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第七章:最愛の妻(4)

「かわったこと……わたくしが遼真様と結婚したときですが……」

「えぇ。それで私が乃彩を勘当した。だから家族ではなくなったから、莉乃へ力が使えなくなったと、あなたはそう言いたいのですね?」


 はい、と乃彩は首肯する。

 すると琳は、コホンとわざとらしく空咳をした。


「勘当と言いましても、法的に親子の縁が切れるわけではありませんから。乃彩が日夏公爵と結婚したことで、日夏と春那の繋がりを面白くないと思う者もいるでしょう」


 その言葉に、乃彩の鼓動は大きく音を立てる。修一から聞かされた言葉とリンクするものがある、かもしれない。


「とにかく、あなたと莉乃の関係は姉妹。家族に違いはありません」

「ですが、あのとき……確かに莉乃に力は使えませんでした」

「力そのものが使えなくなったということですか?」


 琳が眼鏡の奥で目を細くした。 


「……いえ。遼真様……旦那様には使えましたので、わたくしの力がなくなったわけではありません」

「なるほど……そのとき莉乃から何かを感じませんでしたか? 普段と違うことなど」


 そうですね、と乃彩は今から二か月の間、莉乃との間に何が起こったかをざっとさらう。


「お父様は、ご存知でしたか? 莉乃が勝手に魂の浄化をしていたことを」


 伝えねばと思っていたことだが、結局、琳と顔を合わせたのはあのパーティーの日のみ。あの場で話題にする内容でもなかったし、その話をするためにわざわざ春那の家に足を向けたいとも思わなかった。


 じっと琳の顔を見つめると、彼は眉間に深くしわを刻む。


「……なるほど。どうやら私たちは莉乃を自由にさせすぎていたようですね。まあ、乃彩が家を出ていったこともあり、あの娘も何か思うところはあったようなのですが……魂を……なるほど……」


 左手の手のひらに右肘を乗せ、右手顎を撫でる琳は、何やら考え込んでいた。それだってほんの数秒だ。


「わかりました。乃彩、まずは莉乃に治癒をお願いします」

「ですが、お父様!」

「大丈夫です。莉乃はあなたの妹で家族です。そしてあなたが莉乃に力を使えなかったのは、恐らく莉乃に原因があります。そして、乃彩でなければ莉乃を助けることはできません。感じるでしょう? この妖力」


 琳が言うように、莉乃からは禍々しい気が感じられた。それが彼女の全身を鎧のように包み込んでいる。まずはこの鎧を壊さなければ、莉乃に治癒が施せない。


 そしてこのままであれば、莉乃は確実に死に向かう。乃彩だって莉乃に死んでほしいわけではない。

 乃彩は莉乃の右手を、自身の両手でそっと包み込んだ。念じて、妖力の鎧のようなものを破壊する。


「一方的に浄化された魂は、異界に堕ちます。異界は鬼らの縄張りです。そこへ送られた魂がどうなるか。まあ、いい方向には動きませんね。そういった魂の恨みが感じられませんか?」


 琳の言葉に耳を傾けながら、妖力を探り始める。まるで細い糸をたどるかのように、その気は繊細でわかりにくい。遼真から感じる妖力とは、また違う。


 さらにその細い妖力は莉乃の深層にまで入り込んでいるかのよう。細くて目立たないだけに、奥に奥にと入れるのだろう。


「妖力の根っこを捜し、それを祓ってください」


 感じるか感じないか、視えるか視えないか。それだけ細い妖力を追う。


(あった――)


 乃彩も自分で気づかぬうちに、顔をぱっと明るくしたに違いない。


「それを莉乃から引き剥がすかのようにして、祓ってください。根が残らないように」


(恐れ多くも申し上げます。癒しの霊よ……)


 どこか反発する力を感じた。だが、それに対して乃彩は「お願い」と念じる。


 ここ数年、特に乃彩が高等部に進学してから、莉乃の乃彩に対する態度はひどいものだった。


 それでも昔は、姉妹としてそれなりに仲はよかった。

 だというのに、どうして莉乃は乃彩を利用し、虐げるようになってしまったのだろう。それは、彩音も琳も同じだ。

 家族四人、仲良く桜を見に行ったあの日。できることなら、あの日に戻りたい。


(恐れ多くも申し上げます。癒しの霊よ……)


 それは草をむしる感覚に似ていた。莉乃の身体の奥に根を張っていた妖力を、根っこからゆっくりと取り除く。

 ふぅ、と乃彩は肩で大きく息を吐いた。額には、うっすらと汗が滲み出す。


 心の中で何度も何度も念じる。

 莉乃の霊力回復は、今までも何度も行ってきた。だから、その感覚はすぐにわかった。


「莉乃にまとわりついていた妖力は、莉乃が強制的に浄化させた魂が根源にあります。だから乃彩の癒しの霊は、その魂を拒んだのでしょう」


 莉乃によって一方的に浄化された魂は、本来の行くべき場所、狭間へ向かうことができずに異界へと飛ばされる。異界に飛ばされた魂は、自身をそこに送り込んだ莉乃に対し恨みを持ち、異界の力の影響も受け、妖力となって襲いかかった。しかし妖力であっても、元は魂。それとの関わりを、癒しの霊は拒んだのだ。だから乃彩の力が、莉乃に使えなくなっていた。


 つまり、莉乃が勝手に魂を浄化したことで、乃彩の癒しの霊と反発していた――。

 それが乃彩が莉乃に対して力が使えなかった理由だと、琳は言った。


 魂がいつまでもこの世界にとどまっていれば亡者となる。それを防ぐために、四十九日前に浄化を施せば、異界へと送られ妖力に当てられる。

 となれば、魂はそのときがくるまでそっとしておくのがいい。


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