ベテラン騎士の提案
「みんな優しい人なんですね」
酒場から出て、また少しの間商店街を練り歩いていた。
人気が少ない路地に来た所でずっと思っていたことを言った。
「ルミノさんも含めて」
「ええ、みなさんとてもお優しい方々で、私はこの街で育ちました」
剣の柄を撫でながらルミノさんは微笑みながら語る。
「私は他の騎士達と違って平民の出身です。実力を認められて、皇帝陛下からも直々に可愛がっていただき、副団長に就任すると街の人たちは祝ってくださいました」
いつくしむ様に話している彼女は、次に申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
「そんな大切な人たちを守るために私は仕事をしています。なので、こうしてあなたを……」
「いいえルミノさんは何も悪くありません。悪いのは俺です。だから……」
部外者は立ち去ろう。
今日、ルミノさんと過ごしてわかった。
俺は、最低だ。自分のやりたいことのために、彼女に責任を負わせてしまっている。嘘をついて、ここまで働かせて。
「雷の森……名前は確か、ボスコドンナでしたっけ。あそこに戻ってみます」
「え? ……あなた一人で?」
「はい。もう俺がこの国の人間でないことは承知のはず、ですから」
腕を掴まれる。
「ダメですね。まだあなたがこの国に害を及ぼすかどうかわかりません。まだあなたの危険性は、わからないままなのですから一人にさせるわけにはいきません」
「……いいえ、俺は自分のルーツを探しに行くだけです。自分の素性を確かめるだけですから」
「……信頼に足る要素が私の見解しかないから問題なのです。でしたら、そうですね。私の部署に参りましょう。あなたの顔と名前と、わかる範囲での身分と素性を騎士団で共有します。もしもあなたが危険な行為をした場合、適切な対処ができるように」
「わかりました」
それは必要だろう。
誰からも信頼されていない状況なのだから、信頼されるためにはまず俺を知ってもらわなければならない。
騎士団として不審者を放っておくわけにもいかないのも確かだ。
ここはルミノさんについて行って、彼女の騎士団に俺を認知してもらおう。
「みなさんがあなたを危険因子だと判断した場合、あなたはその場で斬られるか、上層部に相談したのち処分されます。よろしいですね」
「うん」
……そう言えば死んだらどうなるんだろう。
周りで俺が死んだの見た人たちは、死んでからまた再び異世界にやって来たのを、どう見るんだろう。
死んでも生き返ったと見えるのだろうか。
すごい騒ぎになりそうだ。
「では、行きましょう」
街を囲む城壁と、街の中心にある王の住む塔。
その中間の位置に騎士団の兵舎は設置されている。ルミノさんが所属するソイル騎士団も同じで、人々の往来と雑踏の隙間に、兵舎が鎮座していた。
入り口前に立っていた門番に説明を終えたルミノさんに手を引かれる形で中に入る。
そして団長はちょうど留守にしていたため、団長の代理でベテランの騎士の方が対応してくれた。
「……副団長、不明瞭な部分が多すぎるな。まあだから連れて来たんだろうが……ふぅーむ」
渋い顔のベテラン騎士が、俺をじっくりと観察する。
言えないことも多いけど、あらましは報告した。
「イナカミ・ライコ。呼び方はライコでいいか。ライコ、俺の質問に答えろ」
「は、はい」
「雷の森から、出て来たんだよな」
「はい」
「じゃあその時、モンスターと戦ったか?」
「森の中で戦いました」
「何体? どんな奴と?」
「何体……」
数えてなかったからわからない。
咄嗟に左腕の腕時計でヴィータの数を確認しようと思った。モンスターを倒した時に出てくる宝石の数を確認すれば、倒した数もわかると思ったからだ。しかしそれで何体だったのかわかるわけでもないし、この腕時計はルミノさんから怪しまれているから使えない。
「どうした? その腕輪に何かあるのか?」
「何体だったかわかりません。何を倒したのかはわかります。斧を持ったミノタウロスとか、鳥のモンスターとか、あと小鬼とかもろもろ」
「そんなに? ……ちょっと来い、確かめてみよう」
ベテラン騎士がデスクの椅子から立ち上がり、庭に出て、俺に木剣を渡して来た。
「打ち合いだ。まずは剣を振ってみろ」
彼も木剣を構える。
打ち合いって、ベテランさんと戦うってこと?
……え、あ、えっと。何をすればいいんだろう。
いや剣を振れって言われてるんだから振ればいいんだ。脇をしめて、肘を畳んで、体の前で剣を振る。
当然そんな縮こまった振り方では当たるわけがながい。俺の胸の前で空を切った。
「……おい、どうした。踏み込んでこい」
「ふ、踏み込む」
そ、そうだよな。
間合いを詰めるために前に進まなきゃ……あ?
あ、え?
あれ?
あ、足が震えて……前に、進まない。
「わあっ!」
転けてしまった。
剣が手から離れて、地面に倒れる。
「う、う」
「先輩、これって」
ルミノさんが駆け寄って来てくれた。
俺の背中に手を添えてくれる。
彼女はベテラン騎士に聞く。
「……うーん、なんだろうな。対人戦に向いてねーのかな。剣を持つ手が震えていて、膝もガクガクで、俺を見る目も怯えていた。俺に対する恐怖ではなく、自分が相手を傷つけてしまうかもという恐怖。新人によくいるタイプだ。ずいぶん社会的だが、森から生まれたんだよな? 知れば知るほどおかしな奴だ」
「私も最初の頃は人を切ることを恐れていました。どうしましょうか」
「確かめる項目はまだあるから心配すんな。次は、走りだ。足が戻ったら走ってみろ」
「いえ! 今すぐできます!」
走るだけなら全然問題ない。
ルミノさんにお礼を言って、立ち上がる。
そして庭の広さを確認してから———“雷奔”。
今いた場所にイナズマを残し、次の瞬間には中庭を囲む兵舎の壁に手をついた。
「んっ? あれ? どこ行った?」
「先輩! あそこです! すでに端っこまで!」
ベテラン騎士は見失っていて、ルミノさんも遅れて俺を見つけた。
あんぐりと口を開けて驚いているベテラン騎士。
「なんだこりゃあ……お前の“神速の剣”並みの速度、それにコイツ雷属性か。お前や皇帝陛下と同じ属性……」
「そう、ですね。戦闘面を確かめていなかったので今の今までわかりませんでした」
「同じ属性使いとしてどう見る?」
「熟練度はそこまでですね。ただ、強力です」
戻って来た俺に、ベテラン騎士は頷いた。
「よし、野放しにするとまずい。俺はすぐに皇帝陛下に報告しに行く。だから副団長は……そうだな、いいこと思いついた」
「「いいこと?」」
ルミノさんと二人して聞き返す。
ベテラン騎士はニヤリと笑って。
「お前ら一緒に住め。副団長はこの前までルームシェアしてたんだし、ライコはこんなに素早く本気で逃げられたら副団長くらいしか捕まえられない。副団長が近くにいるべきだし、何より……もしもの時のために、騎士団が預かってる人間って状況にしとけば、皇帝陛下もすぐに処分することはないだろう」