風神雷神
パパッ、パッ、パッ、パッ!
嵐山風雅の周囲で稲光が瞬く、そして。
ギャルギャルギャギャギャッ!!
その瞬きから剣が伸びて来て切り裂いてくる。それを剣で防ぎ、防ぎきれない方向は風を纏ってガードする。
一瞬のうちに四方八方から無数の攻撃が飛んでくる。
「ぐ……こ、これが、〈雷神〉、か……!」
ギュルルルッ、と風雅の周囲を走り回り、雷光と共に攻撃しているのは稲神雷狗。
速さで撹乱し、パワーで襲う。
攻撃の瞬間に稲光が瞬き、音を置き去りにして剣が振り下ろされる。守るのでやっとだった。
「ここまで、とはな……」
△▼△▼△▼△▼
五界神対戦が発表されてから、翌日。
さっそくA2E2世界で開催された。ルールはこうだ。
まず参加者は五人。火村鳳仙、海郷龍斗、嵐山風雅、稲神雷狗、黄土伏峰。五人は異世界の道端で相手と出会った瞬間に、対決が開始される。
スタート地点は最初の街WE、ここで戦闘の準備を行う。準備を終えると剣士の町への道と、魔法の町への道を選択する。
その道の途中で出会った相手と戦う流れになる。姿が変わっていて見分けがつかない場合でも、相手と出会った時に腕時計から合図が鳴る。
誰と戦うかは運次第。最終的に勝ち星を四つ集めれば優勝である。
(優勝者には———)
新しいパーソナルワールドがもらえる。
だから俺は棄権はできなかった。
「———それで、最初の相手が同じクラスのお前だとはな」
「…………」
剣士の町へ続く道で、稲神雷狗と嵐山風雅が遭遇した。
互いに腕時計から聞こえる合図を聞かなくても相手がわかる。
ボサボサの金髪に、露出度の高い格好をした少女が稲神。
茶髪のツインテールに、ホットパンツを履いた方が嵐山。
「一つ、聞いておきたい事がある」
鉢合わせから数分間、見つめ合っていた。
静寂を破ったのは嵐山。丸腰で、凛と立っている。
稲神は冷や汗を垂らし、うわずりながら返す。
「な、なに?」
「理事長からフィフスキングダムの話が上がった時、お前は嫌そうだったな」
「………嫌、と言うより、苦手なんだ」
「わかるよそれは。人を傷つけるなんて苦手に決まってる。だが、初日で一番の進行度だったお前はモンスターを何体も切り伏せて来たはずだ。戦闘力は高いはずだ」
「モンスターを倒すのに苦手意識はなかった」
「そうか」
目を伏せたかと思うと、次の瞬間には剣を取り出して手に持ち、稲神に向けてくる。
慌てて稲神も剣を構えた。
「や、やるの?」
「一番つまらない展開を教えてやろうか」
「つまらない、展開……?」
「本気で取り組まない相手を、打ちのめす展開だ」
ドンッ!と嵐山の足元で爆発が起き、突進して来た。
速い!
咄嗟に剣を盾にして守る。ガキィンと剣が打ち合い、金属音が鳴り響く。
互いの剣を挟んで、二人の顔が近づく。
「さあやる気を出せ! お前の目的は、新しい異世界なんだろ!」
「っ……そう、だ!」
稲神の力が込もる、押し返す。
「くっ! パワーはお前が上、か……だが!」
嵐山は押される反動を利用して、後ろに大きく飛び退く。
そして体の周囲に緑色の風を纏った。
「その風は一体……? 剣士タイプは纏うことしかできなかったはず。なのに、体から風が放出されているような」
「お前の雷と同じさ」
「いいや違う。俺の雷は、そんなに体から離れていない。全身を巡る雷と違って、君の風は……」
「つむじ風と同じように、風を回転させながら吹かせている。回転させているから遠心力によって外側に広がって、その分風属性の効力範囲は広がっている」
「風属性の効果は……」
「防御性能!」
またも突進してくる。
さっきより速い!靴の下に風を纏わせる事で突風を発生させ、体を押し出しスピードを上げてきた。
再び剣でガードしようとする。
だが、驚くべき事が起きた。
「は、弾かれた⁉︎」
嵐山が突き出した手のひらに、風が吹いていて、それが勢いよく稲神の剣を吹き飛ばした。
剣が手から離れないように掴むので精一杯だった。
手が弾かれ、ガラ空きになった腹部に嵐山の剣が迫る。
「もらった! っ!」
ガキィン!
剣を持っている方とは別の手から出現させた『天狗の雷斧』で嵐山の剣を防いだ。
重量のある斧は、風で吹き飛ばされなかった。
防がれたとわかった嵐山は、剣に纏った風を強めて、稲神ではなく自分の体を後ろに吹っ飛ばした。大きく距離を取る。
「それがお前の武器か」
右手の剣を消して、両手で斧を持ち直す。
刃と持ち手の根本を掴んで体の前で防御の体勢で構える。
「……」
ドンッ。
嵐山が音を出して走り出したかと思うと、稲神まで真っ直ぐ進むのではなく、右斜め前に出た。かとおもうと。
ドンドン!
左斜め前、大きく右斜め前へとジグザグに進んで来て、稲神に迫る。
惑わされた稲神は慌てて向かってくる方に斧を構え直す。それに一度剣を当てた後、体を翻し、違う方向から剣を突き出す。
「グッ⁉︎ くっ!」
左脇腹が刺された。
斧の持ち手を振り回して、嵐山を離れさせる。
「い、痛い……」
皮膚が削がれ、肉がえぐれ、血が噴き出る。
足元に赤い地図が広がっていく。
左足から力が抜けて、膝をついてしまう。涙も出て来た。
「まだ行くぞ!」
「ッ!」
嵐山が向かってくる。
斧を持ち上げようとしたが力が入らない。左手に剣を出現させて、防ごうとした。
しかし剣は風で地面の方向に弾かれ、飛び上がった嵐山の振り下ろされた剣が左肩に突き刺さる。
「ガアアアッ!」
「どうした! こんなものか!」
刺した剣を嵐山が引き抜いたのスキに、足に電気を纏わせて無理やり足を動かし、飛び退いて距離を取る。
(一旦、逃げるしか!)
雷で腕を動かし、斧を地面に思いっきり振り下ろす。
土や石が周囲に飛び散る。
思わず顔を覆った嵐山が次に目を開けると、稲神の姿はどこにもなかった。
「逃げた? いいやまだ近くにいるな! どこだ!」
(ど、どうする……!)
隠れた木の裏から嵐山の様子を窺う。
逃げようにもこの傷では不可能だ。
だがこのまま出て行っても負けるだけだ。
「……稲神! いいか聞け!」
(……?)
「俺はおととい、悔しかったんだ! 最初の街じゃ一緒にいて、剣の町でもほとんど同じ足並みだったはず! なのにいつのまにかお前は一歩も二歩も先にいた!」
街に先に到達していた。
パーソナルワールドを貰ったのも、稲神が先だった。
「俺とお前は何が違う!」
(そ、そんなこと言われても)
稲神にもわからない。
ただ稲神は突き進んでいただけだ。時間も、速さも、距離も、何も考えずにただただ進んだだけだ。
何かを意識していたわけではない。
言えることは一つ。異世界で冒険がしたかっただけ。
(今だってそうだ)
こんな同級生のクラスメイトと戦うなんてしたくない。
新しい異世界に行ける機会があるから参加しただけで、本当はやりたくない。
もっともっと広い世界に飛び出したい。新しい発見を沢山して、綺麗な景色とか美味しい食事とか楽しんで、危険なことも日記のネタになるくらいの冒険を……。
「わ、ワガママなんだろうなぁ……」
「そこかっ!」
愚痴がこぼれて聞かれてしまった。
嵐山は地面に風を纏った剣を突き刺し、その風の勢いで小石を巻き上げ、剣を振ると同時に石を飛ばした。
慌てて稲神はその場から転がるように逃げる。稲神がいた場所に、石が飛んで来ていた。
「やる気のないやつは、さっさと退場しろ!」
剣を構えて迫ってくる。
「や、やる気がない……だって!」
言われて頭に来た。
腹の中に熱いものが噴き上がった。
瞬間、モンスターと戦い続けて、体に刻み込まれた戦いのセンスが目を覚ました。
気づいた時には嵐山の体を空高く吹っ飛ばしていた。右手に持っていた斧を振り上げて、嵐山の剣に当てて、剣ごとぶっ飛ばした。
「や、やるな……っ! このっ!」
空に吹っ飛ばされた嵐山は、風を操作し、空中で体勢を立て直す。
剣を回し、頭の上に掲げ、背中まで伸ばす。
そして背後から突風で体を押し出し、飛び込む。
「“唐竹疾風”!」
真下で待ち構える稲神。
左半身がまともに動かない。
だったら。
「俺は雷、主戦場は宙!」
斧を地面に叩きつけてその反動で飛び上がる。
空から落ちる突風と、地上から飛び上がる雷。自然ではあり得ない、見事な真反対の位置関係と構図。
稲神は右腕だけで斧を振り上げる。
「おおおおおーー!!」
「ぶった斬れろおおおー!!」
斧と剣がぶつかる———!
雷が吹き荒れる風に当たり、空中で広がり、花火のような輝きが発生した。
天を明滅させ、地上に雷が降り注ぐ。
空中でのぶつかり合いで、互いに力を込められたのは武器を振った時。力が強いのは稲神だが、左腕が使えない分パワーがなかった。結果、嵐山の体を少し押し上げたのちに両者地面に落下していく。
「がはっ!」
「———ぐあっ!」
一瞬遅く嵐山が落ちて来た。
稲神の攻撃の威力によって打ち上げられた嵐山は、より高いところから落ちて来たため、落下のダメージが大きかった。
さらに左腕が落ちた際に、自分の体と地面に挟まれて大きなダメージを受けてしまう。左腕が動かない。
(斧が、重い……)
稲神は、重量のある斧をもう持ち上げられない。
斧をしまって、剣を取り出す。
「はあ、はあ、はあ……」
互いに起き上がって、剣を構える。
「本気がいいのか。だったらもっと、本気になってやる……!」
稲神が走り出す。
速い、嵐山よりも遥かに速く、そして地面を抉るほどのパワーがあった。
咄嗟に剣で稲神の攻撃を防いだが、次の瞬間には嵐山の目の前から稲神の姿が消えた。確かに剣で防いだ衝撃はあったのに、稲神の姿は消えて、代わりに黄金のイナズマだけが残っていた。
(どこに……⁉︎ 左!)
剣で防ぐのは間に合わない。
左半身に押し返す強い風を纏って、迫って来ていた剣を押し返して防いだ。そして剣が伸びて来た方を切るが、残り香のようのイナズマにしか当たらず、空を切る。
(は、速い———!)
ゾッとする危機感を覚えた。
咄嗟に体全体に風を纏って防御体勢になる。
その一瞬後に、五回もの剣撃が打たれていた。前、後ろ、右、左、そして回ってまた前から。
四方八方から斬られる。
「強い———!」
周囲で稲神が光速で走り回っている。
彼が剣を振るたび、稲光が瞬く。
地面を削りながら走っていて、ギュルギュルと人が出していい音ではない音で、嵐山を単身のみで囲んでいる。
「〜〜〜! オラァアアアアアアア!!!」
「ッ⁉︎」
このままではジリ貧。
嵐山は全方位に突風を巻き起こし、光速で動く稲神を吹き飛ばした。
「“雷奔”———!」
吹っ飛ばされた先で、またも走り出す。
だが嵐山も走る体勢になっていた。
「そこから、ここまで、一直線で来るだろ!」
近づかれたらまた周囲を走り回られる。
だから嵐山から近づく。
互いにトップスピード。
剣を構える。
接触は———すぐだ。
金属のぶつかる音。
交差する位置。
一閃の剣筋。互いに相手を通り過ぎ、止まる。
……。
………。
…………。
静寂。
「……!」
ブシャア!
稲神の右肩から切り裂き傷が開き、血が噴き出る。
「ぐ……!」
嵐山の右肩からも血が噴き出る。
互いに剣を落とす。
そして体から力が抜けて……。
ドサッ。
先に倒れたのは稲神だった。
嵐山は一度踏ん張って堪えて、振り返って稲神が倒れているのを見ると、微笑んでから———彼もまた倒れ伏した。
『勝者、嵐山風雅!』
腕時計から無機質な結果発表が聞こえて、そして二人の体は消えて行った。