エルンスト 1
君を、どう思っていいのか未だに私は分からない。
君が辺境伯領から戻ってきて、今までかたくなに近づかなかったし決して自分から公言もしなかった王家との繋がりをも利用するようにして私の側近くに仕えるようになってから一体何年経ったのだろう。
伯領から戻ってきた君は私の知る君とは確かに変わっていた。
まだ会う前から憧れもし、厭いもしてきた年下の従兄弟。出会ってからはその頑なさを憎み、愛しもしてきた従兄弟。
別人のように、とは言わない。けれど君は変わった。強かになり、そんな自分を自嘲するように諧虐を口にし、人の良さばかりが目立った物言いは少し辛辣になった。
私の前で少しでも早く消えてしまいたいとでもいうような表情を浮かべては私の嗜虐心をあおっていた君が、平然とした顔をしているようになった。
そんな君に最初のうちは困惑し、嬉しく思い、君に変化をもたらしたものを知らぬことに苛立ったりしたが、いつのまにか君が側にいることがすっかり当たり前のようになっていた。
君は今年、王としての責務を放棄し退位しようとしている私に倣うように退官し、城下で私塾を作るという。
貴族と豊かな平民しか受けることのできなかった教育を、隔てることなく皆が受けられるようにしたいのだと、大層な大言を吐くと宮廷人の失笑を買っていが、この国で有数の貿易商となった君の実家と、王の元側近という君の地位と、高名な狼殺し血を引く君の奥方が揃って叶わぬ望みなどあるだろうか。
あれほど避けていた私の懐に入り辺境伯領を手放させたように、君はきっと今度も望みを叶えるだろう。
あれは君の本意ではなかった。
君という存在に有頂天になっていた頃はいざしらず、退位を考えるようになってから、私は気づき始めていた。
君は、私のためではなく、ただ君の望みを叶えるために私に近づいてきたのだ。
君を、どう思っていいのか未だに私は分からない。
君は一度も私に話してくれようとしなかった。
たとえば君が、叶えたい望みがあるから私のことを利用させてくれと言ったならば、どんなことでも喜んで手を貸しただろうに。そんな愚かな自分を自覚し、自嘲しながらでも、君に利用されることを良しとしただろうに。
けれど君は何も言わずに、何も願わずに、己の力だけで成し遂げようとした。
もちろん君は聡明で思慮深い人だったから、見事に願いを叶えた。
私の国土から辺境伯領を失わせ、辺境伯、という爵位を抹消し。
けれど君が何故それを望んだのか、土地と爵位を消滅させることがどういう意味を持つのか、私は退位しようという今になっても知らないままだ。
時々空しくなる。これほど拘っているのは私だけで、君は私のことなど、迷惑な従兄弟ほどにしか考えていないのだろうから。従兄弟、とすら思っていないのかもしれない。利用できる伝手を持った君主、だろうか。君主、とも言わないかもしれない。君の忠誠は私のものではなかった。
私だけが、君に拘っている。
自分でもどうしてこんなに君に拘っているのか不思議に思うこともある。私が王位をついだ原因は叔父にあり、君には何人か弟妹もいるというのに。
けれど私の関心は君にばかり向いている。
君に初めて会った日のことを私はもちろん覚えているけれど、君に会う前から、君の名前を知る前から、私は君のことを知っていた。日毎、夜毎に君のことを想像していた。
私の今いる場所に立っていたかもしれない子供。
私と王位を争うことになったかもしれない子供。
ばからしい、と君は思うかもしれない。叔父が身分を捨てなければ君の母上と結婚することもなく、君が生まれる道理もない、と。
けれど私は子供の単純さでそんなことには気付かずにいたから、知識を得た後でもすっかり癖になってしまっていたんだ。
君は私の「仮定」だった。
私が君の存在を初めて知ったのは、なんと五歳の頃だった。改めて思い起こしてみると、随分昔から、私は君という人間に拘り続けてきたのだ。