練習2回目
「斧、取ってきました」
僕は額から流れる汗を拭った。
この森から家までは走って十分ほど掛かる。この斧を抱えて走ったら疲労の掛かり方が倍になった気がする。
師匠はというと木に背を預け、ティーカップを傾けている。なんでここで茶を飲んでいるのかは分からない。いつものカッコつけのためかな。
「よく戻ってきた弟子よ。ここに来る時も家に帰る時も走りたまえ」
「はい。それで斧は何のために使うのですか」
「うむ。私も師から習ったことを君にも教えようと思ってな。斧を貸してくれ」
師匠はティーカップを足元の地面に置くと、斧を握って木の前に移動した。
僕は地面に置かれたティーカップをチラ見してから、師匠に注視する。
「まずは軽く叩くぞ」
師匠は片手で斧を振るい、木に叩きつけた。
あまり力も入っていない斧は、刃先を少しだけ木に埋めて止まった。
「見ていたまえ」
斧が再び振るわれた。さっきと同じような力のない斧は、今度は木の幹を両断した。
僕は今起きたことに対処するべく師匠から距離を取った。
「見たかね。これが⁉」
師匠は倒木の下敷きになった。何か言っていたような気もするが、逃げた後で聞き逃してしまった。
「さすがです、師匠!」
とりあえずいつものやつをやってから、切られた木の断面を観察する。
まるで名刀で切られたような滑らかな断面だ。師匠がやったのは物体に魔力を込めて強度を上げるという技術だろう。魔力は体内で操るより外で操る方が難しいと言うし、ここまで威力が上がるのは師匠の技量が高い証拠だ。
僕が観察と考察を終える頃に、師匠は倒木を持ち上げながら立ち上がった。
「ふん!」
師匠は気合の一声とともに倒木を投げ飛ばした。
「災難でしたね」
「大したことではない」
師匠は何でもないというように立っている。
「埃どころか土汚れもないなんて……一体どういうことでしょう」
「良いところに気がついたな」
師匠は確かに倒木の下敷きになったのに、恰好はきれいなままだった。
「まずは斧だ」
師匠は僕の目の前に斧を持ってくると魔力で強化してみせた。
「見た目は変わらないのに、鋭さが増したように感じます」
「その通りだ。これを物体に魔力を込める『魔力付与』という」
師匠が空に斧を振るうとその空気が割かれたような気がした。切れ味は名刀と同じ凶器と化しているのだ。
師匠は斧の魔力付与を解くと、僕に斧を返した。
「これは高度な技術のため、あまり使い手はいない。が!私ぐらいになると高い水準でどんなものにも使えるのだよ」
「さすが師匠。どんなものにも使えるだなんて」
「そう。私の服や靴などにも使えるのだ」
「なるほど!それで汚れが付かなかったのですね」
「その通り!」
師匠は上機嫌になった。僕としても気付きを得られて楽しい。
「そして、木を持ち上げ、投げ飛ばした怪力!あれこそは『肉体強化』だ」
師匠はその場で軽く膝を曲げてジャンプした。垂直五メートルは飛ぶ大跳躍だ。
「本当にすごいや……」
僕の本心の呟きが漏れた。
師匠は飛んだ時と同じように軽く膝を曲げながら着地した。物理法則を無視したような軽やかさだ。
「このように肉体強化を極めれば高く飛ぶことも、重い物を持ち上げることもできるようになる。肉体強化は魔力付与に比べて簡単だが、私ほどの使い手は少ない!」
さすがっす、といつものやり取りを終えると、「今日はここまで」とお開きになった。
「もう陽が沈む。今日は帰りなさい。また明日」
師匠は森の奥に去っていった。
僕は師匠の背中を見送りながら、地面に置かれたままのティーカップを届けるかどうか悩んだ。




