第七章:最愛の妻(2)
「遼真様、奥様をお連れしました」
「啓介。車を出せ。協会に向かう」
「遼真様、いったい何が?」
「話はあとだ」
遼真がざっと乃彩の全身を見回した。
「その服なら問題ないな。行くぞ」
啓介から解放された手は、遼真によって繋がれる。
「あっ……遼真様……」
まだ早朝だというのにこの慌てよう。
そして遼真は協会に向かうと言った。つまり、術師華族のトップらが顔を付き合わせる場所。正確には術師協会議事堂という。普段は、議事堂を管理する者や事務の者が常駐しており、遼真らは定期的な会議が行われるとき、招集がかけられたときくらいしか、足を運ばない。
そのような場所にこんな朝からと考えるならば、招集がかけられたと考えるのが無難だろう。
啓介の運転する車に押し込められるようにして乗り込んだ乃彩は、タイミング見計らって遼真に声をかける。今日は珍しく、車内はラジオが流れていた。
「いったい、何があったのですか? 朝からこのように人をさらうようにして連れ出したわけですから、わたくしにはその理由を聞く権利はございますよね?」
乃彩が凜とした態度で尋ねれば、遼真は驚いたように顔を横に向けた。そこで、険しかった彼の顔がほっと緩む。
「……そうだな。急に連れ出して悪かった……」
肩を上下させ、軽く息を吐く。
「……呼び出された。俺だけではない。あの口ぶりからするに、公爵位全員だ」
「何か事件が起こったと……? そう考えてよろしいでしょうか?」
「ああ、間違いなく何かが起こった。電話で話すのははばかれるような内容だ。とにかく、協会の今後に関わることだから、急いで来てほしいと。連絡を寄越したのは事務官だが、恐らく他の公爵からの指示だな。冬賀か北秋か、もしくは春那か……」
「わたくしまで行く必要がありますか?」
協会の会議に出席できるのは爵位を持つ者だけであって、その配偶者などの出席は認められていない。となれば、これから緊急の会議が開かれるわけではない。
「向こうからのご指名だ。おまえを連れてこいと」
乃彩まで呼び出される理由がわからない。変な胸騒ぎがする。
「寒いか? 急いで連れてきたから、上着を忘れたな……」
不安から肩を震わせたのが、遼真にはそう見えたのだろう。
「いえ、大丈夫です。ただ……わたくしまで呼び出される理由がわかりません。力が欲しいというのであれば、わたくしよりも霊力のある方はたくさんおりますし……」
「だが、治癒能力が使える術師となれば限られている。まして、解呪やら霊力の回復などとなればな……」
遼真がぽつりと呟いたその言葉が、乃彩の心に突き刺さる。そういった力を使えるのは事実だが、それは「家族」にしか使えない。
「悪い。変なことを言った。こういったこと、今までなかったからな。俺も呼び出されただけで状況がわからず、動揺している」
そう言われると、いつもどこか余裕じみたように口元に浮かべる笑みすら、今はない。膝の上に置かれている手は、きつく握りしめられている。
彼がこれだけ身体に緊張を走らせているのも珍しい。
乃彩は、遼真の手を自身の手でそっと包み込んだ。
「……乃彩?」
名を呼ばれたがそれに返事することなく、乃彩は窓の外に視線を向けた。
『――昨夜十一時半頃、……工場跡地の建物が……警察は事件と事故の両面から……』
「え?」
断片的に聞き取ったラジオの内容。しかし、聞こえてきた場所は、昨日、乃彩が茉依らによって閉じ込められた場所。チラリと遼真に視線を向けると、彼は険しい顔をしたまま。
つい、触れている手に力を込めてしまう。遼真もそれに気づき乃彩に顔を向ける。
「そういうことだ」
「そういうこと? どういうことですか? まさか、茉依たちに?」
だが茉依も祐二も、協会に所属する術師捜査官によって連れていかれたはず。
捜査官らが取り調べなどをするために容疑者を捕らえておくのも、議事堂内に設置されている留置施設になる。茉依らはそこにいるだろうと思われるのだが。
「いや、だから詳しくは俺もわからないんだ。とにかく入ってきた情報は、昨日の工場の建物の一部が爆発したこと、それと関係があるかどうかはわからないが、協会から呼び出されたこと。そこにおまえも連れてこいと言われたこと。これだけだ」
すべてが断片的な情報で、繋がるようで繋がらない。
茉依たちから話を聞き終えた捜査官が乃彩からも情報を得たいというのであれば、呼び出されるのもわかるが、その時間が不自然。
むしろ、工場爆発の犯人だと思われているほうが、呼び出しの理由としては納得できる。
「まぁ、それはないだろうな」
「え?」
「おまえのことだから、工場爆破犯人として名前があがったからだとか、そんなことを考えていると思っただけだ。そんな難しい顔をしやがって」
遼真が空いている手で、乃彩の眉間をぐりぐりっと押してきた。