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トリトニアの伝説 外伝3 誕生日の小夜曲(セレナード)

作者: 由美忽子
掲載日:2025/11/26

この作品は「トリトニアの伝説」の外伝です。

第五部 トリトニア交響曲 冒頭の頃のパールの心の内です。

本編もお読みいただけると嬉しいです。


これまでのあらすじ

海人と地上人との混血児一平は人魚のパールと共にようやく故郷のトリトニアに辿り着いた。

旅の間に二人は互いになくてはならない相手であり、何よりも守りたい存在であると自覚するようになっていた。

が、トリトニアに来て一平はトリトニアの王女であるパールには自分はもう必要のない存在だと痛感するようになる。

断腸の思いで別れの言葉を告げる一平に、パールは行かないでと説得し、自ら口づけるのだった。

 ―まだ言うべき時ではないと思っていた。

  まだ、尻尾があったから―


 パールはずっと、一平のお嫁さんになりたいと思っていた。

 一平のことは一目で気に入った。

 すぐ、信頼できた。

 でも、パールはまだ子どもだった。

 お嫁さんと言うのは大人にならないとなれないものだと知っていたし、トリトン族の男子は十四で成人することぐらい心得ていた。

 三つも四つも年上の一平はさっさと大人になってしまったので、なかなか手が届かない。


 一平は素敵だった。

 パールにとって、この世の誰よりも優しくてハンサムで、強くてかっこよくて、時には優しくて…。一平の全てがパールは好きだった。

 その気持ちは素直に一平に伝えていた。

 ことあるごとに、思い出したように、パールは「一平ちゃん、だあい好き」と呼び掛ける。

 その度、一平がどんなにドキドキしているかなど、パールは少しも気づかない。彼がドキドキするような意味を込めて言っているくせに、決して、そうは聞こえないだろうと、他愛もない子どもの甘え事だと受け取っているのに違いないと、パールは安心(?)していた。


 一平がパールと出会う前、好きな女の子がいたかどうかはパールは知らない。訊きもしない。そんなのは聞きたくない。一平のことを好きな女の子ならたくさんいたに決まっている―と、パールは思っていた―ので、わざわざ訊くこともない。

 三年間ずっと一緒だったとは言っても、一分一秒も離れなかったわけではないので、パールの知らない女性関係はなかったとは言い切れないのに、幼いパールはそんなことは思いもつかない。


 ずいぶん早いうちから、パールは一平のお嫁さんになると決めていた。

 一平には無邪気に何でも話してしまうパールがそのことを言わなかったのには理由がある。

 結婚は大人にならないとできないからだ。

 一平は、もう成人してしまったのだから、いつだって、しようと思えば結婚できるのだ。

 だけど、パールはそうじゃない。

 少なくとも十三歳になるまでは無理なのだ。

 十三にならないと、足もない。

 お乳をやるべき乳房もない。

 そんな子どもが一人前の男性に、「お嫁さんにして」と言っても笑われるだけだ。


 一平はパールのことを好きだ。恋愛感情ではないかもしれないが、嫌いでないことは確かだ。大事に思ってくれていることは確かだ。

 帰還の旅に出る前、確かに一平は言った。

 一平のことを好きかと聞かれて頷いたら、「ボクも」と言ってくれた。「パールはボクの宝だ」とも言った。「おまえが大切だ」とも。

 宝と言うのは大切なものに決まっている。だからパールは安心していた。

 嫌われたくないから、何でも言いつけには従うように気をつけた。でも一平はそんな事はするなと言う。

 だから、無理をするのはやめた。

 素直な気持ちで、甘えたい時には甘え、これだけは言わなくちゃ、と思うことは強い調子で言いもした。

 でも、一平の態度は変わらない。相変わらず、いつも優しく、かつ、厳しいのだった。

 そんな一平が、やっぱりパールは好きで好きでたまらない。

 ちょっと離れていると顔を見たくなるし、顔を見れば飛びついて甘えたくなる。ずっとそばにいるんだと心に決めて、パールは一平ひとりを見つめ続けてきた。


 だけど、まだ言えない。

 お嫁さんにしてとは、まだ言えない。

 言う資格もない。

 足が、ないのだから。

 まだパールには、どう逆立ちしたって、赤ちゃんは産めないのだから。


 赤ちゃんはかわいい。

 自分の方こそまだ赤ちゃんみたいなのに、それでもやっぱり赤ちゃんは可愛いのだ。

 いつか自分にも可愛い赤ちゃんが授かってママになれる時が来る。その時傍らには赤ちゃんのパパである男性がいるはずだ。それが一平だといいと思う。

 一平の赤ちゃんをいっぱいいっぱい産みたい。そして一人ぼっちの一平に、山ほどの家族をあげるのだ。

 それがパールの夢だった。

 ひ弱で何の力もない、守ってもらってばかりのパールでも、そのぐらいのことならできる。なぜなら、みんながしていることだから。

 でも、今はまだできない。パールは待ち遠しい。大人になれる日が。

 ただでさえ、人より小さく、成長が遅いのだ。少しは丈夫になったが、きっと同じ年の子の中でも一番遅いのは間違いない。


 大人になったらすぐに言おう。

「お嫁さんにしてください。あなたを愛しています」と。

 断られることもあるとは、まだ考え及ばない。

 少なくともまだ、一平の周囲にパールのその気持ちを脅かすような女性は現れていない。だから、そういうやきもちも、パールはまだ妬いたことがない。

 早く大人になって、結婚を申し込むこと―それがパールにとっての第一段階だった。

 だからそれまでは、何が何でも一平のそばにいなければならない。

 そう思っていたのに…。


「お別れだな」

 そう言われて、パールは目を丸くした。

 一平が何のことを言っているのかわからなかった。

 お別れと言う言葉は知っている。

 でもそれは自分と一平の間には決して当て嵌まらないものだ。

 冗談―ではなかった。

 パールは笑えなかった。

 一平が本気で言っていることを、肌で理解した。


 これは譲れない。

 どんなに一平を崇拝していても、これだけは受け入れることができなかった。

 王女だとか、後継者だとか、変態がどうだとか、半分地上人だとか、仲間外れだとか…。一平はわけのわからないことばかりを言って、パールを煙に巻く。

 でも変だ。

 だからこそ、変だ。

 一平ちゃんは変だ。

 パールが元に戻してあげなくちゃ。


 パールは食い下がった。

 理屈では一平には敵わない。

 自分の気持ちをぶつけるしかなかった。


 どこへも行ってはならない。

(一平のそばを離れてはいけない)


 パールを置いていってはいけない。

(一緒にいなければダメだ)


 どこかへ行ってしまうなら、パールを連れて行くべきだ。

(一平ちゃんの行くところなら、どこへでも行く!)


 大人の人たちや恋人同士がすることを、パールは真似た。

 両親がしているのを見たことがあるし、ムラーラでミラがしているのを目の当たりにした。

 パパとママとなら、パールもしたことがある。あれの長いやつだ。

 一平が逃げていってしまわないように、ぎゅっと手を捕まえ、パールは一生懸命上体を伸ばした。


 目を瞠いて驚きはしたが、一平は避けなかった。ほんのわずかな時間ではあったが、一平は確かにパールが触れて来るのを待っていた。

 誰に教わったんだ、と一平は言った。

 キスは教わらないとできないのかな?と思ったが、してもらったことならあるので、素直に言った。

「一平ちゃんだよ」と。

 夢の中でなら、一平にしてもらったことがあるのだ。

 リアルな夢だったから、その時は本当のことだと思った。よく考えたらそんなことあるはずがないので、今のところ夢だったのかもしれないと思っている。

 それを聞いて、一平はさらに驚いた。だが、パールには想像もつかない理由で慌てているのだとは彼女には読み取れない。


 一平がいればそれでいい。

 パパもママもいらない。

 一平が日本へ帰るのなら、たとえ干からびても一緒に行く。

 必死で、そう告げた。


 一平は口では答えなかったが、行動で示してきた。

 パールを引き寄せて強く抱きしめたのだ。強く、強く、そして優しく。

 一平の体は細かく震えていた。

 パールは一平が泣いているのではないかと思った。

 顔を上げて確かめようと思ったが、できなかった。 でも、嬉しかった。一平の大きな体にすっぽりと包まれて、パールは安心した。

 一平が、それでいいと言ってくれたのだと。トリトニアを出てなど行かないと言いたいのだと、都合よく解釈した。

 一平の腕の中はいつも気持ちいい。快い眠気を誘う。

 パールはいつしか夢の中。


 あともう少し…。

 パールの十三の誕生日はもうじきだ。

 それまでは、なんとしてでも一平のそばにいなくっちゃ。


 一平の身を切られるような決心を、パールはまだ知らなかった。


   (トリトニアの伝説 外伝3 誕生日の小夜曲(セレナード) 完)




子どもは何もわからないわけではありません。

まだ話せないうちから、自分の周りに起こる全てのことを全身で取り込み、理解しているのだと私は思います。

幼いながらも人知れず耐えていることも、望んでいることも、計り知れないほどあるはずです。

パールのように…。

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