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第一章:愛のない結婚(4)

 学園も休みとなる土曜日。


 乃彩は琳と彩音につれられて、清和侯爵家の屋敷へと向かった。瓦屋根の平屋だが、ずいぶんと坪数はあるだろう。縁側や渡り廊下を、使用人たちが忙しそうに歩き回っている。


 庭から玄関へと続く飛び石には風情があり、こういった昔ながらの庭園は、心が落ち着くものだ。それでも乃彩の気持ちはピリリと張り詰めていた。


 これから、結婚をするのだ。名前しか聞いたことのない見知らぬ男性と。


 それを考えただけで、心臓はドクドクと大きく音を立てている。

 なぜ結婚するのか。なんのために結婚するのか。


 そんなことをぐるぐると考えながらも、最終的にはこれは人助けであると、そう自分に言い聞かせて無理矢理、納得させることの繰り返し。


 玄関脇には、和服姿の女性が立っていた。


 乃彩たちの姿を見るとすぐに、深々と頭を下げる。


「お待ちしておりました。春那公爵様。このたびは、お引き受けくださり誠にありがとうございます」


 頭を下げ続ける女性に向かって、琳は頭を上げるようにと手で制す。


「それで、貴宏さんの具合は?」

「は、はい……もって、あと三日だと……」


 毅然とした態度の彼女の瞳には、悲壮感が漂っている。


「なるほど。遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ、もったいなきお言葉でございます」

「このような時間も惜しいでしょうから、すぐに案内してください」

「はい」


 和服姿の女性は聡美(さとみ)と名乗った。彼女こそ、清和貴宏の元妻なのだ。今はもう、二人の間には離婚が成立し、赤の他人となっている。その代わり、貴宏と乃彩に間に婚姻関係が成り立っていた。しかし寝たきりとなっている貴宏は字が書けない。そんな彼の代理人を務めるのは彼の弟だと聞いている。


 たった一枚の紙切れで夫婦の関係があっけなくかわってしまう。そこに、貴宏の意志など関係ない。周囲が彼を助けたいがために、夫婦の関係を変えたのだ。


 聡美に案内されたのは、平屋の奥にある部屋。ドアノブを下げて扉を開けると、そこは洋間だった。黒いヘッドボードのしっかりとしたダブルベッドの真ん中には、横になっている人物がいる。


「あなた。春那公爵様がいらっしゃいましたよ」


 すでに赤の他人という関係の二人だというのに、そこには互いを想う気持ちが溢れていた。


 しかし、貴宏は反応を示さない。横になっている彼の顔は青白く、唇もかさかさに乾いたまま。

 あと三日……。その言葉の意味を、乃彩は噛みしめた。


「状況はわかっております。すぐに始めましょう」


 琳もざっと貴宏の全身を見回し、いつもと変わらぬ口調で淡々と言葉を告げる。


「……乃彩」


 名前を呼ばれただけだというのに、つつっと背中に緊張が走った。背筋を伸ばして頭をゆっくりと下げる。


「はい……お初にお目にかかります。春那乃彩と申します」

「あら、乃彩。あなたはすでに清和家の人間よ。貴宏さんと夫婦になったのだから」


 彩音の言葉に間違いはない。婚姻届に署名をして、それが昨日のうちに受理されている。何も、婚姻届は本人が提出しなくてもいい。


 乃彩が学校へ行っている間に、彩音が手続きを終えていた。


「乃彩、わかりますね?」


 琳の言葉にゆっくりと頷く。部屋に入ったときから、まがまがしい空気を感じていた。

 その中心にいるのが貴宏だ。間違いなく彼は妖力に犯されている。しかも根深く、あと数日のうちにそれは心臓へと達するだろう。


「すみませんが、手に触れさせていただきます」


 聡美の前で貴宏の身体に触れることに躊躇いがあったが、霊力の回復のためには身体の一部と触れ合う必要がある。


「はい」


 藁にもすがるようなか細い声で、聡美が返事をした。


 乃彩は少しだけかけ布団をめくり、貴宏の左手をしっかりと両手で握りしめる。ほんのりと体温を感じるその手は脱力しており、重く感じた。


(恐れ多くも申し上げます。癒しの霊よ……)


 乃彩は心の中で自身の霊力に語りかける。すると触れた箇所がぱあぁっと銀色の光を放ち始めた。その光はゆっくりと広がっていき、貴宏の全身を包み込む。


 それでも乃彩は目を閉じて、心の中で念じ続ける。


 握りしめていた貴宏の手がピクリと反応した。はっと目を開けると、貴宏の顔に赤みが戻っている。ずっと閉じられたままの彼の瞼がピクピクと動いた。


「あなた!」


 聡美の声に反応して瞼がゆっくりと開く。


「さとみ?」

「あなた」


 意識が戻れば、最悪の状態から脱したはず。


 乃彩は握りしめていた貴宏の手を離し、その場を聡美に譲る。


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