はつ恋
1週間くらい寝込んでいた。
その間にランがちょくちょく遊びに来た。
カサカサ
カサカサ
と、廊下を歩く音が聞こえると、ランが来た証拠だ。
ギィィ
と、少しだけ開いているドアを頭で押して顔を半分だけ覗かせる。僕の姿を確認すると部屋に入ってきた。
「ラン、お見舞いに来てくれたんだね。嬉しいな」
ランは聞いているのかいないのか、僕の枕元で身体を丸くして目を閉じた。
僕は、ランの顔をずっと見ていた。
ランは、呼吸をしていた。
当たり前だけど何だか不思議な気がした。
こんなに小さな身体なのに、なんで生きてるのかなぁ…
小さな頭でいつも何を考えてるのかなぁ…
そんなことを考えながら、僕もうとうと眠り始める。
話し声で目が覚めた。
お母さんの声と、もうひとりは女の人の声だった。
「あっ!お姉さんだっ」
僕はすぐに起き上がり、部屋を出てリビングに向かった。
「あきら君、大丈夫なの、寝てなくて」
お姉さんが、心配そうに話しかけてきた。
お姉さんと呼んでるけど、実の姉ではない。隣に住んでいる可奈子さんだ。
可奈子さんは美人だった。
僕は、可奈子さんが家に来ると、具合が少々悪くてもいつも一緒にお話したり、ゲームをして遊んだりした。
可奈子さんが家に来ると、僕は、ドキドキした。なんだか胸がきゅっと締めつけられて苦しくなった。
前にその事をお母さんに話した。
お母さんは笑いながら、
「お母さんの前では苦しくならないの?」
と、ウインクした。
「うん。お母さんの前ではならないよ」
お母さんは、
「あきらちゃん、その気持ちはとっても大事なことなのよ」
「うん…」
「可奈子さんはキレイだからねっ。あきらちゃん、お母さんはどう、キレイっ?」
「うん…」
と、うわの空で返事をした。
僕は、考えていた。
(どういう意味なのかな…)
その日は、可奈子さんの家で飼っている、みゃあちゃんも一緒だった。
みゃあちゃんは、生まれて間もない仔猫でお母さんのお気に入りだった。みゃあちゃんがくると、お母さんは、少女のようにはしゃいだ。
「きゃぁ、みゃあちゃんっ!可愛いわっ」
と、抱きしめて、顔を近づけてキスをした。
ランもみゃあちゃんと仲が良かった。
だけど、ランを初めて見た時、みゃあちゃんは、
ふぅっっ
と、尻尾を逆立て威嚇しているみたいだった。
ランはチラッと、みゃあちゃんを見ただけでいつものように目を閉じた。みゃあちゃんは、少しの間、威嚇しただけでランに安心したのか、ランに近づいて、猫パンチを浴びせ始めた。
ランは目を閉じたまま、パンチを浴び続ける。
みんな、大笑いしながら見ていた。
それ以来、ランはみゃあちゃんのお気に入りになった。
みゃあちゃんは家に来るとすぐにランを探し始める。ランの姿を見つけると走って近寄り、ランに抱きついたり、パンチを浴びせる。ランは、みゃあちゃんにもされるがままになっていた。
お姉さんが帰ると、心の中に穴が空いたような気持ちになった。
何もする気が起きなかった。
僕は、それが初恋であることに気が付かないまま天国に行った。
好きだという感情さえ、理解できずに…