トルゼノオの皇帝
———雷は逃げない。
嵐山君の言葉が頭に張り付いていた。
「あら、答えにくい質問でしたかしら」
目の前に美しい令嬢と、青いふわふわヘアーの女性が座っている。
ボルト魔導隊の隊長ウルラシアさんと、側近のルクスさん。
「えっと……」
この世界から戻る前にしていた会話が、そのまま続いている。
あの後元の世界で色々あったから何を話していたのか忘れてしまった。
えっと確か……あなたは異世界から来たよね?と聞かれたんだっけ。
「い、異世界って言うのは?」
「ん? んー……」
ウルラシアさんは少し考える仕草をした後。
「……そうね。この世界とは違う世界かな」
「その様子だと確信を持って質問したようではなさそうですね」
隣に座るソルト騎士団のフェザー団長が指摘する。
考える素振りを見せて、言葉も歯切れが悪い。
つまりウルラシアさんは異世界がどう言うものか知らないで質問して来たと言うこと。わからないのに聞いてくる……?
「人伝に聞いた単語のようですね。さらに言えば、先ほどの質問も誰かから言われた知恵ですね」
「んもう、フェザー様には隠し立てが出来ませんね。そうです。カイコ様が異世界から来た人だと言うのは、皇帝陛下がおっしゃっていたことなのです」
「皇帝陛下?」
……そう言えば。
この世界の街に来てからずっと耳にしているが、皇帝陛下ってどんな人なんだろう。
街のどこからでも見えるという高い塔に住んでいると、ルミノから聞いたけど。
「フェザーさん、皇帝陛下ってどんな人なんですか?」
「どんな、と聞かれても皇帝陛下は皇帝陛下だけど。人となりが知りたいってこと? それとも同じ雷神の子としての話が聞きたいとか?」
ずっと俺に向けて言われてるトールオブキッズってのがなんなのかよくわからない。聞いても意味はなさそうだ。
だから聞きたいのは人となりだ。
「人となりか、わかった。陛下はとても頭が良くて、雷の魔法を使わせたら帝国最強。さらには美貌も帝国一番」
最強で一番美人か。
「それと、不思議な術を知っていて、他者と融合することができるらしい。それで現在はエルフと融合して長寿の命と高い知性、とびきりの美貌と豊かな胸と長い耳を得ているとか。まあ私は耳の長い陛下しか知らないから、融合したとかが本当なのかどうかわからないけどね」
「でもわたくし達が産まれるずっと昔から皇帝陛下は皇帝陛下でしたわ。この国の豊かな繁栄も、彼女がずっとトップにいるからだとも言われていますわ。だから知性の高さと、寿命の長さは事実ですの」
不思議な噂があるんだな。
融合とか、ちょっと恐ろしいな。エルフの元の人格がどうなってしまったのかとか、皇帝陛下の性格もどうなってしまっているんだろう。
「それで……性格は、超常的というか、何を考えているのかわからない。街の中のことならなんでも知ってるから、まるで神様みたいだとも言われている」
「なんでも知っている、ってどういうことですか?」
「花も恥じらう乙女のお尻のアザの形も、ハナタレ小僧がくしゃみした時近くの壁に鼻水を付けてしまった事も、夫のへそくりの隠し場所も、妻の浮気相手も、ドワーフのヒゲが禿げ始めた時期も、エルフの耳にトンボが止まった日も、竜人の尻尾に水飴がかかって公園で友人と話している間にアリにたかられた事も、街で起きた事ならなんでも知っている」
「そ、それは……」
細々としたことも把握してるのか。
きっと俺のことも知られているんだろう。
だったら俺が異世界から来た事も知っていて、それをウルラシアさんに教えたのか。でも、おかしいな。
「なんでそんなに知っているのに、ウルラシアさんに俺の監視を命じたんですか? 知ってるなら監視する必要ないのに」
「まだあなたの全てを知ったわけではないと言う事でしょう。でも魔導隊から監視の任務を解いたと言う事は……」
「全てを知った、ってことですわね」
ニコニコと笑っているウルラシアさんの心の内はわからない。楽しそうに見えるし……どこか、つまらなそうに見えた。
つまらなそう、って言うのはもしかして。
「ウルラシアさんは任務を終わらされて、納得いってないんですか?」
「あら。まあそうね、突然あなたの監視を命じて来たかと思えば、さっき突然任を解かれたから。そもそもなんで感じの役目を魔導隊に命じたのかも不明なままなのよね」
「不思議な事なんですか?」
「……監視の仕事なら普通、諜報部とかに頼むでしょうね」
ずっと静かに窓を眺めていたルクスさんが愚痴るように答えてくれた。
「なんで魔導隊だったのかしらね」
魔導隊にも“しがらみ”があるんだなぁ。
上からの命令の意図がわからないって、すごく不安だろうな。
「フェザーさん、皇帝様の名前って」
「ルキナ・トラロック・トルゼノオ。トルゼノオ帝国の建国者で歴史上たった1人の皇帝」
「カイコ様、もう一度同じご質問をしてもよろしいでしょうか?」
この国の皇帝の名前を聞いたすぐ後に、ウルラシアさんがうやうやしく言葉を挟む。
「あなたは異世界からやって来たのでしょうか?」
「ウルラシア様、その話はもうすでに終わったものだと思いましたが」
「何をおっしゃいます、フェザー様ともあろうお方が。はぐらかし、誤魔化し、正当化、あらゆる話題の逸らし方があれどどれも一貫してあるのは、真実」
純白の手袋をしたしなやかな指で、さされる。
「異世界から来たかどうか、その真実は明かされておりません」
「あ」
「待って」
圧力に負けて答えようとした所を、フェザーさんに止められる。
「……違う、と言っても引き下がらないでしょう?」
「違わない根拠が数多くあるので仕方ありませんわ。問い続けるしかありません」
「そうだ、と言った場合は?」
「フェザー様は何を気にしてらっしゃるのかしら。わたくし如きがカイコ様の素性を知って、何ができると言うのかしら。わたくしはただ、自分の任務の真実を知りたいのですわ」
フェザーさんはどうしてこうも俺を庇ってくれるんだろう。
さっき……俺的には一日経っているのだが……この世界ではさっきと言う時の間に、フェザーさんは俺の素性を疑っていたはずだ。
なのに今は俺を庇ってくれている。
「……フェザーさん、大丈夫ですから。俺が自分で答えます」
「ライコ……」
「ウルラシアさん。俺は、ただ逃げてるだけです」
雷は逃げない。
またあの言葉が頭の中に響く。
「どんな世界でもきっと、俺は逃げ出す。しがらみから、自分の心の空洞からも」
「……心の空洞、というのは?」
静かに聞いていたウルラシアさんではなく、ルクスさんから質問される。
俺は自分の胸に手を置く。
「俺はずっと、心の中にぽっかりと空いた穴があった。穴が空いたまま、ここに来ました」
「そう」
「うふふ、そうですか。異世界からいらしたとしても、どこまでも人間のようですね。あなたは」
ルクスさんが短く答えて、ウルラシアさんが安心したように微笑んで納得してくれた。
ウルラシアさんはフェザーさんと俺に礼をすると、立ち上がって帰って行く。ルクスさんもそれについて行くが、酒場から出る前に俺の方を一瞥した。そして静かに立ち去った。
「ライコ。私は少し皇帝陛下周辺を探ってみる」
「探る?」
「何かある、確実に。それじゃあ……ここの支払いは私のツケでいいから、ゆっくり楽しんで」
フェザーさんも出て行った。
楽しむ、と言われても何もすることがなくて俺もすぐに酒場を出た。
「……待て、ルミノの連れ」
「はい?」
出ようとした所で、カウンターから酒場の主人に声をかけられた。
足を止めて振り返ると、ずっと変わらない表情のまま主人は。
「自由を望むのは結構だが、行き過ぎた自由は欲望を暴走させる。理性で止められないほどにな。お前はきっと、野生の自由ではなく社会の自由でないとダメだ。首輪がないとダメだ」
「首輪……」
「忠告しておく。ソルト騎士団とルミノから離れないことだ」




