火村と嵐山
「……ガハッ! かはっ! けほッ、げほ!」
「終わりだ。海郷」
倒れて咳き込む海郷は、対戦相手を見上げる。
腕時計からアナウンスが鳴り響き、火村鳳仙の勝利を告げた。両者の姿がその場から消える。
そして次の瞬間には理事長室のソファーに座っていた。
目の前には机を挟んで向こう側に、嵐山が座っており、転移する前にいたはずの稲神の姿がどこにもなかった。
「勝ったのは火村君。これで火村君と嵐山君が一勝だ」
「そうですか……」
後光差す窓際に座る理事長の報告を聞きつつ、部屋の中を見回す。
火村の隣には海郷が座っていて、彼はすぐに立ち上がって部屋を出て行った。火村の方を見ようともしなかった。
「ついさっき稲神君も出て行った。彼らのことは落ち着くまで放っておいてほしい。それで……」
一人分のスペースを空けて、嵐山の座っているソファーの隣に黄土が現れた。
「すまないね黄土君。急に呼び戻しちゃって」
「あ、はい」
理事長によって元の世界に帰らされた黄土は驚いていたが、落ち着いてから返事を返した。
「ちょっと嵐山と話していいですか、先生」
「ああ。こっちも黄土君に話があるから」
「えっ? お、俺にっすか?」
理事長は黄土を連れて部屋を出て行った。
火村はテーブルに腕を置き、身を乗り出して嵐山と話す。
「なあ、勝ったんだな」
「予想外って言いたいんだろ」
「そんなことはない。で、どうだった。〈雷神〉は」
「強かった。もし最初から本気でこられてたら、勝てなかったと思う」
「本気じゃなかった……もしかして本当に、稲神は人と戦うのが苦手なのか」
「あ、気づいてた?」
「まあな。俺とお前は似てるところがある。お前が気づくことには大体俺も気づいてる」
背もたれに体を預けて、火村は天井を仰ぎ見る。
「稲神雷狗、うちの学年のエースだ。わかるだろ?」
「ああ。戦いの最中その愚痴をぶちまけて来た」
「へー、どんなこと言ったんだよ」
体勢を戻して再び身を乗り出す。
対して嵐山は口元で笑いながらも、どこかつまらなそうだった。
「別に。俺とお前は何が違うー、とか」
「一回アイツと行動を一緒にしたことがある。アイツは、純粋なんだよ。そういやおもしれー話がある、知ってるか? アイツ昨日火の町で新しい武器を手に入れたとたん、超強いドラゴンの噂を聞いて火山の中に乗り込んだんだぜ」
「純粋、ね。無謀に思えるけど」
「俺と町で別れてすぐだった。そんで、ドラゴンの幼体にやられた。アイツも、そんで俺も」
「? 火村もドラゴンに挑んだのか?」
「……まあな。アイツの後追いにしかならねーけど」
再び背もたれに体を預けて、顔を背けて扉の方に向けていた。
ちょうどその時、理事長が戻って来た。後ろに黄土、海郷、そして稲神を連れて。
「さて、改めて『五界神対戦』について説明しよう。なぜ、この五人で戦ってもらおうと考えたのか」
窓際に理事長が立って、語り始める。
黄土が火村の隣に座り、その隣に稲神が座った。向かい側には嵐山の隣に海郷。
「それは君たちの成長を促すためだ。君たちはこの学年で最強格だ。実力もそうだが、異世界での進歩も君ら五人が頭一つ抜けている」
(頭一つ、ね)
火村は稲神に目を向ける。負けた悔しさから顔が歪んでいる横顔。
本当に頭一つ抜けているのは五人だろうか。
この五人から、さらに一人抜けている奴がいると思う。
嵐山も稲神を見ていたようで、目を戻す途中で視線がかち合った。すぐに視線を理事長の背中に戻す。
「知っての通り、“冒険科”を取り組んでいる学校は全国にあり、時期が来れば他校と勝負する大会の機会が訪れる。本当は二学期まで、A2E2世界で世界の理解と戦闘の基礎を鍛えてもらうつもりだったが……君らは例外だと考えた」
「どういう風に例外なんですか。ただ単に、コクーンエデンって街に到達したのがこの五人だからって訳ですか」
火村の質問に、理事長が答える。
「それも一つの判断材料だ。しかしもう一つ、パーソナルワールドの与える負荷に、耐えられると判断したからだ」
「負荷?」
「新しい異世界に行く緊張感や、ドキドキやワクワク、恐怖や不安のことだ。心の負担を増やすと、A2E2世界での活動にも支障が出ると考え、パーソナルワールドを渡すのは二学期までとしていた。しかし君らは他の生徒とは違った、新しい異世界の体験に耐えうる精神力がある」
「だから学年で俺らだけにパーソナルワールドを?」
「そうだ。そして君たちは他校との大会のため、一段階上に昇ってもらいたい。そのためのフィフスキングダムだ」
理事長がデスクの椅子に座り、肘をつく。
そして黄土に目を向けた。
「この後、再びA2E2に飛んでもらおうと思っているが、その前に君たちには向こうの世界で一日だけパーソナルワールドに行ってもらう」
「「え?」」
黄土以外の四人が疑問符を浮かべる。
すぐにA2E2で対決を続けるのではないのか?
なぜパーソナルワールドを挟むのか?
四人はわからなかったが、黄土は渋々と言った感じで頷いていた。
(黄土のやつ、さっき離席した時理事長に何か言われたのか?)
火村はそう考察した。
「気分転換という理由もある。しかしもう一つ、君たちには———仲間を作ってもらいたい。そしてその仲間にもフィフスキングダムに参加してもらう」