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第一章:愛のない結婚(5)

「まだ、治癒行為は始まったばかりです。霊力の枯渇が激しいので、一か月ほどかかります。そこからは医療術師による治療が必要となります」

「ありがとうございます、ありがとうございます」


 聡美が礼を口にしたとき、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


「あ、申しわけありません。娘が起きてしまったみたいです」

「どうぞ」


 乃彩がやわらかく微笑むと、聡美は部屋を出ていった。すぐに腕の中に赤ん坊を抱きかかえて戻ってくる。赤ん坊はふりふりのレースがついた服を着ていた。


「パパですよ」


 聡美の言葉に、赤ん坊は貴宏に向かって手を伸ばす。貴宏も娘に向かって手を出して、小さな手をぎゅっと握りしめた。


「それでは、私たちはこれで。乃彩も言いましたように、貴宏さんの霊力回復には一か月ほど時間がかかります。これから毎日、乃彩がこちらに来ますので」


 結婚したとしても、乃彩が清和侯爵家の屋敷で過ごすわけではない。住居は今までと同じように春那公爵家の屋敷。


 それでも乃彩は、貴宏に対して力が使えたことに安堵していた。家族にしか使えないこの能力。今までは両親と莉乃にしか使ったことがない。


 だというのに、今はしっかりと貴宏にの霊力を回復させることができた。たった一枚の紙切れの関係であったとしても、夫婦という関係は家族に間違いないのだ。


「あの、お茶でも……」


 聡美の言葉に琳は笑顔で返す。


「せっかく貴宏さんの意識が戻ったのです。今は側にいてあげてください」

「だぁ」


 琳の言葉に合わせて、赤ん坊も声をあげる。


「あらあら、本当にかわいらしいこと」


 彩音が赤ん坊のほっぺをつんつんと指でつづけば、赤ん坊はぶぶぅと口から涎を出す。その様子を、彩音は楽しそうに見ている。


 それは乃彩には向けてくれない笑顔だった。

 もう一度、貴宏たちに挨拶をして、乃彩たちは外へ出た。


 車に乗り込んだ乃彩は、ぐったりとシートに身体を沈める。力を使ったから、とにかく身体が重い。

 隣で腕を組んでいる琳は、チラリと乃彩を一瞥してから黙って前を向いた。


 我が親ながらよくわからない。


 乃彩は静かに目を閉じた。





 それから毎日、乃彩は清和家へと通っていた。もちろん、貴宏に霊力回復の術を施すためだ。


「気分はいかがですか?」

「はい。おかげさまでだいぶよくなりました」


 起き上がれるほどまで回復した貴宏の腕の中には、ふくふくとしたほっぺの赤ん坊がいる。


「あ~、だ~」


 手を乃彩に向かって突き出してくる姿は愛らしいものである。乃彩はその小さな手をきゅっと握りしめる。


「お父様の治癒が終わるまで、お利口で待っていましょうね」

「あ~あ~」


 乃彩が手を話すと、小さな拳はすぐに口元に運ばれる。


「では、術に入らせていただきますね」


 貴宏の左手を両手で包み込むと、いつものように癒しの霊に語りかける。


(恐れ多くも申し上げます。癒しの霊よ……)


 まばゆい光は、貴宏を取り巻いた。癒しの霊は貴宏を蝕んでいた妖力を取り除き、それから霊力の自己回復力を高める。ある程度霊力が安定したところで、医療術師による治療が始まる。そこまで見届ければ、乃彩の役目も終わるだろう。


 そうなったら、待っているのは貴宏との離縁。


 琳からはそう聞いている。この結婚は、家族となった者を治癒するだけの結婚。それが終われば、結婚生活も終わり。


「乃彩さん。お茶の用意ができました。終わったらこちらでどうぞ休んでください」


 声をかけてきたのは貴宏の元妻、聡美である。


「はい、ありがとうございます」


 いつも聡美は、術が終わりそうな頃を見計らって声をかけてくる。


 考えてみればおかしな集まりだ。夫と今の妻と、そして前妻。その三人が仲良くお茶を飲んでいたら、夫の甲斐性が疑われる。


 だが誰も知らない。貴宏が聡美と離婚して乃彩と再婚したことなど。

 定期的に清和侯爵邸を訪れる乃彩は、聡美の友人のようにも見えるだろう。実際、乃彩なんかは、貴宏の妻という立場など忘れている。


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