科学根拠は魔法を成長させる
「大変! 逃げて!!」
ルミノの家。
昨日と同じように彼女と一緒に寝て、起きると家に魔導隊隊長側近ルクスさんが、扉を乱暴に開け放った。
「ルクスさん……?」
「あなたは、ボルト魔導隊の?」
ルミノと2人して眠気まなこを擦りながら起き上がる。
「はやく着替えて! いやもう着替えなくても良いけど、パジャマで外を出歩きたくなかったら着替えて!」
「な、何が……」
「ワケはあと! 早く———」
バチバチバチ、とルクスさんの手が火花を散らして輝いたかと思うと、ドスン!と大きな音が鳴った。
見れば彼女の手から真下に雷が落ちて、部屋の床を焦がした。
「丸焦げになりたくなかったら着替える!」
「「は、はい!」」
訳がわからないままパジャマから普段着に着替える。
俺はいつもので、ルミノは騎士の姿。
「さあ出るよ! ついて来て!」
ただならぬ雰囲気はわかった。
ルミノと顔を見合わせてから、走って行くルクスさんを追いかける。
「ど、どうしたんですか? なぜルクスさんがここに?」
「なんで監視に魔導隊が任命されたのか! それがわかったからよ!」
「それって一体」
「ライコを拾ったのが騎士団の副団長だから! 上層部は騎士と魔導に軋轢を生むために……!」
「なんですって⁉︎」
ルミノが驚愕して立ち止まる。
路地裏を突き進んでいたルクスさんが叫ぶ。
「いいから早く! 街の外まで行くには距離が遠すぎるから、街の“裏”にとりあえず逃げ込む!」
「わからない! なぜ騎士団と魔導隊が……それに、裏って裏社会のこと? それはダメ! 私達は騎士団なのよ!」
「そんなこと言ってる場合じゃ……」
「どんな場合でも! 国のみんなを裏切ることはできない!」
「……副団長、いい? 覚えておきなさい」
ルクスさんがルミノに詰め寄る。
「大きくなった国は暇を持て余す。社会の自由が際限なく膨らんだ結果、内輪揉めに発展したのよ」
リバティ……。
昨夜酒場の主人から言われたことだ。
街の端から端まで行くには、弁当が必要な遠足になるほどの距離があると前にルミノから聞いたっけ。それほどまでに大きくなった国と街には、争いが少ないのだろう。だから争いを求めて……。
「俺をダシに?」
「そうよ。私達ボルト魔導隊は、魔法を取り扱う機関の下っ端でしかない。もっともっと上の、魔導大隊が動き出したの!」
「もっと上の……」
「あなたを、火種として殺すために!」
———それはちょっと違うなぁ、ルクス。
突然、背後から男の声が聞こえて来た。進もうとしていた路地裏からローブを身に纏った数十人もの大人たちが現れた。
「ただ、殺すのではない。戦って学ぶのだよ」
「あ、あなたは大隊の四番隊所属の隊員……」
「よく覚えていたね。魔導大隊総勢50万人以上、それを番号振って分けた各部隊の隊員個人の顔を覚えているとは。真面目だね、相変わらず」
ルクスさんを知っているような口ぶりの男は、俺に目を向けた。
「お前がイナカミ・ライコだな。そこのルクス殿が勘違いさせるようなことを言ったようで、申し訳ない」
「勘違い……?」
「君は実験資料として我々魔導隊が預かることとなった。別に争うつもりはないさ。だって順序を考えてみてよ」
男は話している間、ずっと落ち着いている。
「君が騎士団に入るなんて誰が想像できた? それより前にボルト魔導隊には監視の任務を命じていたんだから、誰も予想してるわけないよね」
「騎士団と争うのは想定外?」
「そうさ。ま、副産物としてもし争うのなら受け入れるつもりだ」
男の手が突然燃え盛る。
炎を手から放出して、天に舞い上げる。
「戦いの魔法は戦いでしか成長できないからね。戦う機会は多いに越したことはない。そして———」
「今の炎は! 何かの合図……⁉︎」
ルクスさんが焦っている。
天に打ち上げた炎は、狼煙の代わりってことか。
「逃げるわよ!」
「もう遅い」
男たちが現れた方とは逆に逃げようとした。
だがそちらからも人がゾロゾロと現れた。
前と後ろだけではなく、四方八方、さらには建物の屋根の上にも沢山のローブを着た人たちが現れた。
完全に取り囲まれている。
そして……大勢の魔法使い達の中から、神輿に担がれてでっぷりとした中年の男が現れた。
「———そこの異世界人はとても素晴らしい魔法の成長を促すはずだ」
そう語りながら現れた男は、豪華な衣服を身に纏っている。
神輿に乗っているし、明らかに周りにいる人たちとは風格が違う。
「う、うそ……⁉︎」
「まさかあなたまでもが出てくるなんて……⁉︎」
「ふ、二人ともあの人は一体?」
ルミノもルクスさんも驚いている。
直前に現れたローブの男を見た時と反応が段違いだった。目の前にいる男を恐れている。
「あれは……魔導大隊四番隊隊長、“大物”の異名を取り、最大規模の魔導隊を率いる大ボス……」
「クラウンゼブラ様……!」
二人の動揺は激しい。
それほどまでの相手だということ。
「……のお、マックス。なぜそこのボルトの者はソイツを逃がそうとした。わかるか?」
「いいえ、それなりに知ってる相手ですが彼女がなぜこのような行動を取ったのかわかりません」
最初に現れた男はマックスと呼ばれていた。
俺たちを挟んで、クラウンゼブラという隊長と話している。
「そうか。なら後でボルトの隊長に聞くか」
「ウルラシア様が絡んでいると?」
「だろうよ。んで」
ぬとっ、とした粘っこい視線で神輿の上から俺の全身を見つめてくる。
「わからないって顔だな。仕方がない。もうすでに街中で騒ぎを起こしてしまって、市民の皆様に申し訳が立たない状態。そこにいる副団長と、家の中から聞いているであろう市民の方々に説明する意味合いも兼ねて———説明してやろうかの」
堂々と、悠々と、雄大な男は語り始める。
「皇帝陛下からの命だ。イナカミ・ライコ。貴様を我ら魔導大隊で預からせてもらう」
「ま、待ってく」
「口を挟むな!!!」
ルミノが間に入ろうとしたが、雷の如き怒号に止められた。
一度は身がすくんで怯んだルミノだったが、しかしそれでも俺の前に立ってくれた。
「だ、だ、ダメです。彼女は我々騎士団が預かって」
「……はあ〜、まあ待て。わかった。わかったから、もう少し話を聞け」
ルミノの息を呑む音が聞こえる。
彼女の体が震えているのが、背中側からでもわかる。
ルクスさんに関しては固まってしまっている。
「陛下が申すには、そこのイナカミという奴は“科学”が発展した世界から来たとのことだ」
「科学? そ、それがなにか」
「この街にも科学がある。だがソイツは、この街の何千倍もの科学の発展をした世界から来たんだと」
ゆったりとした腹を持ち上げ、神輿の上で立ち上がるとクラウンゼブラは笑った。
「それは我ら魔導隊に取ってもっとも得難い価値なのだ!」
ど、どういうことだ?
俺には理解できない。
魔導隊とは魔法使いの部隊で、科学とは無縁なんじゃ……。
「わからんか? わからんよな? なら、教えてやる。魔法とは———説明できたら終わりだ」
「え?」
「科学的根拠によって説明ができ、そしてそれが誰かに納得されれば、もう魔法は魔法としての価値を失う。魔法とは、不可思議なまま、透明で掴みどころがなく、とにかく幻想的でなくてはならない」
悠然とした男は再び座り、身を乗り出す。
「魔法とは夢を叶えるものなのだから、科学という“しがらみ”に囚われてはならん」
「……………」
呆然と立ち尽くす。
理解は、できない。
理解させようとしてないのだから当然だろう。
だがそれでいいのだ。
それでも俺は、納得したのだから。
理解はできずとも、彼の言葉には“魔法”があった。
「そこでイナカミライコの知識が必要だ! 現実をよく知れば夢の内容がより面白くなる! お前がいれば我々はもっと科学を知れる! 魔法の弱点である科学をより深く知ることができる! だからお前はこの国の魔法文明の発展のため、礎のため、我ら魔導大隊が預かるというのだ! わかったかソルト騎士団副団長!」
「ッ! ま、まだ、です! まだわからないことが二つあります!」
「……なんだ」
「まず、これは皇帝陛下の指示なのですか⁉︎」
「ああ。直々のな。魔導隊の魔法の実力を向上させるため、と」
あっさり答えられてルミノはショックを受けていた。
今の俺と似たように呆然と立ち尽くす。
「どうした。質問がないのなら、ソイツは貰って行くぞ」
「い、え……最後の質問、ライコを殺すのですか?」
「場合によっては」
それを聞いた瞬間ルミノは力を取り戻して、剣を引き抜いた。
クラウンゼブラの目がギラリと光る。周囲を取り囲む魔導隊が一斉に、杖や魔法を発動させるための手のひらを構える。
「なんのつもりだ?」
「……っ、わからないから!」
「なにが?」
「陛下の真意がわからない! どうして騎士と魔導を争わせる火種を作ろうとするのか⁉︎ なにより、ライコは騎士団の団員! 私が守らないわけがない!」
大勢に取り囲まれる中で、俺を守るたった一人の騎士。
………。
雷は、逃げない……か。嵐山君、だとしたら俺は雷ではないかもな。
どこまで行っても俺は“しがらみ”から逃げたいって思ってる。
酒場の主人から言われた忠告も無視しちゃうな。
でもいいか。
俺の中にあるものが“動け”と言っているのだから。
「……? ら、ライコ……?」
ルミノの肩に手を置いて、横にどかす。
どんな顔してただろう、見てないからわからない。
彼女の方を見ないようにして、前に出る。
「ちょっと! ライコ、あなた何して……!」
答えない。
ただ、眼前にそびえる大男を見上げた。
「アンタ、クラウンゼブラって名前なんだよな」
「正確にはクラウンゼブラ・マグロニカ・ハーレ、だな。殊勝な心がけ、これから従う相手の名前はきっちり覚えておくと言うことか」
「いいや、アンタらの元にはいかない」
「ふぅん、それならどうする」
「突破する」




