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そう答えた瞬間、胸の奥に重さが生まれる。
“毎日一緒にいる”
その言葉が、どこか不安をよぎらせるのだ。
この距離感を、俺がどこまで持っていていいのか。
どこまで踏み込んでいいのか。
いや、踏み込んではいけないという理性はある。
だがお嬢は無邪気な顔で続けた。
「おじさんといると安心するから。ママみたいに怒鳴らないし、叩かないし。話したらちゃんと聞いてくれるし。……家みたい」
その言葉が、俺の胸に深く刺さる。
「家、か」
「うん。ここ、おじさんの家なのに、わたしの逃げ場所みたいで……変?」
「変じゃない」
即答していた。
「ああ、変じゃない。俺は、君がここにいるのが当たり前みたいに思ってるよ」
お嬢は驚いた顔をしたが、やがて柔らかく笑った。
「おじさんって……やっぱり天使だね」
「天使かどうかは微妙だけどな」
「そうだよ。わたしが決めたの」
お嬢がストローを弄びながら、ほろほろと笑う。
俺はその横顔を見ながら、心の中に湧き上がる危ういものを押し殺す。
守りたい。
抱きしめたい。
温もりを確かめたい。
だが、触れてはならない。
これは線だ。
越えれば取り返しのつかない境界線。
俺はレモンのカクテルを飲み干し、息を吐く。
「……なあ、お嬢」
「ん?」
「もし明日も来るなら、レモンのシャーベット買ってこいよ。ふたりで食おう」
お嬢の顔がぱっと明るくなる。
「うんっ! じゃあ、買ってくる!」
「でも、君の家のことは……」
言いかけて、飲み込んだ。
彼女はうつむき、小さな声で言った。
「ママが悪魔なら……おじさんは天使だって、前に言ったよね」
「言ってたな」
「だから、わたし、ここにいてもいいよね?」
返事に迷う理由はなかった。
「ああ。君はここにいていい。何も気にしなくていい」
お嬢の表情がゆるみ、安心を深く吸い込むように肩が下がる。
「……よかった」
「ほら、食えよ。ベーコン冷めちまう」
「うん!」
お嬢はフォークを手に取り、俺もグラスを持ち直す。
レモンの香り。
焼いたベーコンの香ばしさ。
ふたり分の小さな笑い声。
俺の家は、ただの独り身の部屋だったはずなのに。
今ではここに天使が住んでいるみたいに、空気が柔らかい。
もう少しだけ、この夜が続けばいい。
そう願いながら、俺はお嬢の作ってくれたレモンのカクテルを、最後の一滴まで味わった。




