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第七章:最愛の妻(10)

 その日、遼真が帰ってきたのは太陽が沈み、夏の夜空にまん丸い月が浮かんだ頃。


「おかえりなさいませ、遼真様」


 パタパタと乃彩が出迎えに行くと、げっそりとした遼真の姿があった。


「お食事は?」


 遅い時間であるため、もしかしたら食べてきたかもしれない。


「頼む」

「奥様、奥様。そういうときは、ご飯にする? お風呂にする? それとも……」


 バシッ! とものすごい音が響いたと思ったら、啓介が「痛いです、遼真様~」と涙目になっている。


「あほなことを乃彩に教えるな。それよりも、おまえは四十のおっさんか! 古いわ」

「ひどい。僕はこの場を和まそうとですね……」


 そんな二人の様子に笑みをこぼした乃彩は、食堂へと向かう。加代子には先に休んでもらったため、乃彩が手早く準備をする。


「何もおまえがやることないのに」


 食事の用意をする乃彩の姿を見た遼真は、そうぼやく。


「わたくしがやりたかったのです。それから、お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」


 むしろ彼から話を聞きたいがために、先に加代子を下がらせた。


「どれから話そうか?」


 それは今日のこと。朝早くから、突然、協会へと連れていかれ、怪我をした莉乃に治癒の力を使った。


「やはり、まずはおまえの妹のことか?」


 遼真は食事をしながらぽつぽつと話し始める。


「おまえを呼び出したのはあの狐だ。乃彩の力が必要だから連れてこいと。俺たちが呼び出されたのは、あの二人……冬賀一族の術師が憑依されたからだ」


 術師が憑依された。大きな声では言いたくない事実だ。だから、まずは公爵らが呼び出されたのだろう。


「わたくしが呼び出されたのは、莉乃の治癒のためということで合っておりますか?」

「そうだ」

「莉乃は鬼に襲われたと聞きました。どうして襲われたのか、その理由をご存知ですか?」


 推測も入るが、と遼真は前置きする。


 恐らく莉乃が魂の浄化を勝手に行ったことが鬼の逆鱗に触れたのではないだろうか、というのが琳の見解らしい。無理やり浄化された魂は異界に送られるため、鬼らはそれに気づいた。


「なんともない魂が勝手に異界に送られてくるわけだ。鬼たちにとっては良い迷惑だな」

「それで莉乃が襲われたと?」


 だが、乃彩の中ではその話がうまく消化できずにいる。どこかもやもやが残るのだ。


「そう考えているのが狐だな」


 遼真の言い方は相変わらずである。仮にも義父となった人物であるのに、敬意を払うとかそういった態度は微塵も感じない。


「それで、憑依されていた人たちは……?」


 茉依に祐二。それから雪月子爵と茶月男爵。あの場では、四人もの人が亡者に憑依されていた。そして自我を失い、鬼の力によって操られていた。


「四人とも、憑依を解いた。だが、いつ、どこで憑依されたかはわからないようだな。術師一族の血を引きながらも憑依されるとはな。恐らく、心の闇を狙われたんだろう」

「それって、わたくしのせいですか?」


 乃彩はテーブルの上に置いた手に、きゅっと力を込めた。


「なんでそうなる?」

「わたくしが……雪月子爵を治癒して、それで多額のお金を請求したから……」

「金を請求したのはおまえではないだろ? おまえの父親だ。それに、力を使って治癒した。それに見合った報酬を要求して何が悪い? おまえが治癒しなければ、あいつらは死んでいたんじゃないのか?」


 だから乃彩が呼ばれたのだ。瀕死だった彼らを助けるために。医療術師でもその命を救えないと匙を投げたから。


「はい……」

「だったら、必要な対価だ。と言いたいところだが……実は、これにもからくりがある」

「からくり? ですか?」

「だからおまえの父親は腹黒狐なんだよ」


 一息いれ、遼真は味噌汁をすすった。


「おまえが治癒した雪月と茶月。あいつら、かなりがめつい方法で金を稼いでいた」

「がめつい、ですか?」

「ああ。雪月はゼネコンとの癒着疑惑。まぁ、談合だな。雪月が情報を横流しして、それでゼネコン側から金をもらっていたわけだ。ようは官製談合だな」


 術師華族は皇帝を支えるといった点からも、国の組織の一部だ。皇帝を中心として開かれる中央議会には術師公爵の四人と侯爵十二人が、術師家族の代表として参加する。


「つまり、だ。春那公爵は雪月の汚い金をおまえを使って回収したというわけだ」

「あっ……」


 何か言わねばと思っても、感情が複雑に渦巻いて言葉が出てこない。

 乃彩は自分のために用意したミルクティーの入ったカップに手を伸ばしてみたが、その手は微かに震えていた。カップを手にして一口飲むまで、遼真に見守られているような感じがする。


「はい……大丈夫です。続けてもらってもよろしいですか?」


 あたたかなミルクティーが喉を通り過ぎてから、乃彩は言った。


「ああ、あとは茶月だな。あれは違法賭博に手を出していた。他にも仲間を募って引き入れて、がっぽり稼いでいたみたいだな」

「もしかしてそのお金を?」

「実際に春那公爵がいくら請求したかは知らん。だが、雪月や茶月が違法に集めた金は全部回収したらしい」

「そうなのですね……」


 金儲けのために乃彩を利用していると思っていた父親が、実は違っていた。


「お父様も、最初からそう言ってくださればよかったのに……」


 そうすれば、悔しさも悲しさも、まして恨みすらも生まれなかっただろう。


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