第六章:大切な人(6)
啓介から二度目の連絡はすぐにきた。
『遼真様、申し訳ありません』
謝罪から始まったとなれば、やはり乃彩の行方がわからなくなったということだろう。
『高等部の補習は一時間前には終わっているとのことでした』
「そうか」
落ち着き払った口調で答えてみたものの、心臓は恐ろしいくらいに大きな音を立てている。
「……つまり、乃彩はいなくなった、ということでいいんだな?」
『はい……学園内に奥様の姿はありません。砥部がざっと確認したようですが、それらしき生徒はいなかったと……』
乃彩は有名人だ。学園の教師であれば、彼女の姿を把握しているに違いない。
「わかった。おまえは一度、こちらに戻ってこい」
『わかりました……』
答えた啓介の声色は、明らかに落ち込んでいた。
彼との通話を終えた遼真は、スマートホンの画面からアプリのアイコンをタップする。
これは遼真らが開発した位置情報アプリだ。乃彩には位置情報アプリというのは伏せて、モニターとして協力してほしいと理由をつけた。あまり自身のスマートホンにこだわりのない彼女は、素直に遼真の言葉に従った。まだ一般向けにサービスの開始はしていないものの、それなりの精度は保障されている。
彼女が修一とコーヒーショップで会っていたとき、迷わず場所を特定できたのもこのアプリのおかげだ。パーティー以降、日夏公爵夫人として知られた乃彩が、何かに狙われるのではないかと懸念したためだ。
何もなければ使うこともないだろうと思っていたのに、こちらの予想外の行動をとるのが乃彩である。
画面上に表示された地図上に赤い円が点滅している。赤の点滅は移動を示す。ある一定の時間、その場にとどまっていれば緑色の円で表示され、点滅はしない。
移動の速度を考えれば、車に乗せられてどこかへつれていかれているようだ。学園からは十キロ圏内ではあるが、信号待ちなどを考えれば、連れ去られてから二十分以上は経っているだろうか。赤い点は、まだ動いている。
遼真はその点が緑に変わるまで、じっとスマートホンの画面を見つめていた。
「遼真様、申し訳ありません」
謝罪の言葉と共に部屋に入ってきた啓介は、土下座でもする勢いだ。
「啓介、行くぞ。車を出せ」
「行くってどこに?」
「乃彩を助けに行く。彼女が連れ去られたのは間違いない。だが、その相手はわからない。人間の仕業か、鬼の仕業か……」
力ある術師を鬼が狙うという話も昔からよくあること。しかし、今回ばかりはその相手がどちらであるのか、てんで検討がつかないのだ。
術師の中には遼真が邪魔だと思っている者もいる。例えば、遼真がいなくなったことで公爵位を手に入れるような人物とか。
「ですが、僕は奥様がどこに行ったのか、さっぱりわかりません」
「問題ない。ここに向かえ」
遼真はスマートホンの画面を啓介に見せつけた。
「え? 地図? ってこれ、どこからどう見ても、位置情報監視……奥様はご存知なのですか?」
「今はそれどころじゃないだろ? とにかくここに向かえ。おまえのスマホにここの住所を転送する。俺はこれをチェックしている。また移動されては困るからな」
「は、はい」
遼真の勢いに負けた啓介は、素直に返事をした。
啓介が運転する車で、アプリが示す場所へと向かう。赤信号のたびに車が停止するのがもどかしいと感じる。だからといって、堂々と「信号無視をしろ」とも言えない。
とにかく、遼真がそこに着くまで乃彩が無事でいることを祈るだけ。相手がなぜ乃彩をさらったのかは、わからない。
遼真をおびき寄せるためか、乃彩を亡き者にするためか、はたまた春那公爵を脅すためか。
「……どうやら、廃工場のようだな」
スマートホンが示す住所から検索した結果、そこは五年前までオーディオ機器を製造していた工場だった。建物の老朽化と売り上げの低迷により工場を閉鎖した場所である。
「わかりました……あそこですね」
わりと大手企業の工場だっただけに、閉鎖が決まったときは大きなニュースになった。
「だが、この工場……覚えがあるな……」
それは閉鎖の件とは別件で、耳にした記憶がある。
「まぁ。廃れた場所は、鬼にとっては大好物ですよね」
「ああ、そうか……思い出した。ほんの数ヶ月前、ここの廃工場に悪鬼が出たんだ」
その悪鬼を討伐したのも術師らだ。亡者を操ることのできない悪鬼だが、野放しにしておけば生きている人間を襲う。そうなる前に、悪鬼の気配を感じたらすぐに討伐するのも術師の役目。
ただ、そのときは悪鬼の数が多く、幾人かの術師も負傷したとも聞いている。