新しい地平線
アースガルドオンライン
21世紀初頭のネトゲブームの火付け役となったといっても過言ではないと言ってもいいだろう、北欧神話をベースに構成された世界観で街やダンジョンを巡り終わりのないクエストを進めていく物語だ。
当時高校3年だった俺は先輩に誘われβテストに参加して夢中になってしまった。
当時はガチャなんて制度はなくひたすらレベル上げしかすることがなかったがオフラインゲームと違って大多数のプレイヤーとPT狩りするだけでも楽しめた物だ、大学に入ってから始まった本サービスでは月2000円の課金だけで遊び放題ということもありますますのめりこんでしまった。
特に土日は不人気ボスが落とすレアアイテムを目指して1時間毎に張り込み作業をしてた、24時間やっていると半年ぐらいで目当ての『黄金蜂の魂』をてにいれたぞ! 魔法無効おいしすぎワラタ。
週末廃プレイヤーとして晒されていたのは見なかったことにしよう、どうせ俺以外だれもこない不人気マップだから大丈夫だろ。
がそんな生活も長くは続かなかった。
まず親父が死んで生活が成り立たなくなった、遺産はというとローンが20年残った自宅だけ。
奨学金を借りることが出来て大学の方は何とかなったけど住宅ローンはどうしようもないのでバイトを増やして何とかすることにした。
月-金は講義のあとすぐバイトに行って23時に終了、それから深夜の派遣バイトに行って5時に解散。土日は近所の製菓工場でベルトコンベアと箱詰め作業で一日が終わる生活を3年ほど続けたところ気がついたら大卒の無職になっていた。
就活? 立派な大学で新卒4割とか言う時代にFランで就職とか出来るわけ無いだろう……常識的に考えて。
流石にホームセンターやスーパーはブラックだと思って内定蹴ったのは間違いだったかも分からんね、いまさらのことだが。
そんなわけで教授に泣き付いたら大学図書館の臨時職員にしてもらえました、コネは本当に重要だな。
弁護士の先生も紹介してもらって債務整理? なるもので支払いがゆっくりになったしこれでしばらくは安泰だ。あとは事務長と教授に媚を売って正社員まったなし! 見事な仕事だと関心はするがどこもおかしくはない。
さて生活も落ち着いたことだし久々にアスガルにログインだ、思えば何年ぶりなのかとこみ上げる物があったので私は帰ってきたと叫んでおこう。アップデートが溜まりすぎてクラから落としなおした方が早いかもしれんね、とりあえずアカウント管理で課金しておくか。
「パスどこにメモったっけな……『新しいテキスト(2)』これだな」
出てきたパスをコピペしてログイン完了、お知らせメールが3年分溜まってひどいことになっている。そういや先輩以外には連絡してなかった悪寒、まあ元からソロだから個人メールじゃなくてほとんど運営からの広告みたいだが。ん? 重要なお知らせ?
『平素より、『アースガルドオンライン』をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
200X年3月31日よりサービスを開始させていただきました『アースガルドオンライン』ですが、
お客様情報の確認とサーバーの負荷管理に伴う機器増設のため、
一定期間のログインされていないアカウントにつきましてはキャラクターデータの削除を行うことになりました。
最終ログインより800日が経過し、その間一度も決済が行われていないアカウントが対象になります
…… 』
つまり……どういうことだって? いやログインできてるから大丈夫だろ? いやいやまさかまさか、学生時代に打ち込んだキーボードです(キリッ がこんな簡単に削除されるとかそんなわけないでしょう?
おそるおそる決済して見るが変化が無い、ゲームのクラからじゃないと作成キャラが見えない仕様とか不便すぎるでしょう。アップデートが完了するまで後30分か……酋長の踊りじゃないんだから結果だけ教えてくださいますか?
パソコンデスクから立ち上がりコーヒーを入れるために台所へ向かう、窓を見るとひどい豪雨になっていた。明日も雨だと出勤したくねーな。
お湯を沸かしながらぼーっとしているとゴロゴロと雷まで降って来たようだ、先行きが不安すぎる。
マグカップを持ってデスクに戻るがまだ完了していなかった、攻略サイトでも見て時間を潰そう。完全に浦島太郎だから狩場ガイドぐらいは見直しておかないとな、相場はもうお手上げだろうけど。
さっそく大手WIKIから覗いていこうとしたその瞬間、カーテン越しに強烈な光を感じるとともに部屋の電気が消えた。
停電か? と思ったがパソコンとモニタはいまだに点いている、いったいどういうことなんだ……マグを置こうとするが俺の手が動かない……だと?
動かないのは手だけじゃなくて首も足もだ、体が固まってしまったかのようにピクリともしない。動いているのはパソコンのアクセスランプとモニタのアップデート画面だけだ。
これはあれだ、強烈な光の刺激で筋肉だか神経だかが固まってしまう奴じゃね? 詳しくは知らんけど。いや何かおかしいぞ、さっきから雨の音が消えている。
デスクに立てていたマジックペンが斜めに傾いて……止まっている。重力仕事しろよ。
恐怖体験にしては静か過ぎるがいったい何が起こっているんだ、俺はどうなってしまうんだ。
その時また激しい光を感じ、目の前が真っ白になるとともに教会の鐘のような音が聞こえる、懐かしいログイン音だ。何も見えないが初期指定キャラでログインできたんだろうか? いや今はそんなことやってる場合じゃない、目の見えない人の気持ちが少しだけ分かったがこの状況を何とかしてください。
そういえば雷対策のタップに替えよう替えようと思いながら放置してたな。これは一本取られたな なんてことを考えながら
俺の意識は
どこかへ飛んでいった。
目が覚めると街路樹の根元で座り込んでいた俺に訪れたのは喉の奥からこみ上げる衝動だった、視界が二重になって平衡感覚はおかしく立ち上がれない。自分の体が自分じゃないような、堪らず四つん這いになってぶちまけた。胃の中身が空になりしばらくえづいていると収まってきた、ふらふらと立ち上がり見回すとここはどこなんだ? そもそも俺の部屋に街路樹なんてねーよ。おまけに昼間になってるしどういうことなんだ、夢か?
それよりいきなり嘔吐とか夢身が悪いってレベルじゃねーぞ、明晰夢ならもう少しソフトな感じにしてください。
石畳とレンガ造りの家が立ち並んでいて外国の町並みのようだ、観光地かも知れないが歩いている人まで皆洋風の顔立ちをしている。
大通りにたどり着くとたちまち人ごみにまぎれてしまった、流れに乗って歩いていると正面に見えてきたのは城壁と城だ。どこかでみたことがある……よう……な
どうみてもレーヴァ城じゃねーか。アスガルの首都レーヴァですね分かります。
ヴィジュアルイメージまんまとかクオリティ高いな、このままファンランドを作れば行列待ったなし! うん、流石に夢だけあってスケールがでかい。
いやぁ……夢に見るまで焦がれていたとは自分でも気づかなかった、ということは中央通の噴水横の店に行ってみよう。原価売り露天のレコさんが居るかもしれない。
店に入ると道具屋の主人がいた、ちらりとこちらを見たがすぐに商品の手入れに戻っている。まったく無口なおっさんだぜ。
いつもならその向かいにPC露天『○REC』があるはずなんだけど今はいないようだ、仕入れに言ってるのかも分からんね。
俺は基本ソロハントばかりだったからめったに人と会わないんだけど消耗品の補充だけはそうも行かない、NPCの店で定価で買い数をそろえると結構な出費になってしまうので商人プレイヤーが値引きスキルで買ったものに手数料がついた露天で買っていたがふらりと立ち寄ったこの店で露天を開いているレコさんは原価まんまで売ってて吹いた。
いったい何のために売っているのかと聞いてみたら趣味だってさ。素晴らしい仕事だすばらしい、俺はこれでレコさんが好きになったな。あまりにも魅力的過ぎるでしょう。
などと思い返していたがいないのではしょうがない、数少ないフレといわないでもないレコさんにも合いたかったがそもそも夢だもんな。習慣とは恐ろしいわ。
さて普段ならこのキャラは挨拶と補充と取引に使うだけだからキャラチェンして魔道師か狩猟者のキャラに変えたいんだが……いやそうじゃないな。
夢なら早くさめてもらわないと停電で垢とかキャラデータの確認が途中だったしそもそも明日は仕事だ、恐怖体験かと思ったら寝オチで夢見てただけとか我ながらしょうもない話だ。
夢から覚めるにはどうしたらいいんだろう。
「マスター、夢から覚めたいときどうしてます?」
なんとなく問いかけてみる
「朝まで待つか誰かに起こしてもらうんだな」
「なるほど」
ちゃんと受け答えしてくれるとか細かいな、深層心理の表れかもしれんね。教えて! フロイト先生。
朝になれば携帯のアラームがなるからそれまで夢を楽しんでみるか。といっても剣士の転職クエでおつかいしたときと補充の時あまり来ない街だからどこへいったものか。そういや最初の街路樹はよく取引の時の目印にしてた奴だな、芸が細かいというか最後にログアウトしたのがあそこだっけか。
店から出て北へ向かう、ゲームの通りならワープ広場があるはずだ、司祭スキルのワープタウンであちこちの街へ行くためにプレイヤーが溜まってそう呼ばれるようになった。逆にPT組んで移動なら南口を出た辺りの街道で募集してたっけな。
何度かPTを組んでみたけど魔法使いや弓士ならソロの方が効率がよかったんで行かなくなったが。
さて着いた。おかしいなゲームどおりなら『○○ ○○ ○○ 500s』とか吹き出しが溢れていたんだが……○○は街の名前でスキルレベルによって登録できる街が増えるので最初は1箇所だけのタクシーだ。
しかし誰もいないってのはどういうことなんだ?
そろそろ夢の想像力も品切れなのかも分からんね、仕方が無いから首都の観光で済まそうか。
それからあちこち見て回り、夕方になったので宿屋兼食堂に入り一泊することにした。時間の変化まで取り入れてある辺り実に細かい夢だな、ログアウトしておしまいじゃなくてこれはこれで味があるような気もする。財布はベルトに挟んでいた袋だったらしく一安心だ。
さて目覚めたら仕事だな、起きるために寝るというのも新鮮だが早く寝てしまおう。
こうしておかしな一日が終わった
とおもったら目覚めました、宿屋で。
えっ?
仕方が無いのでまた観光して飯食って寝るをしてみたらまた宿屋で目覚めました。
え……
また寝るとやっぱり目覚めました、ここは宿屋ですか?
いいえそれはトムです。