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【マコモ湯構文】実は私、2678400秒間モブやめてました。悪役令嬢になってゲームな異世界で無双してきました!

作者: キモウサ

マコモ湯構文が流行っていた時に面白いなと思って小説の題材にしてみたのですが、まとめるのが難しくて、書き終わったら今になっていました。旬は過ぎたかもしれませんが公開してみます。


 「むふぅ~。今の私って、ほんと美人だよね~」


 自分の部屋の壁にかけられたゴージャスな鏡。そこに映る自分の姿を見て、私はうっとりとしていた。

 

 

 「ああん、このサラツヤな黒髪!最高かッ!」

 

 

 天井の照明に反射して、髪がキラッキラに輝いて見える。残念なことに今の髪型は、私の専属の侍女マリーちゃんの手によって、流行りの形に高々と結い上げられているので、好き勝手に(さわ)れないからつまらない。

 

 

 「日焼け、なし!そばかす、なし!目の下のクマ、なしっ!ぐふふふぅ……」

 

 

 鏡に向かって指差し確認していると、思わずイヤラシイ()みがこぼれてしまう。


 システムエンジニアなのに営業より日焼けしていると言われたこの私。その日焼けに加えて、子供の頃からあるソバカスと、仕事がデスマーチ続きのせいで目の下に常駐している黒クマ君も、綺麗さっぱり消えている。


 それに着ているプリンセスラインのドレスは、普段着なのだけれど人目を引く華やかな真紅だ。このままダンスパーティーにでも出かけられそうなくらい豪華な一着。


 そのドレスの(すそ)を両手で摘んで広げ、体を横にぷらんぷらんと揺らして、柄にもなくプリンセス気分に浸っていると、体に嬉しい違和感もあるのだ。

 


 「ウハッ、やっぱり動いてもお腹のお肉が揺れないッ!この感覚、新鮮~!」



 実は私はこの世界の人間ではない。いや、正確にいうと体はこの世界のものだけど中身が違うのだ。


 この世界に私が来て、3日ほど経っただろうか。自分の意思で来たわけではなく、朝、目が覚めたらこちらの世界に来ていた。体は元の世界に置いたままだ。


 元の世界では、冴えないモブ女子だった私。


 専門学校を卒業したあと、システムエンジニアとして働いていた。就職した先は普通の会社だったけれど、私のモブ度が高かったことのが災いしてか、どうも軽く見られやすくアレもコレもと仕事を押し付けられていた。


 気の弱い上に口下手な私は、上司や先輩、同僚、時には後輩にもちゃんと言い返すことができず、正直な所、いいように使われてしまっていたのだ。


 でも情けない私にはどうすることもできなくて、時間が経つに連れて体力的にも精神的にも限界に達してしまっていた。

 


 「もう駄目だ……無理……どっかへ消えたい……」

 


 なんて思っていたら、気がついたらこの世界へ来ていて、ココーネリア・グランテ公爵令嬢になっていたというわけだ。


 この急激な変化が怖くて、部屋に引きこもってもおかしくはないのに、そうはならなかった。


 むしろ逆。だって――。

 

 ゴージャス美人。

 17歳。

 公爵令嬢。

 

 

 「特盛三点セットだよ!もおー、たまんない!ぶへへ~」



 お恥ずかしい話だけれど、私は地味で気弱なモブ女子から、ゴージャス美人のココーネリア・グランテ公爵令嬢になったことで、テンションが爆上がりしてしまったのだ。



 「公爵令嬢って、この世界のセレブだしね!ちやほやされて気持ちいいー」

 

 

 公爵は貴族の爵位の中でも最高位だ。その上、若くて華やかな美人となれば、どこへ行っても注目を浴び、セレブ扱いされる。上品なアイドルといったところなのだ。


 中世ヨーロッパ風の世界でスマホもパソコンもないけれど、仕事に疲れ切っていた私にはそれも返って良かったくらいだ。


 モブ女子からセレブ美人への転身を楽しんではいるものの、大きな不安もあった。



 「夢なのか異世界転生というヤツなのか分からないけど、どうせ終わりはすぐそこに見えているんだから、楽しまないと損だしね……」

 

 

 私はこの世界での生活に終わりがくると考えている。

 

 根拠は視界の右上。そこになぜか、2から始まる七桁の数字が表示されているのだ。



 ……2,073,601……2,073,600……2,073,599……

 


 この数字に気がついたのは、こちらの世界に来て1日ほど経ったときだった。普通なら、視界の端に数字が見えた時点で、すぐに気がつくはずだ。でも私は気が付かなかった。


 なぜかというと、それは私がもう普通の精神状態じゃなかったからだ。モブ女子がこんな容姿に生まれ変わったら、頭がおかしくなってもしょうがない。


 視界の隅に表示された数字に気がついたのは、ある事件がきっかけだった。



 「侍女のマリーちゃんの胸が眼の前に迫ってきて、慌てて目をそらした先に数字があったんだよねー」

 

 

 マリーは私の専属の侍女で、年齢はひとつ年下の16歳。どこかの男爵家の次女だそうで、優しくて可愛らしい女の子なのだ。そして天然の胸部装甲(きょうぶそうこう)がアレだ。アレなのだ。

 

 こちらの世界に来て初日の夜、私がベッドに潜り込んで寝ようとしていたら、マリーが夜の挨拶をしに部屋に来てくれた。


 その時にマリーは、私の枕に糸くずかなにかが付いているのを発見したのだ。



 「あら、枕カバーに何かついていますね。ココーネリア様、ちょっと失礼いたします」



 そう断ってから近づいてきたマリーの天然胸部装甲は、モブ女子のペラペラ防具とはあまりにも違いすぎ、私を大いに慌てさせた。


 ここでモブ男子なら、ガン見してしまうところだろうけれど、あいにく私はただのモブ女子。なんとなくいたたまれず、ついつい視線をそらした先に、数字が表示されていたというわけなのだ。



 「あれは私が男なら気がつけてないな。ウンウン。少なくとも1週間は気が付かない……いや?永遠に気が付かないかもしれない。マリー、恐ろしい子……」


 

 そんな経緯で発見した、視界の片隅に表示されている数字なのだけれど、実は私、この数字の羅列に心当たりがあった。

 


 「これって、ゲームの《グランド・セフト・トゥルーラブ》のタイムトライアル表示だよね?」


 

 * … * … *



 私が元の世界でハマっていた乙女ゲー《グランド・セフト・トゥルーラブ》。通称『ぐらせふらぶ』と呼ばれるこのゲームは、世界的に大ヒットした車を盗む某犯罪ゲームの乙女パクリと言われている。


 パクリといっても、ゲームそのものを模倣したわけではない。ゲーム内でなんでもありというワイルドな仕様が似ているのでそう呼ばれているのだ。


 もちろん、この乙女ゲーで盗むのは車ではない。


 親密度が最高レベルになったとき、攻略対象から盗める特殊アイテム《トゥルーラブ》、つまり《真実の愛》を集めるのだ。

 

 かなり自由度の高いゲームなので《真実の愛》を集める以外にも色々な遊び方が用意されていた。そんな中でも私がはまったのは、ゲーム内では迷宮と呼ばれているダンジョンの探索だった。


 迷宮内に入るとタイムを競う『迷宮タイムトライアル』という機能が使えるようになり、使用すると別マップに用意された特殊迷宮へと飛ばされ、そこで攻略最速タイムを競うことになる。


 タイムトライアルの制限時間が過ぎると失敗したことになり、強制的に元のマップへ戻されてしまうというのがルールだった。


 なので、もし視界に示されたのがタイムトライアルの数字だとすると、秒換算されたこの世界にいられる残り時間ということになる。



 ……2,073,499……2,073,498……2,073,497……


 1分は60秒。

 1時間は3,600秒。

 1日は86,400秒。

 


 数字に気がつかなかった最初の1日も入れて考えると、タイムトライアルの制限時間は約30日、2678400秒間ということになる。



 「このタイマー表示が出てるっていうことは、私は今、タイムトライアル専用の場所に来てるってことになるよね。ゲームと同じ仕様だとしたら、この数字がゼロになったら時間切れで元の世界に戻されるの?」

 


 元の世界では疲れ切っていて、特に楽しいこともなかったけど、それでも帰れるなら帰りたい……。



 「でも帰っても、きっと病院のベッドの上とかにいるんだろうな。なんにも覚えてないけど命が危ない状況なんだと思う。今いるこの世界は、私のゲーム知識が生み出した夢みたいなもんでしょ……はぁ……」

 


 タイムトライアルの制限時間が終わったあと、なにが起こるのか分からないのが私の気を重くする。でも残りあと30日もないのだ。いつまでも落ち込んではいられない。


 ひとつ深呼吸してから、両手で頬を叩く。



 「よし!気合いれよう!まだ死ぬと決まったわけじゃない。案外、元の世界の私は疲れすぎて爆睡してるだけかもしれないじゃない!」



 私は視界の片隅に映る数字について、考えるのをやめた。



 * … * … *



 ゲームの世界に来ていると気がついてしばらくした後、今度はまた別のことに気がついた。


 気がついたのは朝の支度で侍女のマリーに髪を結ってもらっているとき、鏡で自分の顔を見ているうちに、ひょっこり記憶が蘇ったのだ。



 「――悪い事を考えながら微笑むと、片眉が自然に上がっちゃうんだよなあ。ん?なんかこの眉毛、見覚えがある……あっ、悪役令嬢!?」


 「ココーネリア様?」

 


 【速報】モブ女子は異世界で悪役令嬢に転生していました!


 迷宮探索ばかりで恋愛パートを飛ばしていたので気がつけなかったけれど、思い出してみればココーネリアはCMにも出ていた。

 

 彼女はとにかく主人公の邪魔をしまくる王道の悪役令嬢な上に、ゲームの仕様がなんでもありなので邪魔の仕方もけっこうエグいらしい。


 恋愛パートでは、ココーネリアを含めた悪役令嬢たちとの攻防戦が人気で、ゲームのキャッチコピーにもなっていたほどだ。



 「やられたら、やりかえしますわ!それが令嬢の嗜みですもの……だったかな」


 

 ゲームの主要なキャラである悪役令嬢ココーネリアを、すぐに思い出せなかったのは情けない。でもゲームの恋愛パートをやらずに迷宮探索ばかりやっていたので、悪役令嬢と会う機会がなかったのだ。


 私のように迷宮探索をメインに遊ぶプレイヤーは、迷宮ガチ勢と呼ばれていた。


 普通の乙女ゲーとして遊ぶなら《真実の愛》を得るために、攻略対象の親密度を最高レベルまで上げる必要がある。


 だけど迷宮ガチ勢として遊ぶのであれば、攻略対象の親密度を上げるのは、ほんの少しだけでよくなる。仲間になってパーティーに入ってくれればそれでいいからだ。


 つまり、なにが言いたいかというと『迷宮ガチ勢』は恋愛パートの知識が乏しいのだ。


 そういうわけで視界の右上に映る数字から、自分が《グランド・セフト・トゥルーラブ》の世界にいるらしいと気がつくことはできたけれど、自分自身が悪役令嬢になっている件は気がつかなかったというわけだ。



 「タイムアタック表示に悪役令嬢……やっぱりここってゲームの世界なのかな」



 もしそうだとしたら、この世界はなんでもありということになる。ゲームの世界のなんでもありは楽しいけれど、自分が実際に暮らしている世界がそうだと落ち着かない。



 「攻略対象や他の悪役令嬢には、近づかないようすれば被害に合わないでしょ。そうしよう」


 

 自分に恋愛パートの知識が少ないのが不安だが、なんとか君子危うきに近寄らずの精神でいくことにした。



 * … * … *



 色々とあった私のこの世界での生活も、少しづつ日常を取り戻してきた。

 


 「ココーネリア様!おはようございます!」

 「今日もお美しいですわ!」

 「コーネリア様、こっち向いてくださいませぇー!」



 王立貴族学院の正門前で馬車を降りた途端、キャー!という悲鳴と共に令嬢ちゃんたちに囲まれる私。


 大人びた容姿をしているので意外だが、ココーネリアは王立貴族学院の1年生なのだ。王立貴族学院は元の世界でいう高校のような場所で、ココーネリアは自分が受ける授業のある日だけ週に3日ほど通っている。


 学校生活はとても楽しかった。ゲームで見ていた映像やスチルが、現実のものとして実際に見えるというのも嬉しい。ココーネリアがどういう学校生活を送っていたのか分からず、正直、初日はビクビクしていたが、まったくの杞憂に終わった。


 なんと私には常に付き添ってくれる取り巻き令嬢が三人もいるのだ。ウチのグランテ公爵と関わりの深い貴族家の令嬢たちのようだ。 


 ココーネリアがセレブだということを忘れていた。舐めてたわ、公爵令嬢。


 学院の正門前で私を待ち構えていた取り巻き令嬢ちゃんたちは、私を先導するように囲みながら歩いてくれる。そのおかげで道に迷うこともなく教室にたどり着き、自分の机にもすんなりと座ることができた。


 授業が始まるまでの彼女たちの話を聞いているのも楽しい。

 


 そんな風に学校生活に馴染んでいっている中、その瞬間はやってきた。

 

 お昼休みに大きな噴水がある中庭で取り巻き令嬢ちゃんたちと談笑していたら、見覚えのある顔がこちらに近づいてくるのが見えたのだ。


 光の加減で髪色がピンク色に見える小柄な少女。


 見覚えがあるけれど誰だろう?と思ってみていると、私の視線に気がついた令嬢ちゃんの一人が、そっと教えてくれる。

 

 

 「ココーネリア様、フラッシー・ウォースト男爵令嬢ですわ」


 

 ピンク頭の男爵令嬢!名前は覚えていなかったが特徴的な髪色と男爵令嬢という設定を聞いて思い出した。彼女は初期設定の主人公だ。


 ゲームを進行させ特殊なアイテムを集めていくと、キャラ選択オプションが開放される。そこでプレイヤーは動かすキャラを選ぶことができるようになるが、それまではフラッシー・ウォースト男爵令嬢しか選べないゲーム仕様なのだ。


 

 「お気をつけあそばせ。最近、アロガン・ブルーム王子殿下と一緒によくいらっしゃるとか……」



 ん?アロガン・ブルーム王子殿下?名前に聞き覚えがあるような……やっぱり思い出せない。


 アロガン王子殿下とやらを思い出そうと眉をしかめた私を見て、取り巻きちゃんたちがざわついている。

 


 「やはりココーネリア様が婚約辞退をされるという噂は、本当のようですわね」


 「あまり大きな声では言えませんが、婚約者を差し置いて他の令嬢と親しく殿方など、死にやがれですわ」


 「ええ本当に。なんならグランテ公爵閣下に王位を簒奪していただいて、ココーネリア様が王太子となられる未来のほうが期待がもてるというものです」



 うわ、なに、この子達。単なる取り巻きモブ令嬢だと思っていたら、ココーネリア・グランテ公爵令嬢への愛に溢れてるじゃないの!でも話の内容が国家転覆系になってて笑えない。


 でも令嬢ちゃんたちと話して、アロガン王子殿下のことは思い出せた。

 


 「あー、そういえば全体的に能力値控えめな王子がいたなー」



 彼は攻略対象の一人でメインキャラと言ってもいいくらいなのだが、迷宮探索の仲間として使うには能力値が微妙なのでほとんど使ったことがなかった。


 でも問題はそんな微妙な男のことではない。今、私が置かれている状況が問題だ。



 王立貴族学院。

 お昼休み。

 大きな噴水のある中庭。


 この状況設定で、向こうから歩いてくるピンク頭の男爵令嬢フラッシー。

 


 「これ、たぶんココーネリアがフラッシーをイジメる場面だよね?」


 

 ついっと視線を横に滑らせれば、そこには優美な彫刻を施された噴水があり、たっぷりと水が蓄えられていた。確か、あの噴水に男爵令嬢フラッシーを突き落として、全身びしょ濡れにしていたはずだ。


 恋愛パートをあまりやらずに迷宮探索ばかりしていた私でも、この有名な噴水のシーンは覚えている。ゲームのCMで何度も流れていたからだ。

 


 「……ていうことは、私があの子を今から、自力で噴水に叩き込まないといけないわけ?」

 


 ないわーと思って見ていたら、男爵令嬢フラッシーは真っ直ぐに噴水の方へと歩いていっている。


 あら?なんか様子がおかしい。


 状況が飲み込めず、ボーッとフラッシーを見ていたら奴がチラリとこちらを見た。歪んだ暗い微笑みと一緒に。

 


 ――あ、これ、あかんやつだ。

 


 私は即座に状況を理解した。この女、このまま噴水につっこんで、私に突き落とされたとか言いがかりをつけるつもりだ。


 ゲーム内では悪役令嬢が主人公の男爵令嬢を噴水に突き落としたとして、公衆の面前で糾弾されるシーンがあったはずだが、この流れをみると冤罪だったのかもしれない。


 フラッシーの片側の唇がギュッと釣り上がる。


 目に表情がない。瞳だけトーンを落としたような闇がかかっている。

 


 ――この感じ、覚えがある。

 


 隣の部署のお局様が、私に仕事を押し付けてきたときのアレだ。


 上司が私の成果を自分のものにして、上に報告したときのアレだ。


 アレだ、アレだ、アレだ……!

 


 「バッカじゃないのぉ!?」

 


 当時のことを思い出して、私の怒りは速攻で頭を駆け上って頂点に達した。まるで躾の行き届いたワンコみたい。


 怒ったときの私の頭は、最高によく働く。


 自分自身が気がつかないうちに勝手に動き出した私の頭は、瞬く間に思考を終えて決断を下した。



 「やってよし!」



 私の頭は勢いのまま、体へと指令を伝える。もちろん体だって待っていない。私自身が静止する間もなく動き出す。


 どうやら私は元の世界に理性とやらを置き忘れてきたようだ。どっちにしろ視界の右上には、今もチッチと減っていっているタイムトライアルの残り時間が表示されている。


 私がこの世界にいられる時間は限られている。元の世界で我慢するしかなかったことを、こちらの世界でまで我慢する必要などないだろう。

 


 「扇子、よろしくて?」

 「えっ?あ、はい、どうぞお使いください」

 


 隣に立っていた取り巻き令嬢ちゃんの華奢な扇子を奪い去り、その場でヒールの高い靴を足だけ使って強引に脱ぐ。そしてドレスの(すそ)を両手でガシッと(つか)んで持ち上げると、そのまま裸足で駆け出した。


 ああー。怒りに(まみ)れた私を止めることなんて誰にもできやしない。体のどこかに生き残っている冷静な私も、ジッと見守るだけなのだ。だって、言ったって聞きやしない。

 


 「ココーネリア様?」

 「どちらに行かれますの?」

 「お待ちになって!」

 


 突然、私が走り出したので、背後で取り巻き令嬢ちゃんたちが慌てているのが伝わってくる。彼女たちのその感情の波動が、私の前を行くフラッシーを振り返らせた。

 


 「嫌ァー!こっちにこないでェー!私はまだなにもしてないのにィー!?」

 


 なにかを叫びながらフラッシーは、頭を抱え込んでその場にしゃがみこむ。



 「邪魔だわ!お退()きなさい!」



 私はフラッシーのピンク色に輝く頭部を、怒りにまかせて扇子でハリセンし、その勢いのまま噴水の中に突っ込んだ。



 「ああ!走ってもお腹もお尻も揺れないなんて最高!胸部装甲だけ揺れてよし!ヒャッハー!」


 ――バッシャーン!



 噴水の水を頭からかぶって、全身ずぶ濡れになった私。体から滴る水が冷たくて、なんだか楽しくなってきた。


 ニヤつきながら顔周りの髪を手で整えて表情を元に戻した後、驚愕した表情で立ちすくんでいる取り巻き令嬢ちゃんたちのほうへと振り返った。



 「皆様!(ワタクシ)、フラッシー・ウォースト男爵令嬢に噴水へと突き落とされましたわァ!」

 


 一瞬、その場を静寂が支配した。その後すぐに、小さいつぶやきが聞こえてくる。



 「私、やってない……」



 知ってるわ、そんなこと。

 

 

 

 * … * … *



 あの後、色々大変だった。甲高い悲鳴のコーラスが学校中に響き渡ったからだ。

 


 「なんてこと!なんてこと!なんてこと!」

 「ああ!ココーネリア様がびしょ濡れに!」

 「誰か!誰か、来て~!」


 

 取り巻き令嬢ちゃんたちが発狂してしまったのだ。騒ぎが大きくなり過ぎて、最後には院長先生まで出向いてくるという大事件に発展した。


 校内にお付きの者を付き添わせることは校則で禁止されているので、私は学校の職員に噴水から引き上げてもらって、医務室に連れて行かれた。


 その後、学院長室に呼ばれて、学院長から直接なにがあったのかを聞かれた。事情聴取というやつだ。



 「ココーネリア、いったい中庭でなにがあったんだい?正直に僕に話してくれないか」



 私に向かって優しげに微笑むのは、二十代後半の銀髪イケメン学院長ウォルフ・ブルーム。現在の国王陛下の年の離れた弟君で、もちろん攻略対象だ。


 王族だけあって攻略は難しいが基礎能力が高く、中級回復魔法も使える守備強めのバランス型。私は迷宮攻略の初盤で壁役としてよく使っていた。


 そんなキャラが目の前にリアルな存在として現れたので、私は思わず彼をじっくりと観察してしまった。


 私の婚約者アロガン・ブルーム王子は彼の甥っ子にあたるので、きっとこれまでにも親族として何度か会ったことがあるはずだ。彼は学院長としてより、未来の親類として私に接しているように見える。



 「ん?僕の顔になにかついているかな?」


 「いえ、たいへん結構なお顔ですわ。そうそう、もう作曲家アマデウスの曲はお聴きになりまして?下町の小さな劇場で彼の曲が使われてますの。昔の宮廷音楽を現代的にアレンジした曲で、たいそう素敵な……あ、いえ、なんでもありません」


 「アマデウス……」



 不味い不味い。つい、いつものゲームのくせで、自動的にウォルフを攻略しようとしてしまった。ウォルフの趣味は音楽で、王族という堅苦しい身分の反動なのか、常に新しいスタイルを求めているのだ。


 ゲーム内で何度か試した結果、今、下町で流行り始めている作曲家アマデウスの名前を初手から出すのが、仲間にするのに一番手っ取り早いのだ。



 「新しいスタイルの音楽……その話をもう少し聞きたいな」


 「いえ、それはまた後ほど。それより中庭でなにがあったかでしたわね。なにもございませんでした」


 「なにもなかった?それはおかしいね。君と一緒にいたという女子生徒三人は、フラッシー・ウォースト君が君を噴水に突き落としたと言っているのだが……」


 「まあ、そうでしたの。でも私の答えは変わりません。なにもありませんでした。噴水には私が誤って落ちてしまいました。ご迷惑おかけして申し訳ありません」


 

 小さく頭を下げる私を、ウォルフは困ったような目でみつめている。この表情は……親密度が少し上がったことを知らせるものだ。だとすると、これから彼が口にする言葉はきっと――。



 「困ったことがあったら、なんでも僕に相談して欲しい」



 はい、親密度がキッチリ上がりました。アマデウスの話題で盛り上がらなくても、名前を出すだけで親密度が上がるなんて新発見だ。


 ゲームではここで迷宮探索の話を出して仲間にするところだが、今の私は迷宮探索をする気がない。


 ゲームで探索し尽くしたというのもあるが、せっかく来れたゲームの世界だ。元の世界の私は瀕死状態である可能性が高いし、自由に動けるこの世界でタイムトライアルの制限時間が切れるまで普通の生活を楽しみたい。



 「ええ、もちろん困ったことがあれば相談させていただきます。でも分かっていただきたいのです。私が下手になにかを言えば、色々とお困りになる方もいらっしゃるでしょう?問題を大きくしたくないのです」


 「まったく、君って人は……」



 額に手を当てて、やれやれとばかりに首を振るウォルフ。そんな彼をおいて私は院長室を後にした。


 もちろん、私をハメようとしたフラッシーを許すつもりなんてサラサラない。でもここで彼女を正攻法で攻めていっても、上手く逃げられると思うのだ。


 中庭で私に向けて放った、あの仄暗い笑み。


 ああいう表情をする(やから)は、色々と隠しネタや裏の人脈を持っているものなのだ。その辺りをちゃんと調べて、逃げ道を塞いでおきたい。


 恋愛パートをあまりやっていないので、そのあたりの情報が欠けているが、ゲームの世界観や背景情報はバッチリだし、キャラについても能力値や親密度を少し上げる方法くらいは知っている。 


 このゲーム《グランド・セフト・トゥルーラブ》は、某犯罪ゲームの乙女パクリと言われているだけあって、なんでもありの世界なのだ。現にフラッシーは、私に冤罪を被せようとした。きっとこれからもアロガン王子を私から奪うために、色々と仕掛けてくるはずだ。


 視界の右上に表示された数字は、刻々とその数を減らしていっている。今まで、なんのためのタイムトライアルか分かっていなかったけど、目的は自分で勝手に決めることにした。


 私を罠にハメようとしている奴を、こっちからハメることにしたのだ。


 

 「やられたら、やりかえす。このゲームの仕様よね?」


 

 * … * … *



 それからの私は忙しかった。まず家に帰ったら、侍女のマリーに噴水に落ちたことがバレて大騒ぎされた。なんとか落ち着いてもらって部屋で一人にしてもらい、記憶にある限りのゲーム情報をノートにまとめてみた。



 「細かいところは忘れてるけど、それでも書き出してみると結構な量になったなー」

 


 恋愛パートも重要なポイントは覚えていたので、きっと今後役立つはずだ。



 「タイムトライアルの残り秒数から考えると、残り時間は約3週間くらいか。今から3週間後ってなにかイベントあったっけ?」

 


 恋愛パートをしっかりやっていないので、すぐには思い出せない。でもなにか大事なイベントがあったような……。

 


 「――あ!学院で卒業パーティーがあって、確かそこで悪役令嬢の私が婚約者のアロガン王子に婚約破棄を突きつけられるんだった!」



 でも私はまだ学院の一年生。本来は3年後に卒業する時に婚約破棄イベントが発生するのだ。


 だから3週間後の卒業パーティーには私は在校生として参加するだけになるはずなのだが、そこはなんでもありのゲームだ。やり方によっては三週間で婚約破棄にまで持っていける。


 イベントの出現条件を満たしていけばいいのだ。婚約破棄イベントは恋愛パートのメインイベントなので、さすがの私でも出現条件を覚えていた。

 


 方針が決まると、私はすぐさま行動を開始した。


 まず学校に行って取り巻き令嬢ちゃんたちと親交をしっかり温める。この世界での知り合いの少ない私にとって、彼女たちは私の最後の砦になる。



 「ココーネリア様、心配しましたわ!」

 「本当にあの泥棒猫ときたら、ココーネリア様を噴水に突き落とすなんて!」

 「もう学校中で噂になっておりましてよ?」



 「噂になっておりましてよ?」とか澄ました顔で言っているけど、きっと自分たちで噂を流したに違いない。



 「皆さん、お気遣いありがとう。でもフラッシーさんだってワザとやったのではないと思いますのよ。それより、アロガン王子殿下からなにも連絡がなくて……そちらのほうが辛いですわ……」

 


 少し目元を押さえるふりをしてみる。

 


 「まあ、なんて冷たい方なんでしょう」

 「お見舞いの言葉くらい下さっても良さそうなものですわ」

 「王子の器ではありませんわね」



 どうもこの三人と話していると国家転覆系の危ない話に行きがちだが、この際それは置いておこう。これできっとアロガン王子の良くない噂もバンバン流してくれるだろう。


 取り巻き令嬢ちゃんたちと話した後は、ゲームの知識を使って学内で知り合える攻略キャラの親密度を上げていった。恋人関係になるほど親密度を上げる必要はない。できるだけ多くの人の親密度を、ちょっと仲の良い友だち程度まで上げておきたい。


 来たるべき決戦に向かって、ひとりでも私側の人間を作っておく必要があるからだ。


 それと並行して、婚約破棄イベントの発生条件を満たしていった。条件はたぶん3つ。どれも私がフラッシーをイジメることが鍵となるのだが、私はちょっと方法を変えてみることにした。



 「フラッシーは私にイジメられたと虚言を吐くと思うから、それを阻止して全部あいつが悪いってことにしてやらないと気がすまない!」

 


 ということで条件をクリアするべく行動開始だ。


 

 まず教室に行く。取り巻き令嬢ちゃんたちに手伝ってもらって、私の教科書やノートをハサミで切り刻んでいく。おしゃべりしながら一緒に単純作業するの割と楽しい。そして――。

 

 

 「キャア!私の教科書とノートが全部切り刻まれていますわ!」



 一緒に取り巻き令嬢ちゃんたちも騒いでくれたので、すぐに人が集まってきて、先生も呼ばれた。最初の事件となるので、ピンク髪の女生徒が教室から出ていったといった嘘はつかない。単に持ち物を切り刻まれたということにしておく。


 そして常に取り巻き令嬢ちゃんたちと一緒に行動し、なるべく人目の多いところにいることにした。これでフラッシーが自作自演で自分の教科書の切り刻んで、私に罪を被せることはできないだろう。


 サクッと第一の条件クリア。

 

 

 次は少し準備時間が必要だった。フラッシーが出席するパーティーを突き止める必要があったからだ。無事にパーティー会場を突き止め、そこへ取り巻き令嬢ちゃんたちと専属侍女マリーまで引き連れて乗り込んでみた。


 真っ白の純白のドレスを着て。


 私が来ていると知って、すかさず近寄ってきたフラッシーの片手には、赤ワインがなみなみと注がれたワイングラスがある。どうやら悪い奴は考えることが似るようだ。でも手間がはぶけた。


 私はフラッシーに気がついていないような振りをしながら近づいていき、スッと視線をパーティー会場の入口の方へと走らせる。そして少し大きな声で――。



 「まあ!アロガン王子殿下がいらっしゃったのかしら?」



 私の声に反応して、周りの皆が入口のほうを見る。その中にはフラッシーも入っていて、一瞬で仄暗い笑みを隠して天真爛漫な笑顔を作り出した。敵ながら天晴(あっぱれ)だ。


 その隙にずいっとフラッシーに近寄った私は、彼女の持つワイングラスを軽く扇子で叩き、ワインを私のドレスへとぶちまけさせた。


 軽く扇子で叩いたのは、たくさんの攻略対象者の親密度を上げてしまったため、その成果ポイントが入ったせいで私の基礎能力値が爆上がりしているからだ。


 本気で叩いたら、ワイングラスがスパンと綺麗に切断されてしまうだろう。


 それはさておき、私にはやらなくてはいけないことがある。

 

 

 「ああー!私のドレスに赤ワインがッ!?」



 私が持っていたワイングラスの赤ワインも少し付け足しておいたから、ドレスは盛大に酷いことになっている。これが血だったら惨劇の場になっていただろう。まあ赤ワインなので問題なし。


 私の悲鳴で再び視線を戻したパーティー参加者は、フラッシーの手にある空のワイングラスと、私の赤く汚れた純白のドレスを見比べる。



 「ち、違うの!私は何もやってない!この女にハメられたのよ!」

 


 ギャーギャー騒ぐフラッシーは速攻でパーティー主催者に摘み出された。こちらを例のトーンの落ちた仄暗い目で見ていたけれど、私がやらなければそっちがやっていた事だ。



 「こういうのって、早い者勝ちなのよ。残念だったわね」



 これで婚約破棄イベントを起こす第二の条件がクリアされた。順調である。


 

 次は学校の階段を使う。


 こちらも多少、調査に時間がかかった。フラッシーが別の場所にいることが分かっている時間帯に勝手にイベントを起こしても、犯人はフラッシーとはならないだろうからだ。


 なのでフラッシーが学校内でよく使う経路を確かめ、彼女が確実にある階段を使う瞬間を狙った。

 フラッシーは常にアロガン王子殿下と一緒に行動しているけれど、この階段を使う時はひとりだということが分かっている。


 例によって取り巻き令嬢ちゃんたちと、階段の一番上で待ち構えていると調査通りにフラッシーがやってきた。


 私を見つけるなり片側の唇をいやらしく釣り上げたフラッシーだったが、私になにかをするでもなく、階段を降り始めた。


 さすがのフラッシーも、階段の一番上から落ちる真似をするのは、自分自身へのダメージが大きいと考えたのだろう。


 でもその甘い考えが命取りだ。


 私は取り巻き令嬢ちゃんたちに階段室から立ち去るように手で合図して、彼女たちが足早に消えていくのを確認してから、軽く助走をつけて階段の上から空中に飛んだ。



 「そいやっ!」


 

 私の気合の入った掛け声を聞いて、フラッシーが振り返る。



 「えっ!?」



 私が空中にいる姿を見てフラッシーが驚いている。私は空中で片眉を上げて悪役令嬢の微笑みをフラッシーに見せつけてやった。フラッシーの顔が凍りつく。


 ざまあみろだ。覚悟の違いを思い知るがいい。


 ここに来て、ようやく私は風魔法を発動する。順調に攻略対象の親密度を上げている私は、基礎能力だけでなく、魔法の能力も上がってきている。初級魔法である風魔法を精密に操ることなど簡単なものだ。


 ふわりと体を風で受け止め、そのまま滑るように階段下へと降り立つ。そして、そのまま汚れるのも構わずに床へ横たわる。

 

 

 「いやあ!私、階段の上から誰かに突き落とされましたわ!」



 私の悲鳴を聞いて、階段の近くにいた生徒たちが駆け込んでくる。一旦、離れていた取り巻き令嬢ちゃんたちも戻ってきて、盛大に悲鳴をあげる。


 駆け込んできた生徒たちが、階段下に横たわる私と階段途中で驚愕しているフラッシーを見比べ、当然の結論に至る。



 「なんて酷い!」

 「早く先生を呼んで!」

 「いや、医務室の先生が先だ!」



 フラッシーは駆けつけた先生方に、すぐさまどこかへと連れて行かれた。今回は怒りに満ちた目で私を睨んでいたけれど、あなたがやろうとしていたことを私が先にやっただけのこと。



 「何度も言うけど、こういうのって早い者勝ちなのよ。残念だったわね」



 こうやって私は婚約破棄イベントの発生条件の最後のひとつをこなし終わった。


 発生条件をこなすごとに毎回、ウォルフ・ブルーム学院長に学院長室に呼ばれて事情を聞かれたが、毎回、自分のミスでこうなったと説明した。


 取り巻き令嬢ちゃんたちは頼もしく、ここぞとばかりに噂を流してくれたし、親密度を上げた攻略対象たちも頼まなくても噂を流してくれた。


 校内ではフラッシーとアロガン王子を非難する声が日増しに高まっているようだ。


 生徒たちが家で家族に話すことで、噂は校外へも流れ出ているがまだまだ甘い。私は毎晩のようにパーティーへと出かけ、直接噂をばらまくことすらしていた。


 このゲームの背景情報を知っているから、重要人物はしっかり頭に入っている。攻略対象じゃなくても社交界を仕切るマダムだとか、ゴシップ新聞を発行している貴族だとか、話しておきたい人物は多いのだ。



 「はぁー。今夜も楽しかったわ!なぜ今までもっとパーティーに参加しなかったのかしら」



 心地よい疲れを感じながら帰りの馬車で体を伸ばしていると、付き添いで来ていた専属侍女のマリーがニコニコしながら靴を脱がしてくれる。



 「ココーネリアお嬢様は変わられましたね」


 「あら、そう?どこが変わったのかしら」


 「なんといいましょうか、前より自由になられたように見受けられます」

 

 

 自由か……。確かに私は前より生き生きとしている実感はある。元の世界で押し込められていた枠のようなものから解き放たれた。


 視界の片隅で正確に数を減らしていっているタイマーが、ゼロになった後のことも分からないし、今、この時を大切にして楽しみたいと思っていることも影響しているだろう。



 「よし!帰ったら厨房にお菓子を盗みに行くわよ!マリーはいつものように美味しいお茶を入れて頂戴!戦利品とマリーのお茶で、一緒に祝杯を上げるわよ!」


 「まあ!楽しそうですわね。でも何のお祝いですの?」


 

 クスクス笑っているマリーを見ながら、私は悪役令嬢らしく片眉を上げて微笑む。実は今夜のパーティーで私の計画が上手く進んでいることを実感したので、そのお祝いなのだが、さすがにそれはマリーに言えない。なので――。



 「私が自由になったお祝いよ!」



 計画も順調だし、元の世界では考えられないほど毎日楽しくやってる。生きてるって素晴らしい!私をこの世界につれてきて、最後にこんな楽しい時間を過ごさせてくれた誰かに感謝したい。


 

 * … * … *


 

 「ココーネリア・グランテ公爵令嬢!貴様との婚約をここに破棄するぅ!」



 婚約者アロガン王子が、そんなことを言ってくる。得意げに鼻の穴を膨らませているところが気持ち悪いが、それは見なかったことにして、私は内心で力強くガッツポーズをとる。


 卒業パーティーでの婚約破棄イベントを、二年も早く発生させることに成功したのだ。


 結局、こちらの世界に来てから、アロガン王子を学校内で遠目に見かけることはあったが、直接会うことはなかった。


 今日初めて近くで見るが、さすがに攻略対象者、銀髪銀眼の超イケメンだ。でも頭がすごく残念な人っぽい。天は二物を与えずと言うけれど、まさにそれ。見た目しか取り柄がない。いや、あれでも王子様だから地位はあるのか……。

 

 

 「貴様は私の《真実の愛》の相手、フラッシーをイジメたな!許されることではない!」

 

 

 このタイミングでアホガン王子、いやアロガン王子は、自分の片腕にしなだれかかっているピンク頭の少女フラッシー・ウォースト男爵令嬢をギュッと抱きしめる。


 キャ!っと嬉しそうな声を上げるフラッシーだが、ゲーム設定によると平民上がりの御令嬢様だ。確かに行動や言動が令嬢らしくない。


 今だって、こちらを見る目がヤバい。例のトーンを落とした闇色の目をしている。散々私に冤罪を被せられて、怒り狂っているのだろう。ああ、楽しい。

 


 「ココーネリア様、私は一言謝っていただければ、それでいいんです……」

 

 「ああ、フラッシー!君はなんて優しいんだ!」

 

 

 人目も気にせず抱き合う二人を見て、周りがざわめいている。周囲をチラ見すると顔をしかめる人がたくさんいて、明らかに歓迎されていない。


 この場にいるのは卒業生だけじゃない。卒業生の親御さん、王弟でもあるウォルフ・ブルーム学院長を始めとした先生方、それに来賓として招かれた御偉いさん達もいらっしゃるのだ。

 

 

 「やっぱり噂は本当でしたのね……」

 「聞いたとおりの馬鹿王子じゃないか!」

 「これではとても王国の未来は託せんぞ」

 


 私を断罪することに夢中となっているアロガン王子の耳には聞こえていないみたいだが、私の耳には嘆いたり、呆れたりする声が聞こえてくる。


 ククク、私の思った通りになった。この世界に来てから頑張った甲斐があるというものだ。


 満足しながらアロガン王子のイケメン顔を見ていると、ざわめく人混みをかき分けて、私に近寄ってくる人がいる。



 「アロガン、黙りなさい!ココーネリア、大丈夫かい?」


 

 ウォルフ・ブルーム学院長だった。ウォルフは私を後ろ手に庇うと、アロガン王子を叱責し始めた。



 「アロガン、お前は卒業パーティーという祝の席でなにをしているのだ。それにフラッシー・ウォースト君がココーネリアをイジメたと言っていたが、そのような事は起きていない。ちゃんと調査済みだ」


 「えっ?いや……叔父上?」



 突然の学院長の登場に、アロガン王子が慌てふためいている。だが今更慌てても、もう遅い。

 


 「国王陛下がお前に直接確認したいことがあるとおっしゃっている。このまますぐに王宮へ帰りなさい。ああ、フラッシー・ウォースト君、君も一緒に行きなさい。君にも話を聞きたいと言っている人たちがいるんだよ。衛兵!こちらへ!」



 まるで海が割れるように人混みが分かれ、そこを通って衛兵たちがやってきた。



 「叔父上!?これはどういうことです!?」

 「待って!私はなにも悪くないのにぃー!」



 どうやら私の打った手が間に合ったようだ。


 アロガン王子の日々の行動を調べたら、おかしなところが見つかったのだ。彼は頻繁(ひんぱん)にあるレストランに通っていた。そこは表向きは品の良い店だが、裏では大物貴族が賭博場を密かに経営しているのだ。


 なぜ、そんな裏事情を知っているかというと、公式攻略本に書いてあったのだ。その賭博場のディーラーは攻略対象の一人なので、背景情報として載っていたというわけだ。


 ゲームを中程まで進めないと接触できない高レベルの攻略対象で、トリッキーな技が使えるので迷宮攻略のメンバーとして仲間にしたことがある。


 あれほど賭博場に頻繁に通っているのであれば、かなり借金がかさんでいるのではないかと思って調べてみたら、想像したとおりだった。


 アロガン王子は借金を返すために、国の機密を大物貴族に売り払っていた。


 私はさっそく、そのあたりを分かりやすく報告書にまとめ、匿名で王家に届けておいた。


 この世界での私の両親、グランテ公爵夫妻にはアロガン王子が国の機密を売っていることだけでなく、私が実は本当の娘でないことも全て打ち上げた。グランテ公爵夫妻は私の貴族のイメージとは違い、娘をとても大事に思っている良い親御さんのように見えたからだ。


 こちらの世界で安全に不自由なく暮らせたのは夫妻のおかげだし、その恩義に報う意味もあった。


 グランテ公爵夫妻は真剣に私の話を聞いてくれて、すぐさま行動を起こした。公爵夫妻のところにもアロガン王子の悪行を告発する文が届いたことにして王家と話し合い、私との婚約を白紙撤回という形で解消してくれた。


 だから、いくらアロガン王子が私と婚約解消したいと思っても無理なのだ。だって、もう婚約者でもなんでもないのだから。ざまあー。


 衛兵に引っ張られていくアロガン王子とフラッシーの後ろ姿を見ながら、視界の右上に表示されている数字を確認する。

 


 ……10……9……8……7……

 


 とうとう、数字は一桁になってしまった。もう私のこの世界での時間は終わる。私は私なりにやりきった。これでいい。


 さあ、悪役令嬢らしく、最後をキッチリ決めよう!



 「皆様、楽しかったですわ!ありがとう、さようなら……」



 最高にカッコいいカーテシーをビシッと決めて、深々と頭を下げる。これだけ無理な体勢を続けても、ココーネリアの体は揺らがない。さすが走ってもお腹が揺れないわけだ。鍛え方がモブ女子の私とは違う。


 ……3……2……1……0……

 

 

 体勢を元に戻して周囲を感慨深く見渡したその瞬間、私は白い輝きに包まれて意識を失った。

 

 

 * … * … *


 

 ピピピ♪ピピピ♪

 

 「うーん、うるさい……なんなのいったい?」

 


 音に向かって手を伸ばすと薄い四角い物に指先が触れた。これは……スマホ?慌てて飛び起きて、スマホの画面を見る。そこには知った名前が表示されていた。

 


 ――柴谷(御局2)

 


 隣の課の御局様、柴谷さんからだった。御局様から電話がかかってくるなんて面倒事の予感しかしないが、今はそれどころではない。



 「ここは元の世界……私、帰ってきたの?」

 


 私は元の世界の自分の部屋にいた。ぐちゃぐちゃに散らかっているが、これは通常モード。どこもおかしなところはない。



 「しかも病院じゃない!」



 スマホを持ったまま、両手で自分の体を触ってみる。どこも痛くない。ついでにトントンと軽く飛び跳ねてみる。普通に飛べる。



 「うっほ、お腹がゆれるゆれる。間違いない、私の体だ」



 てっきり元の世界の私は、病院の集中治療室かどこかで意識をなくしているのだろうと思っていた。特に痛みもなく弱ってもいない体に戻ってこれたのは意外だった。


 部屋を見回していると散らかった床に手鏡を発見したので、手にとって覗き込んでみる。



 「うわー!わたしだー!ココーネリアの美人顔に慣れちゃって逆に違和感ハンパないわ」



 そんなことをしている間に、御局様からの電話は鳴り止んでしまった。スマホで時間を確認すると朝の八時過ぎだ。いつもならとっくに家を出ている時間なのだ。



 「やばい!会社に遅刻しちゃう!――いや待って。今日って何日なの?」



 スマホで確認すると日曜日だった。しかも向こうの世界に行った後、こちらの世界の最後の記憶として残っていた日にちの翌日だった。


 まさか丸1年経って同じ日にちに戻ってきたのかと焦ったが、西暦の年数も同じだった。



 「こっちの世界では全然時間が経ってないってこと?会社から帰って寝て、翌朝起きたのと同じだけしか時間が経ってない……全部、夢だった?まさかー」



 私はお腹もお尻も揺れない感覚をしっかり覚えている。夢であるはずがない。でもこれは考えても今すぐに分かることとも思えない。


 まあいいやとポイッとスマホを放り投げた先のベッドは、いつものように乱れている。かといって寝たような跡はない。どうやら私はベッドまでたどり着けず、床の上で寝ていたようなのだ。


 着ている服もいつも着ていた地味な紺色のスーツのままだ。シワシワになっていて、少し汗臭い。



 「……そうか、本当に帰ってこれたんだ。モブ生活に逆戻りか。いやいや、セレブな生活はかなり大変だったからな。モブでオッケー」



 あの後、あちらの世界ではどうなったのだろうと考えを巡らせていると、またスマホの着信音がなった。御局の柴谷さんからだった。


 面倒くさいが一応、会社からの電話になるので出てみる。私が「はい」と応答する前に怒鳴り声が聞こえてきた。



 「ちょっと!心音(ここね)さん!すぐに会社の方に来て頂戴!昨日頼んであった資料作り、また必要な物が出てきたの。明日の朝イチの会議で必要だから今日中にお願いね!」



 いや、なに言ってんだこいつ。なんで他部署の仕事を私がしないといけない。



 「無理です。今日はこれから予定がありますので」



 あいにく私はこちらの世界に戻ってきたばかりで忙しいのだ。とりあえず臭いからお風呂に入りたい。

 


 「なに言ってるの。今からやらないと間に合わないわよ?困るのはあなたなんだから。私は親切心で言ってあげてるんだから!」



 親切心と言われてカチンときた。

 


 「その資料作成、柴谷さんのお仕事じゃないんですか?」


 「あら、私は今日、とっても忙しいの。そんな大変な仕事じゃないんだから、チャッチャとネットで調べてコピペでいいのよ。あなたがいつもやってる程度の仕事でいいの、簡単でしょ?」



 御局様の失礼な言い草を聞いていて思い出した。そういえば私はいつも大人しく手伝っていたのだった。会社に入ってすぐ、私の新人指導の担当に柴谷さんがなって、それ以来、言われるがままに従っていた。


 色々とお世話になったからしょうがないと思っていたけれど、今になってみればおかしな話だ。洗脳でもされていたのだろうか。


 あちらの世界では魔法やスキルとして《洗脳》とか《魅了》があったので、こちらの世界でも形を変えて存在するのかもしれない。


 だいたい仕事を頼むなら、もっと前もって言うべきだ。

 


 「そんな簡単な仕事なら私がやらなくても、優秀な柴谷さんならチャチャッとできると思いますよ。ではそういうことで!失礼します」



 私が電話を切ろうとすると、御局様が猛反撃を繰り出してきた。



 「ちょっとぉ、心音(ここね)さん?そんなこと言っていいのかしら?山口さんに言いつけるわよ?」



 うわー、うざいこと言い始めた。


 山口というのは私の直属の上司でリーダーという肩書だが、他の会社でいうと係長クラスだ。そして、なぜか御局様に厳しいことが言えない人なのだ。弱みでも握られているのだろうか。


 

 「どうぞ!山口リーダーに連絡してください」


 「なっ!?覚えてらっしゃい!」



 プツンと電話を切られて、これで終わったと思っていたが終わらなかった。なんと山口リーダーがメッセンジャーアプリで、お局様の仕事を休日出勤して手伝うように言ってきたのだ。


 前の私なら面倒くさくなって、ここで根負けして従っていただろう。


 だが、あちらの世界で策謀を巡らせ、実際に自ら動いていた私にとっては面倒なことではなくなっていた。どちらかというと楽しささえ感じている。


 

 『今回の仕事はお断りさせていただきます。当日の朝になって依頼してくるのは非常識です。何度も同じことが繰り返されていますので、今後、このようなことがありましたら部長と人事に報告するつもりです』



 かなり慌てたのだろう。打ち間違えの多いメッセージが山口リーダーからすぐに返ってきて、休日出勤の話はなくなった。今後、同じようなことがあったら部長と人事に報告するつもりだと書いたが、もちろんそんなことはしない。



 「明日の朝イチで部長と人事課に面会予約をとろう。それでも解決しなかったら――やめちゃうか!」

 

 

 なぜ前の私があんなに仕事や人間関係で疲労していたのか、今の私には不思議に感じられる。



 「専属侍女のマリーちゃんが言ってたように、私って変わったのかもしれない……それはそうと早くお風呂に入ろう」


 

 あちらの世界で一ヶ月ほど過ごしたあとだと、今の私はありえない状態だし、部屋の状態もひどすぎる。そしてこのお腹も……。



 「ココーネリアの体に入って思ったけど、スタイルのいい人って、やっぱり筋肉がしっかりついてるんだよねー。筋トレもしよ」

 


 ふと思いついて、その場でカーテシーをしてみる。片足を後ろにずらし、膝を深く曲げる。そしてそのまま頭を下げる。



 「あー無理無理無理!ふらつくー」



 ココーネリアは楽々とやっていたが、私には無理のようだ。



 「筋トレだけじゃなくて、お辞儀の練習もしないとな。――でも、この先、使うことなんてある?」



 私は立ったまま目を閉じて考える。


 

 「……あー、これはワンチャンあるかも。なんか体の中に魔法の残滓みたいなのが残ってるのを感じる」



 目を開けて、右手を開いて掲げる。そのまま、心の中で習った魔法の呪文を唱えてみた。体に残っている魔法の残滓のようなものは、使えるのだろうか?


 

 ヒュ。

 

 「おおー!めっちゃ弱いけど、風が生まれた。これならきっとまた行けるよ、あっちの世界に。だって繋がってるのを感じるもんね。でもまあ、まず風呂だな」

 


 バスルームのドアを開ける私の片眉は、満足げに釣り上がっていたと思う。ココーネリアのような美人じゃないけれど、悪いことをたくらむ悪役令嬢の魂は健在だ。


 お腹だってそのうち……。いや絶対に……。



(終)

 

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