雷神
雷鳴轟く雨雲の下、俺は転移した。
鬱蒼と草木が生い茂る密林の中にいて、空を見上げればすこぶる天気が悪かった。雨音は周りの音を掻き消し、しきりに落ちてくる雷は雷光によるホワイトアウトを引き起こし、落雷は轟音を鳴り響かせる。
圧倒的最悪な状況。右も左も前も後ろも、進むべき道がわからない。
「……へへ」
だが楽しかった。
状況はわかっているが、胸の奥が湧き立つのを抑えきれない。
「これだ。これが、冒険!」
危険を冒してでも、心征くまま旅をする。
俺が望んでいたものだ。
さあ、と一歩前に進んだ。ぬかるみに足が沈み込み———真横から巨大な斧が振り下ろされた。
「ッ⁉︎ ———ッ!」
咄嗟に雷を纏って回避するが、斧は俺が着ていた女子用の制服を切り裂いた。上着とシャツを裂いて、下着と素肌が見える。
見れば、斧を振り下ろして来たのは牛のバケモノだった。図体がデカく、筋肉隆々の戦士。ミノタウロスだ。
巨大な腕で捕まえようとしてくる。
「くっ、足場が悪い」
雨で濡れた土が足にまとわりつく。力一杯に地面を踏むと、その分足が沈み込んで動きが鈍くなってしまう。
だから力を込めず、跳ぶようにかわす。
乱雑に振られる斧の攻撃も、なんとかかわせるが……動きが読まれ始めている。長い後ろ髪の先が斬られた。
大きく距離をとって離れる。
「雷のスピードが活かせない……このままじゃ」
何か対策を考えなければならない。
……斧の攻撃は無理だけど、それ以外のパンチやキックくらいなら一撃もらっても耐えられると思う。一撃耐えつつも懐に飛び込んで、腹を切り裂く作戦はどうだろう。
「……いや、待てよ」
雷が落ちて大きな音が鳴り響く。
その瞬間に閃いた。
「……俺は、雷だ」
そうか、それでいいんだ。
俺はダッシュしてミノタウロスに突っ込む。雷を纏った剣で斧を弾き飛ばし、返しに殴って来たのを甘んじて受け止める。
あまりのパワーに体が吹っ飛ばされる。だがそれで良い。
(雷の主戦場は宙)
足がとられるぬかるみが嫌なら、もう地面に立たなくて良い。
念じれば剣を手の中に出現させられるその逆、念じて剣を消す。
そして吹っ飛ばされて先にある木の幹に両腕で捕まり、木の周辺で回転する。モーターのように電気エネルギーを使って俺の体を、木の幹を中心にして回転させる。
猛スピードで回転率を上げてから、手を離す。
「———」
次の瞬間、ミノタウロスの右半身を消し飛ばしていた。
雷を纏った蹴りがミノタウロスの体を貫き、焼き払い、消し飛ばした。俺自身の思考さえも置き去りにして。
思考が追いつかず華麗な着地なんてできるはずもなく、地面に激突してゴロゴロと転がる。別の木の根本まで転がって、そこで止まった。
見ればミノタウロスが光の粒子となって消えていくところだった。
「はは、ははは……あははっ」
楽しい。
嬉しい。
興奮が止まない。
なんだ今の攻撃!すごかったな!自画自賛になるけど、でもすごかった!スカッとした!
「……はは、いいなこの世界」
△▼△▼△▼△▼
消えたミノタウロスが残した斧を貰うことにした。
雷のスピードで宙を飛び、斧で切り裂く。雷と斧の相性は良くて、体の前に斧の刃を構えて飛んでいくだけで相手の体が切り裂かれる。
一回剣でも同じ事を試してみたが、ミノタウロスの斧は重量があって頑丈。高速で突進する戦法において剣は軽くて、体の前に構えていても相手の体に当たって弾かれてしまう。
雷と斧。これで他のミノタウロスやもっとでかいモンスターを倒した。
「しかし思考が雷の勢いについていけてない。もっと頑張れば、斧を構えるだけじゃなくて相手に振り下ろして任意の部位を切り落とすことだってできるはずだ」
さて休憩はこのくらいにしておこう。
雨で濡れて服が重い。さっき斧で斬られた前部分は軽いが、しかし肌が見えてしまってちょっと寒い。
……下着のブラジャーも見えてしまっているし。
「しかし目的地はどうしよう。どこか街とか近くにあれば良いんだけ———」
上から何か落ちてくる。
雷ではない。
咄嗟にその場から飛び退く。
すると自分がいた場所に落ちて来たのは、硬そうな殻に覆われた木の実。大きさは人の頭くらい。
「なんだ?」
空を見上げると、雷雲で見えにくいが鳥の形をしたシルエットが飛んでいるのが見えた。
あれが、俺に向かって落として来たのか。
「と、遠いな……」
落ちて来たのと同じ木の実を、足で掴んで飛んでいる。
そしてまた落として来たのでかわす。
再び鳥を確認すると、落としたはずの木の実を持っていた。
「まさか俺の剣のように、いつでも木の実を生成できるのか」
無限に落として攻撃してくる。
何度もかわすが、反撃しようにも鳥は高い上空から攻撃して来ている。単なるジャンプでは届かない。
魔法使いじゃないから雷を放出して遠距離攻撃もできない。
「モーターみたいに回転してから突進する攻撃も、あれは地上にいる相手にしかできないし……」
……いや、本当か?
本当にできないだろうか。
木の幹を使って回転していたが、今度は木の枝を使ってみることにした。なるべく太くて頑丈な枝を選んだ。
そして縦回転する。これなら上方向に飛べる。
だが問題は……届くか?
「くっ!」
届かなかった。
森を出て、木よりも高く飛び上がることはできたが、鳥の元までは届かなかった。地面に着地したとこらを見計らって木の実が落ちて来て、頭に当たった。
頭が割れそうだ。ぐわんぐわんと視界が揺れる。
「届かない、どうする……!」
木陰に隠れて考える。
難しくなって来た。
同時に、楽しくなって来た。
これが強敵か。考えてみれば今俺がいるパーソナルワールドという異世界は、夏休みを終えた二学期に配られるものだ。
夏休み中は自由に異世界に行けるからその分戦闘経験を得られる。でも俺はそれをすっ飛ばしてここにいる。
だから初日の初心者である俺にとって難しくて当然。強い敵がいて当然だ。
「さて、どうする……」
空に手のひらを掲げる。
鳥のアイツが旋回してこちらを窺っている。
そのさらに上には、雷雲が空を覆っている。
雷雲……雷……。
「……あんな高いところを飛んで、雷が怖くないのか?」
高い場所にいると雷が落ちて来てしまいそうだが、あの鳥は恐れていない。
翼を広げて飛んでいる。
そう言えばさっきから周りに雷が落ちているが、あの鳥には落ちていない。
飛び回って動いているからか?もしかして動き続けることで、雷に当たらないようかわしている?
「……そうか」
つまり、アイツはあそこから木の実を落とすしか攻撃方法がない。
やっと攻略方法がわかった。
立ち上がって、鳥に向かって斧を掲げる。
木の実を落として来た。それを斧で切り落とす。
「俺は動かない、木の実は効かない。さあどうする?」
指で挑発する。
何個も木の実を落として来たが、それらを全て切って捨てる。
悔しいだろう。
ムカつくだろう。
煩わしいだろう。
さあ、どうする?
「ピュイィー!」
鳴きながら、クチバシをこちらに向けて突っ込んできた。
接近してくれるならもうけもの。
だが、奴の落ちてくるスピードは速い。それに攻撃力もわからない。
「だったら全力で行くしかない」
濡れた服が邪魔だ。
上着とシャツを破って捨てて、斧ではなく慣れている剣を構える。
(この格好、いいな)
雷を体に纏うと、何も覆うものがない肌で雷の流れと、熱さと、痛みを感じる。
それが俺にさらなる“雷の強さ”を意識させた。
———一閃。
クチバシが俺に当たる寸前。
神速で繰り出した剣の斬撃が、鳥の体を真っ二つに切り裂いた。
剣に、全身に、帯電する黄金のイナズマ。
「やった……! やった!」
光の粒子になって消えていく鳥のモンスターをみて歓喜するのも束の間。
背後に重い足音が聞こえて来た。振り向けばそこには、巨大な鬼が立っていた。
「ははっ、はっ、いいぜ……来い!」