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第七章:最愛の妻(5)

「莉乃にまとわりついていた妖力は、私のほうで狭間に送り返します」


 琳がパチンと指を鳴らせば、淀んでいた空気が、一瞬で消え去った。

 モニターを見ていた俊介は振り返り、莉乃の顔をのぞき込む。


「春那公爵……お嬢様が!」


 その声で琳も莉乃の顔に視線を向けた。


「……莉乃」

「……お、とう……さん?」

「気がついてよかった……今は、ゆっくりと休みなさい」


 琳が莉乃の頭を優しく撫でると、莉乃は微かに頷いた。


「橘先生、あとはお願いします。乃彩、いきますよ」

「え、と……どこに?」

「あなたの婿殿のところです。少々ややこしいことになっておりましてね」


 すでにややこしい。

 乃彩を突き放したはずの琳が、何事もなかったかのようにしてここにいること。莉乃が鬼に襲われ、治療を受けていること。ややこしいうえに、わけがわからない。


 それでも莉乃を俊介にまかせた琳は、乃彩をつれて真っ白な病室から静かな廊下へと出た。数歩遅れて啓介がついてくるものの、それに対して琳は特に何も言わない。啓介という存在がまるでいないかのように。


「……茶月男爵と雪月子爵、覚えていますね?」

「はい」 


 忘れもしない。乃彩の二番目と三番目の夫。


 だが琳は、乃彩が返事をしたにもかかわらず、それ以上の言葉を続けようとはしなかった。ただ、あの二人が関係するかのような、そんな思わせぶりの言葉だけを残して。


 議事堂本棟のエントランスへと向かう。遼真らがいる部屋へ向かうには、一度エントランスを抜けてこちらとは反対側に進む必要があった。


 琳に聞きたいことはたくさんある。聞いたところで教えてもらえるかどうかはわからないが、とにかく乃彩の心の中はもやもやしていた。


「……お父様」

「しっ」


 目の前に吹き抜けの壁が見えてきたとき、琳はそれ以上、乃彩が歩を進めないようにと右手で制した。エントランスのほうが騒がしい。


「橘先生の息子殿、乃彩を頼みます」


 琳は乃彩をその場において、すたすたと早足でエントランスに向かう。


「お父様」


 後を追おうとした乃彩を、啓介が止めた。


「奥様。なりません。春那公爵がああおっしゃったのであれば、僕は奥様を守る必要があります。ですから、ここにとどまりください」

「ですが、わたくしはいったい何がなんやら……啓介さんはご存知なのですか?」


 琳は大事なことは何も言わない。だから余計に不安になるし、疑いたくもなる。


「いいえ。まったくわかりません。ただ……」

「ただ?」

「微かですが、妖力を感じませんか?」


 啓介にそう指摘されて、乃彩は霊力を張り巡らす。といっても、大した霊力があるわけでもないため、集中してそれを感じ取ろうとする。


 あのときは遼真にまとわりつく妖力がすぐにわかった。だが、それきりだ。他の妖力は「家族」が絡んでいないと、すぐには気づけない。相変わらず、不便な力なのだ。


「あっ……わかりました。もしかして、悪鬼が……?」

「術師の総本山のような議事堂にまで入り込むとは、なかなか腕の立つ悪鬼ですね」


 啓介の言うとおりだ。乃彩がここまで来るのにだって、何度も身分確認と霊力の確認がされた。


「啓介さん、わたくしたちも」

「う~ん、ですが僕。春那公爵から頼まれたわけです。ですから、奥様を危険な目に合わせることはできません」

「わたくしだって術師の端くれです。近くに鬼が出て、皆を襲っているのであれば、それを助けたいと思うのは当然ではありませんか? そのための術師ですよね」


 乃彩がはっきりとした口調で啓介に訴えかけると、彼も困ったように「う~ん」と唸る。


「……わかりました。では、奥様。あそこの柱までいって、ちょっとだけ様子を見てみましょう。僕も妖力を感じる程度であって、どれだけの鬼がどれくらいいるかだなんて、実はまったくわかりません」


 自信に満ちた顔で啓介が言うのは、この妖力に気づかなかった乃彩への気遣いなのか。


「僕の力って近接型なんですよね。だから、遠いとまったく感じないし、攻撃も近づかないとできないんですよ」


 昨日の廃工場のことを言っているのだろう。昨日、啓介はあっという間に悪鬼を倒したが、彼の霊力は短刀に似ている。悪鬼に近づき、その懐に潜り込んだと思ったら、相手が倒れているのだ。


 それに引き換え乃彩の攻撃は遠隔型だ。基礎となる霊玉を遠くから投げつけるといった感じである。攻撃については、乃彩の心理状態によって激しく左右されるため、その霊玉だって確実に当たるとは限らない。それでも昨日はなんとか、啓介を援護する形で何体かの悪鬼に霊玉を当てることができた。


「いいですか? 奥様。あの柱までですからね。それ以上、近づいてはなりません。僕が怒られます」


 琳に怒られる啓介の姿を想像してみる。啓介のことだから、相手が琳であってもいつもと同じように受け流すかもしれない。この状況で不謹慎かもしれないが、乃彩からはくすりと笑みが漏れた。


 だけどそれによって、心がふわっと軽くなった。


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