ボーッとしている小犬
また熱を出した。40度からの高熱で、1週間くらい夢と現実をさ迷っていた。
いつも同じ夢を見た。夢の中の僕たちは、綺麗な野菊の咲く公園を笑いながら走っている。いつしか夢は、底なし沼にはまり、もがき苦しむランに変わる。そのランを助けようとして、溺れている僕を、僕がどこからか見ている夢だ。
「ラン!」
夢から現実に戻った時、僕はいつもランを探した。ランは、僕の枕元の自分専用のベッドで静かに目を閉じて眠っている。生きてるランを見ると、僕はいつもほっとした。
その繰り返しだった。
(僕は、夢なんかに負けない。現実の僕たちは違うんだ!)
と、意識が朦朧とするなかで必死に自分に言い聞かせた。
確かにそうだった。
現実の僕は走ることができない。ランも、高齢のせいか高齢に近いせいなのかは分からないが、走るどころかあまり歩きもしない。
ランが家にきた当初、体調のいい日はよくランとお散歩に行った。
もちろんお母さんも一緒にだ。
ランは変わっているというか、前の飼い主がしつけたのか、絶対にトイレは外でした。絶対に家の中ではしない。だから、お母さんは毎朝起きた時と夕方の食事の支度の前に、必ずランを散歩に連れて行かなければならなかった。
「変わったワンちゃんね。絶対に外でないとしないもの」
お母さんは不思議そうにランを見つめた。
「まあ、いいわ。お母さんもダイエットになるし」
しかし、ランはあまり歩かなかった。歩くどころか、用を足すといつも花壇の花や雑草の匂いをかいでる。
クンクン
クンクン
「ラン、少しは歩きなさい」
クンクン
クンクン
お母さんはランとのウォーキングを期待していたのだが、期待はずれに終わってしまった。
だけど、足が弱い僕にはランとののんびりしたお散歩が向いていた。
ランのお散歩と同じ時間帯に、よく吠える大きな犬も散歩に出てた。僕はいつもその黒い犬に吠えられていた。
わんわん!
うっー!
わんわん!
と。
僕はその度に震えあがっていたが、ランは吠えられようが唸られようが、いつもボーッとした顔でその大きな犬を見ていた。
ランはいつもボーッとしていた。
吠えもしなければ、何をされても怒らない。
よく、ランとお散歩に行くと、近所の子供たちが近寄ってきて、
「らんちゃんだ!かわいい!」
と、ワイワイ騒ぎながら、顔や体を撫で回した。
ランはいつもされるがままになっていた。
ボーッとしていない時は、いつもベッドの上で目を閉じていた。それが眠っているのか、ただ目を閉じているだけなのかは僕には分からなかった。