闇に生きる8
目の前の女性は先ほどから微笑んだままこちらを見つめている。
どれほど時が立っただろうか……。時折ガラスの様な眼を向け『そうなのね……あなたも大変な思いをしてきたのね』などと言われればなかなか話しかけにくいのは当然だ。おそらく、その眼差しは心のなかまで見通しているのだろう。
「ルーナさん。あの……」
痺れを切らしというわけではなく、何か話かけなければ王都に着く前に精神が崩壊しかねない。そもそも異世界から来たと言うことを知っている。それは、やはり心の中を見ている、或いは分かるのだろうか。
「何かしら?」
微笑みは崩さないままであるが今はその微笑みが余計に怖い。
「ルーナさんの眼って心の中まで分かるんですか?」
「そうよ。心の中が分かるわ。さすがに考えていることは分からないけど、根本的な部分……相手がどんな性格か、どんな生まれでどう生きてきたのか、そういう事がわかるのよ」
やはりというべきか、自分はこちらでは異世界人だが、ある意味こちらの方が異世界なんだと思う。
これからはいちいち驚かないことを覚悟する。まぁ今の自分も相当の異世界ファンタジーなの間違いない。
「それで、根本的な部分って言ってもどの程度分かるんです?生きてきた事が分かるって事は俺が元人間の男で、人を殺した犯罪者でその挙句に自殺して、神様に転生させてもらったということも?」
「にわかには信じがたいけどそうなのでしょうね。私は自分の眼を信じているし、今までこの眼で見てきたことが外れたことはないから……信じるわ」
「俺はどうしたらいいんでしょうか?」
「それはあなが決めることよ。これから王都に戻ってしばらくは保護という形にはなるけれど、これからどうするか、どう生きていくかはあなた次第よ」
そう言ってルーナは微笑む。その微笑みはどこか温かいものだった。
馬車、といっても帆がついた荷馬車に近いがその側面から顔を出すと王都が見えてきた。
王都と言うだけあってその全貌は地面からでは全てを把握することは出来ないであろう。
城自体は大したもので渦巻きの形をした大きな貝がスラリと天に伸びているような感じだ。
ここからでも分かる、そびえ立つ城壁は高さは10mはあろうかと思われるほどに重厚な造りが窺える。
「王都アウクトリターテムよ。この国はまだ建国して新しいの。今月の13の日、明後日なのだけれども建国祭が開かれるわ。だから今王都は凄い賑わいよ」
「新しいと言うと100年くらいですかね?」
「いえ、まだ30年よ」
30年……それほどの短期間でこれほどの建物を作るとは。よほど現国王が優秀か、或いは多くの奴隷を使い……様々な想像が頭の中を巡るが答えは違っていた。
「元々ここは魔族達が住まう城だったのよ」
「え……?とういうと侵略とかですか?」
自分でも顔が引きつるのが分かる。今自分は魔族である。そのことを考えると『魔族』という言葉に敏感になるのだ。
「いえいえ、違うわ。何が原因か……魔族は今の世界でほとんどの数を減らしつつあるわ。先の大戦での事もあるけれど、今では闇の大陸に残るのみ。だからこうして放棄された城を中心に王都を創ったのよ」
魔族について、その他にも色々と知らないといけない事が多く頭が痛くなりそうだ。そういっている間にもそびえ立つ城壁に近づいてきた。
「賑わっているというわりには静かですね」
「こちらは裏門側だからよ。城の後ろ側は極少数の限られた人しか使うことはできないわ。それに後ろ側には誰も行きたがらないの。先の森『影の森』が広がっていて魔物も多いから、こちら側に来るのは私たちのように討伐隊ぐらいのものよ」