夏の日のラン
夏はランの苦手な季節みたいだった。
体調のいい日は、お母さんと、僕と、ランの3人で近くの海辺に出かけた。そこは、工場に囲まれ海水も決してキレイとは言えなかったが、人口の浜辺があり、巨大なタワーがそびえ立ち、公園やレストランもあった。
人口の浜辺では、海水浴をしたりアサリを採ったりする家族連れの姿が目立った。
同じくらいの年の子が、海水に潜ったり、「ぷはぁっ」と、水面に出たりして、楽しそうにはしゃいでる。
僕はそんな楽しそうな子供たちをじっと見つめていた。
僕は海に入ったことがなかった。海どころかプールにさえも。
水の中に潜るって、どんな感じなのかな…
魚になった気分になるのかな…
そんな僕の気持ちを察したのか、お母さんが、優しく僕を引き寄せてくれた。
「あきらちゃん、ジュース買いに行こうかっ!」
「さあ、ランちゃんも、お水を飲みましょうね」
お母さんと僕は歩き出した。
だけどランがなかなか歩こうとしない。
「さあ、いらっしゃい」
お母さんがリードを引っ張って、ようやくノロノロと歩き出す。
ハアハア
ハアハア
舌を出したがら、ランが一生懸命に歩いている。
ハアハア
ハアハア
(ランも頑張って生きているんだな)
そんな、ランの歩く姿を見ていたら、とても気持ちが晴れ渡り、何だかやる気が出てきた。
お母さんは、肌を焼きたくないと暑いのに長袖を着てキャップを被っていた。
浜辺に座り海を眺めていると、何だか不思議な気がした。
この海の向こうは何があるのかな…
「ねえ、ランは知っているのかい?海の向こうが何なのか」
ランは目を閉じて、前脚に自分の顔をのせるような格好で、気持ちよさそうにしていた。
「らん、ねぇ、ランってばさっ」
「また寝ちゃったよ…」
お母さんは、そんな僕とランをとても優しそうな眼差しで見つめていた。
帰宅すると熱が出た。
「まあ、40度以上あるわ」
体温計を見たお母さんは、慌てて布団を敷き、冷凍庫からアイスノンを持ってきた。
絞ったタオルで、僕の額の汗を拭いてくれている。
「お母さん、ランは?」
「ランちゃんは、リビングであきらちゃんのことをとても心配してるわよ。ランちゃんのためにも、早く元気になろうねッ」
「痛いの痛いのっ、飛んでいけっ」
お母さんは、僕の唇にちょこんと指を当てた。
「ゆっくりお休みなさい」
と、優しく僕に語りかけ電気を消して部屋をあとにした。