表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/74

第六章:大切な人(11)

「ああ、あの腹黒狐か」

「わたくしは、彼と結婚しましたが、その後、離婚するにあたり、父が慰謝料としてかなりの額を請求したはずです」


 遼真は思わず顔をしかめる。乃彩は実の父親からただ利用されているだけだった。だというのに学友からは逆恨みされている。


「その額を支払うのに……結婚資金を……という噂も聞いたことがあるのですが……」

「まさか、それが原因で最近になって破談になったとかか?」

「詳しくはわかりません。わたくしも、耳に届いた断片的な噂しか知りませんし……あまりクラスの人とは話さないので……」


 だが、これで状況はわかった。


 茉依は、自分らの縁談がうまくいっていない状況で、その怒りの矛先を乃彩に向けてきた。そういったところだろう。


「それで、もう一人いた男は? あれも冬賀一族だったな」

「はい。あの方もクラスメートです。祐二さんとおっしゃいますが、わたくしとの接点はあまりありません……ただ……」


 ふと、乃彩の視線が斜め上を向く。


「わたくしが雪月子爵と離婚したときですが……一時的に、汚い噂が出回りまして……」

「汚い噂?」


 遼真はひくりとこめかみを震わせた。


「はい。わたくしが男好きだとか、遊んでいるとか……そういった噂ですね」


 そのような言葉で乃彩が傷つくと考えたのだろう。そうやって他人を見下し、優位性を感じて安堵する。


「なるほど。愚かな人間が考えそうなことだな」

「そのときに、わたくしを誘おうとしたのがあの男です」


 なぜか遼真の心にイラッとした感情が生まれる。


「それで、どうしたんだ?」


 先ほどよりも低い声色で、そう尋ねていた。乃彩はそれに気づいたかどうかはわからないが、言葉を続ける。


「適当に言い返しておきましたが……場合によっては、冬賀公爵に抗議を入れると言ったところ、それ以上の言葉はありませんでしたので、放っておきました」

「おまえらしいな」


 だが、乃彩の話を聞いたかぎりでは、彼女に恨みなりなんなり特別な感情を持った者によって、連れ去られたと判断していいだろう。


「とにかく、おまえが無事でよかった」

「わたくしも……遼真様が来てくださって、助かりました。わたくしだけでは、悪鬼を封じることなどできませんでしたから……」


 そう言って乃彩が顔を背けた。どこか恥ずかしそうに頬を赤らめている姿は、遼真の情欲を刺激する。だが、それを理性によって封じ込める。


「悪鬼……あれだけの数の悪鬼を啓介だけの霊力では無理だな……。おまえも封じたのか?」


 そう確認してみるが、乃彩は霊玉すらまともに扱えないと聞いている。そのための連日の補習だったのだ。


「は、はい……」


 やはり遼真と目を合わせようとはしない。


「霊力が使えるようになったのか? 家族以外にも……」

「いえ。わたくしの霊力は家族にしか使えません。ですから、先ほどの悪鬼は……その……遼真様のことを助けると……そう思って……」


 語尾がどんどんと消えていく。それでも彼女の言いたいことは理解できた。と同時に、今度は喜びがふつふつと湧いてくる。


「つまり、おまえが悪鬼を封じることができたのは、俺を助けることを考えたから霊力を使えたと。そういうことだな?」


 乃彩は素早く首を二回ほど縦に振った。


「あの悪鬼は、遼真様の妖力の影響を受けておりました。わたくしを狙っていたはずなのに、遼真様が来られたことで、狙いの矛先が遼真様にかわったのです。だから……」


 遼真の妖力が悪鬼を惹きつけると、乃彩は確かにそう言った。そのため遼真は、あの二人の生徒を拘束する側にまわったのだ。


「そうか。おまえのとっさの判断、助かった」

「いえ……それは……遼真様はわたくしの家族ですから……」


 うつむく乃彩をそっと抱き寄せる。それは遼真自身、意識したわけでもない。


「そうか。それは俺も同じだな。おまえは俺にとってなくてはならない存在。大切な人だからな……」


 彼女が今、ここにいてよかったと、心から安堵する。そのぬくもりを確認するために、触れ合いたかったのかもしれない。


「……それは、わたくしが遼真様のその妖力を浄化することができるから……ですよね?」


 どこかもの悲しく聞こえるその声に、腕を緩め彼女の顔をのぞき込んだ。


「……乃彩?」

「いえ。変なことを言いました。わたくしたちの結婚は、最初からお互いをお互いに利用するための。そういった関係ですから、わたくしが遼真様のために動くのは当然のこと……」


 今先までの控えめな様子などなかったかのように、彼女の双眸は力強く揺れている。


「乃彩?」

「申し訳ありません……やはり、クラスメートからあのような仕打ちをされて……わたくしも少し、動揺しているところがあるようです」


 すっと遼真から距離をとった乃彩は、立ち上がる。


「おやすみなさいませ、遼真様」

「あ、あぁ……おやすみ……」


 部屋から立ち去る彼女の後ろ姿を見送りながらも、腕から逃げた熱が恋しいと思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ