第七章:最愛の妻(6)
啓介に守られるようにして、乃彩は彼の後ろをついていく。啓介が言った柱まで近づくと、そこからエントランスをこっそりとのぞく。
明らかに二つの組に分かれてにらみ合っていた。霊力がぶつかり合い、閃光が走る。そして、もやがかかった空間から悪鬼がわらわらとやってくる。
「あれは、いったい……?」
乃彩の呟きを敏感に拾い取った啓介が、言葉の先を奪う。
「まぁ……四大公爵に喧嘩を売ったバカがいるってことですね」
啓介の言葉のとおり、四人の公爵の前に立ちはだかっているのは、その姿は人間と同じように四肢がある悪鬼らなのだが、その中に茶月男爵と雪月子爵の姿もあった。つまり悪鬼と術師が手を結んだ、もしくは術師が悪鬼を操っている、そんな状態だ。そしてそれを食い止めようとしているのが公爵らなのだろう。
「ですが、奥様もご存知のように。北秋公爵も冬賀公爵も、そこそこいい年齢でありまして。頭脳戦は得意なようですが、ああいった肉体的な戦いは無理だと思うんですよね」
それを言われてしまえば、乃彩としては琳も心配だった。
遼真が狸、狐というように、何を考えているかわからないように見える琳だが、頭は非常に切れる。その分、父親が走り回ったり悪鬼を倒したりする様子など目にしたことがない。
「というわけで、奥様はここから動かないでください。あの異界と繋ぐ空間を塞がなければ、悪鬼が次から次へとやってくるわけです」
そう言い残した啓介は、悪鬼に向かって駆け出し、素早く近づいては一体、二体と倒していく。いや、啓介が近づいただけで、悪鬼がバタバタと倒れていくのだ。
また、昨日ほど遼真の妖気が悪鬼を寄せ付けていないのは、昨夜、乃彩が浄化を施したからだろう。浄化を施してから、数時間しか経っていないのが幸いだった。
ただ、彼らのいる空間だけも歪んでいるようにも見えた。それは、建物への被害を食い止めるため、結界を張っているためだろう。鬼を討伐するときには、結界を張り、周囲への被害を最小限に食い止める。また、その結界によってあそこの声が乃彩にまで届かないのだ。結界の内側と外。そこには見えない壁がある。
それでも啓介が言ったように、もやからは人のような形の悪鬼が次々と出てくる。だから倒しても、また一体、また一体と這い出してくるのだ。
さらに、そのもやには近づかせないかのようにして、茶月男爵と雪月子爵が立っていた。彼らは、後方で指示を出す司令官のような立場なのだろうか。そう見えなくもない。
そしてあそこに結界を張り、維持しているのが北秋公爵と冬賀公爵に違いない。彼らは後方支援、そして前線に立つのが遼真と琳、そこに啓介が加勢した。
しかし、次から次へと湧き出てくる悪鬼らに対して、遼真らのほうが分は悪い。とにかく悪鬼の数が減らない。
(あの空間を、なんとか封じ込められないかしら……?)
琳と啓介からは、ここから動くなと言われた。霊力を自由に操れない乃彩があそこへ混じったところで、足手まといになるのは目に見えている。
だが、このままここで指をくわえて見ているだけだなんて、それは嫌だ。
悪鬼は倒しても倒しても減る様子はない。このままでは遼真たちの霊力がもたないかもしれない。それに早朝ということもあり、まだ議事堂にやって来る者はいないため、応援も頼めない。
応援。
いや、乃彩には一人だけ応援を頼める人物がいた。
時間は朝の六時を過ぎている。となれば、緊急だと言って連絡すれば、失礼には当たらないだろう。
スマートホンを取り出し、スライドする。後で連絡しようと思っていた修一の連絡先をタップした。
聞こえる呼び出し音がもどかしい。
『……もしもし?』
「おはようございます、修一さん。乃彩です」
『……乃彩? おはよう。こんな朝早くから……何かあった?』
できるだけ端的に、それでもわかりやすく伝えなければという気持ちだけが先走る。
「議事堂に、悪鬼が現れました。今、お父様たちが悪鬼を倒そうとしているのですが、数が多くて……応援を頼みたいのですが……」
スマートホンの向こう側から、息を呑む様子が伝わってきた。
『悪鬼? 議事堂に? なんで……?』
「ごめんなさい。わたくしにもよくわかりません。ただ、空間の一部にもやがかかっていて、そこから悪鬼がやって来るのです」
『異界と繋がる道のようなものだね。それを塞ぐのが先だな……』
「はい。ですが、悪鬼の数が多くて……お父様も遼真様も、そこに近づけないのです」
向こう側が急に静かになった。
この通話は切っていいのだろうか。次にどうしたらいいのか、乃彩には判断ができない。
『……乃彩。とりあえず、父には伝えた。そっちの状況は?』
「あ、はい。北秋公爵と冬賀公爵が結界を張っております」
『被害はおさえられるってわけか……乃彩はどういう状況?』
「彼らはエントランスにいます。わたくしは、そこから少し離れた場所……柱の陰に……」
また、修一が静かになる。いや、遠くからはバタバタと何かが慌てて動いている。