の隣の家にいた。

 犯人はまだ、ここに住んでいるのだ。

「所で、蓮君の能力って何?」

「僕の力は……」

 突風が吹き、鋭い風の刃が向かってくる。

「危ない」

 蓮が素早く反応して、蘭を庇い逃げる。

「蓮君。ありがとう」

「それは終わってから言って」

 蓮が手を広げる。

「蘭ちゃん。久しぶり。事件の後、すぐに引越しするんだもんな。そっちの子は新しい彼氏? 随分と小さい子が好きだね」

 無精ひげを生やした男が、民家の屋根から出てくる。

「僕を子供扱いするな!」

 蓮が怒る。

「異能力者」

 蘭は恐れた。

「どうしたの? 何を怖がっているの? 蘭ちゃん。寂しかったんだよ。久しぶりに遊びに行こう」

「ねえ、教えて、本当に先生が異能力を使ったの? それで、家族を」

「そうだよ。今も、そして、5年前のあの事件も、あいつらが悪いんだよ。僕さ、君より妹さんが好きでね。交際を迫られたら、妹さんが断ってね。つい、力を発動させちゃったんだ。その場にいたお義母さんも騒ぎに気付いて、やってきたから、やっちゃったよ」

「最悪よ」

「そうなるんだ。最近、善悪が分からなくなっているみたいだな」

「対価か」

「対価? ああ、そうかもそう言えば、変なフードの男が現われて、僕から善悪を奪ったな。あの事件があった5年前に」

「ねえ、蓮君、対価って?」

「異能力者が真に力を解放させる為の生贄、能力者の大事な物を奪う事が多いんだ。言っただろう。力が暴走するって、対価を払えば、力が増幅されるんだ」

「詳しいね。坊やも異能力者?」

「むっ、だから僕は子供じゃない!」

 流石に1日に何度も子供扱いされると、蓮も怒る。

「面白い子だ。でも、僕が犯人だって、分かっているみたいだから、消さないと」

 突風が吹く。

「君、逃げるぞ」

 蓮が蘭の手を引く。

「えっ、蓮君戦わないの?」

「正確には戦えない」

「そんなはっきり言っても、どうしてって……それは?」

 蓮は長袖で隠していた左腕に付けられた、鉄で出来た枷を見せる。

「異能力を使えなくする制御の枷だ。同じ物が右腕、両足、あと、お洒落に見せているが、チョーカーも同じ制御装置だ」

「何で、そんな物を?」

「僕に異能力を使わせない為だ。自慢じゃないけど、大概の能力者は1つか2つで足りるんだ。僕はそれじゃ足りないから、5つ付けられている」

「そんなに」

「悪魔。そう呼ぶのもそんな理由からだ」

 人気の無い道を通り、後ろからの攻撃を避けている。

「そんな」

「分かっただろう。僕が幽閉された本当の理由が」

「分かったけど、これをどうにかして」

「使えない僕に?」

「行くって誘ったの蓮君でしょう?」

「行かないといけないだろう。君の変死体を見つけたら寝覚め悪いだろう?」

「私の事を考えていたのね」

「止めても無駄だと思ったから、君みたいなじゃじゃ馬の貧乳が大人しくしているとは思えないもん」

「何ですって!」

 蘭が怒る。

「危ない」

 蘭を庇い転ぶ。

「ううっ、痛い」

 蓮が膝を抱える。

「大丈夫?」

 見ると、膝から血が出てすりむけていた。

「大した事無いけど」

「無理しないでよ」

「見つけた」

 男が笑う。

「さあ、鬼ごっこは終わりだ」

「ねえ、蓮君。その枷、どうやって外せるの?」

「普通に鍵が必要だけど、その鍵を僕が持っている訳ないでしょう?」

 蓮は呆れた。

「それも、そうか」

「まあ、手段が無い事は無いけど」

 蓮が立ち上がる。

「君はここにいて」

「何? 庇っているの。それで、守れると思っているの。そんな細い腕で」

「やってみてよ」

「じゃ、遠慮なく」

 風の刃を飛ばす。

(動きは一定だ。だったら、出来る。僕の計算に間違いはない)

 蓮は向かってくる風の刃に左腕を前に出す。

「バラバラになれ!」

 男が笑う。

 しかし、風の刃は蓮を切り離すどころか、跳ね返り空中に飛び去った。

「何が起こったの?」

 蘭も驚く。

 蓮を見ると、蓮の手に風で出来た刀を持っていた。

「風の力だと」

 男が少し動揺する。

「うん。僕の力」

「でも、使えなかったんじゃ」

 左腕に付けられた枷が粉々に砕け、地面に落ちた。

「1つで出力がこの位か、充分だ」

 蓮が頷く。

「何を頷いている。そんな刀で僕を倒す事なんか……」

 蓮に向かい風の刃が飛ぶ。

「スピード」

 風の刃を切りながら、加速させ真っ直ぐ、男の所に向かい、右肩を突き刺す。

「あっ、お前。何故だ」

「問答無用!」

 そのまま、蓮は壁に突き刺し、男の動きを止める。

「これで、力は半減するな。異能力は利き手が命だから」

 蓮の顔が何処か笑っている。

「蓮君」

 蘭はそれが少し怖かった。

「ほら、力を出してみろよ。さっき僕を襲ったみたいに、なあ」

 蓮は何度も男の頭を打ちつけた。

「そこまでだ。橘蓮」

 長身の中年の男が蘭の後ろからやってきて、そのまま前に進み、蓮の後ろに立つ。

「誰?」

 蘭が呟く。

「まさか、又、陽の光を浴びているとはな。悪魔。しかも、上手い事、枷も壊して、力を使って」

「すみません」

 蓮はゆっくり刀を抜き、そのまま刀を消す。

 男は気を失っており、そのまま、ずるずると身体が崩れる。

 長身の中年男は、そのまま蓮の所に向かい、蓮の左腕に再び枷を付ける。

「外からの力と中からの力を同時に発動させ、上手く壊したか、発信機が付いていて良かったが、帰るぞ」

「はい」

「ちょっと、待って」

 蘭が声を出す。

「いきなり現われて、何もなし。あんたは誰よ!」

 しかも勢いがいい。

「これは失礼。こんな現場に美しい女性が、私の名前は柳川緋矢。この悪魔の伯父だ」

「柳川、緋矢って、柳川財閥の!」

 蘭は目を丸くして驚く。

 世に言う金持ち一族である。

 柳川緋矢は数々の企業を束ねる凄腕の商社マンであった。

「ええ」

「じゃあ、蓮君はそこの血筋なの!」

「ええ、まあ、そうなります。そんな事より、あの男の始末はこちらで処理するとして、あなたは1日も早く蓮の事を忘れる事。では」

 蓮の背中を押しながら、緋矢と蓮は立ち去る。

 蓮は蘭を見ようとはせず、そのまますれ違った。

 5年間解決しなかった事件は、2人が出会って、半日で解決した。



 それから、1週間後。

 再び蓮の家。

「で、君は何でここにいるの?」

「メイドのバイトに受かったのよ。それで、ここで働く事になったの。よろしくね」

 蘭が蓮の目の前にいた。

 フリフリのメイド服を着ている。

 蓮はいたたまれなくなった。

 なぜなら、蘭の胸が貧乳で、女の魅力を感じるのに、蘭にそのオーラが感じられないからだ。

 蓮は胸の小さな女性はあまり好みではない。腐っても男の子を捨てていなかった。

「よろしくね。って、君バカなの? 僕の力、見たでしょう。怖くないの。伯父は正しい事を言っていた。なのに何で」

 それで、メイドとして雇うのだから、伯父もバカである。

 蓮は蘭と緋矢、2人の凡人の考えが理解出来なかった。

「ええ、全然、私、昔から、異能力者だから差別するとか無いから、それに蓮君は何だかんだで、私を助けたでしょう。悪い子に思えないのよ。それで伯父様に嘆願したら、受かったの、何て言うか、この美貌に虜になったのね。美しいって罪だわ」

「伯父が女好きで、むっつりスケベなのは否定しないが、君の何処をどう見たら美しいのか、僕は理解できないよ。貧乳が」

「あっ、そう言えば、蓮君、貧乳って連呼しすぎよ。何で、緊迫した所で、貧乳って言うのよ!」

「ああ、君にもその位の記憶力があったんだ」

「蓮君、バカにし過ぎ!」

「間違って無いし、小さいし」

「五月蝿いな」

 蓮の頬を引っ張る。

「痛い」

「ともかく、私が今日からここのメイドだから、蓮君の性格と食生活を直すわ。いいわね」

「物好きな女。縮めて物女ものじょって、こう言う人の事を言うんだ。僕の知らない事がまだあるな」

「何ですって!」

 蓮の一言で、蘭が怒鳴った。

「やばっ」

 蓮は立ち上がり、逃げ出す。

「待ちなさい!」

 蘭が追いかける。

 しかし、蓮が疲れて、座り込んだ。

「さあ、覚悟なさい」

 蘭は蓮の頭を殴った。

(これが続くのか……)

 蓮は頭を摩りながら嘆いた。



 オマケ

 蓮の屋敷に蘭が遊びに来ていた。

 蓮はその時、ソファに寝転がり本を読んでいた。

「蓮君って、読書好きなの?」

「嫌いなら読まない」

「確かに、ねえ、何読んでいるの?」

 包装紙に包んでいて、表紙を見ることが出来なかった。

「何でもいいだろう」

 蓮は面倒くさそうに言う。

「ねえ、教えてよって、何よこれ!」

「本だけど?」

「中身よ! 子供がこんないかがわしい本読むな!」

 蓮は女性の裸の写真を見ていた。

 蘭は思わず取り上げる。

「言葉を返すが僕は二十歳だ。法に触れていない!」

 流石の蓮も子供扱いされて怒る。

「大体覗く方が問題だ。表紙も君の為にわざわざ隠していたのに」

 更に付け足す。

「蓮君は可愛くなきゃいけないの! こんな本を読んだら可愛くないでしょう」

「どんな理屈だよ」

「違うの? 分かったわ。蓮君。まだ、童貞でしょう」

「なっ」

「だから、女性に飢えて、こんな血迷った事したんだ。だったら、ゴメン」

「君さ。どうしてそう人の話を聞かずに勝手に結論づけるの?」

「違うの?」

「違うから」

「でも、童貞でしょう?」

「それも違うから、ってか、何、その話」

「そんな蓮君嫌だ。蓮君は童貞じゃなきゃ嫌だ」

「何それ」

「蓮君は真っ白じゃなきゃ嫌なの」

 蘭が泣き出す。

「意味分からないよ。ってか、何でこうなるかな」

「酷いよ」

「ああ、分かったから、悪かった。卒業していて悪かった。だから、泣くな」

「違うよ。蓮君は童貞なの」

「分かった。僕はまだ、童貞だ」

「そうだよね」

 蘭が笑う。

「蓮君は真っ白だもんね、心も身体も、うん。やっぱりそうなんだよ。ダメだよ見栄張っちゃ」

「見栄もウソ言ってないんだが、君、女の子だろう。どうして下品な方向にいくかな」

 蘭が持っていた本を奪い返す。

「どっちでもいいけど、僕の趣味に口出さないでくれない?」

「ねえ、ちなみにどんな女性が好みなの?」

「胸の大きい。才色兼備。純情可憐で清廉潔白な女性。絶対に暴力なんか奮わない、弱い者を無理矢理屈服させない女性」

 まるで、蘭とは正反対であった。

「なっ」

「小さい胸ちらつかせて、お姉さん気取る下品な暴力女は嫌いだ」

「なんですって!」

「ああ、自覚あった。ヤバいから逃げよう」

 蓮は蘭の雷が落ちる前に行動に移し、書斎に逃げ込む。

「こら、開けなさい!」

「嫌、静かに本が読みたい」

「そんな女性の下半身を見て、興奮するような本は止めなさい! そんなに飢えているなら私の身体を見なさいよ」

「得がない」

「リアルを愛しなさい!」

「そう言う問題じゃないから」

 蓮は書斎の扉に鍵を掛け、耳栓をつけ、ソファの上で続きを読んだ。

「やっぱり、女はこうだろう」

 そして、蘭とはかけ離れた本の中の女性を見て、少し興奮していた。

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