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第六章:大切な人(8)

「なぜ? 私たちをめちゃくちゃにしておいて、よくそんなこと、言えるわね」


 茉依はギラギラとした目で乃彩を睨みつけるものの、今にも殴りかかりそうな勢いだ。

 しかし遼真の霊力によって四肢を拘束されているため、それを振り切るかのように身体をねじった。


「無駄だ。俺の力は、そんな生やさしいものじゃない。動けば動くほど、おまえの霊力を奪う」


 遼真の冷ややかの声に怖じ気づいたのか、茉依も暴れるのをやめた。それでも息は荒く、獣のような視線を乃彩にぶつけてくる。


「……あんたのせいよ。あんたのせいで、徹さんとの婚約が……」


 その言葉で乃彩は目を細くした。


「徹? 誰だ?」


 遼真が小さく尋ねると「茉依の婚約者です。雪月徹。雪月子爵です。パーティーの招待客の名前くらい、覚えておいてください」と、乃彩が冷たくあしらった。


「あんたたちが、徹さんから金をむしりとったからよ。金、金、金、金……そんなに金が大事なのか!」


 髪を振り乱しながら、茉依は訴える。彼女の隣には、呆けて座っている男子生徒。だが、そんな彼も逃げ出そうと動いていた。


「……っ!」

「だから、動けば動くほど俺の霊力がおまえたちを締めつけるんだよ。おとなしくしていろ」


 茉依に気をとられているうちにと思ったのだろう。女性を出汁にして逃げるとは、いい度胸をしている。


「茉依……あれは、知らなかったの……父が、そうやってお金を……」


 乃彩がしどろもどろになりながら言葉を投げかけるものの、憎悪に満ちた眼差しの茉依には逆効果だ。


「あんただってグルなんでしょ? 莉乃様じゃなくて、あんたが来たくらいなんだから。インチキな力で、そうやって騙して、金を奪って! この金の亡者が!」


 遼真は、乃彩が今まで何をやらされてきたのかを知っている。だからその言葉が真実ではないというのもわかっている。


 それでも乃彩が苦しそうに顔をゆがめるのを見てしまえば、彼女をかばいたくなるのだ。


「金は、ないよりもあったほうがいいだろ? 金で解決できるなら、それに越したことはない。おまえの婚約者は、あのとき乃彩に助けてもらわなければ、死んでいたんじゃないのか?」


 低い声で遼真が問えば、茉依ははしたなく舌打ちをする。


「ふん。乃彩の力なんてインチキでしょ」

「インチキだろうがなんだろうが、春那公爵に助けてもらったのであれば、それ相応の対価は必要だろう」

「それだって限度っていうものがあるでしょ。別に、徹さんを助けるだけなら、何も乃彩と結婚しなくたってよかったのよ。それなのに、わざわざ結婚して、それで戸籍を汚したから慰謝料みたいな形で……それがあんたたちの狙いなんでしょ」


 話をしても埒が明かない。それにどこまで真実を話していいかがわからない。

 遼真は首を左右に振り、深く息を吐く。


「おまえたちのことは術師協会に報告し、そちらで裁いてもらう」


 怒気を込め、低い声で伝える。


「……ところで、おまえは誰から悪鬼の力を借りたんだ?」


 その問いに、茉依は顔を背けて答えようとはしなかった。


 これ以上、彼女に問いかけても、まともな答えは返ってこないだろう。

 遼真は術師協会に所属する術師捜査官へ直接連絡を入れた。公爵位を持つ遼真には、それだけの権限がある。


 術師捜査官とは、術師が関わった犯罪や事件を捜査する、術師のための警察官のような存在だ。裁くのは協会の幹部を含む上層部であり、その上層部に遼真は含まれる。


 しかし、今回は関係者になる可能性があるため、そこから省かれるかもしれない。


 暴れていた茉依だが、疲れてきたのか少しずつおとなしくなる。その間、隣の男子生徒はあきらめたように、ぴくりとも身体を動かさなかった。


 しばらくして幾人かの術師捜査官がやって来た。二人を連れていく者、廃工場の中をぐるりと確認する者。そして乃彩は別の捜査官から事情を聞かれていた。


 遼真はそれが終わるのを待っていた。


「また、連絡するかもしれません」


 捜査官はそう言って立ち去っていく。

 廃工場は本来の姿を取り戻し、静寂に包まれた。


「帰るか?」


 ふと乃彩に視線を向ければ、どこか疲れたように呆けている。額にはうっすらと汗がにじんでいた。


「……乃彩?」

「あ、はい」

「遼真様。僕、車の用意をしておきます」


 気を利かせたのかなんなのか、啓介は先に戻っていく。


「乃彩、帰るぞ」


 無理矢理にでも引っ張っていかなければ、彼女はそこに突っ立ったまま動かないのではないかと思えるほど。


 だから、そっと手を差し出す。


 乃彩は驚いたように手を見つめ、それから遼真の顔を見て、もう一度差し出した手に視線を落とした。それからゆっくりとその手に触れる。


「帰ろう」

「はい」


 そこでやっと、乃彩は少しだけはにかんだ。


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