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第六章:大切な人(4)

 驚いた様子の修一であったが、すぐに冷静さを取り戻す。


「日夏公爵とあろう方も、意外と過保護なんですね」

「いくら結婚したといっても、俺の妻はこのように魅力的な女性だからね。結婚云々関係なく、お近づきになりたいと思う不埒な男が後をたたないのだよ。だから、つい過保護になってしまう」


 普段の遼真であれば、決して口にしないような言葉が聞こえてきて、乃彩も耳を疑った。


「なるほど。乃彩も嫉妬深い旦那さんでは苦労するね」


 いつも穏やかな話し方をする修一なのに、今の声には尖りがある。


「必要な話は終わりました。公爵夫人を無断でお借りして申し訳ありません。僕と乃彩は幼馴染みでしてね。乃彩が不自由していないか、どうしても気になってしまうのです。」


 修一が頭を軽く下げるものの、心からの謝罪とは言い難い。


「話が終わったというのであれば、帰ろうか。乃彩」


 そうは言っても、まだミルクティーは半分以上も残っている。


「女性がお茶を飲むまでの時間すら待てないとは。余裕のない男は嫌われますよ?」


 遼真は浮かしかけた腰を元に戻すが、修一はそんな遼真を横目にゆっくりと珈琲を飲んでいる。


 乃彩にとってはいたたまれない空気だ。

 美味しいはずのミルクティーが、ひどく苦く感じる。残りを一気に飲み干そうとすれば「そんなに慌てなくていいよ」と修一が声をかけてくる。


 とにかく少しでも早くこの場を立ち去りたい乃彩は、彼の声を無視して飲み切った。


「ごちそうさまです」

「フィナンシェ。残ってるよ?」

「お腹がいっぱいなので」

「急いで飲むからだよ。後で食べるといい」


 個装されているフィナンシェは、テイクアウトも可能なもの。


「ありがとうございます」

「なんだ。今日は大福ではないのか?」


 なぜこのタイミングでそのようなことを言うのか。

 乃彩はフィナンシェを鞄にいれてから慌てて立ち上がる。


「遼真様。帰りましょう。おばあさまも待っておりますので」

「そうだな」


 遼真はおもむろに立ち上がり、修一を一瞥する。


「妻が世話になったな」


 さっさと店を出ていこうとする遼真の後ろを乃彩が追う。


「乃彩。また、連絡する。連絡先はおじさんから聞いているから」


 乃彩のスマートホンに登録されているのは春那家の家族、それからほんの数人の友人。最近、そこに遼真と啓介が追加されたくらいだ。


 結婚してからというもの、琳や彩音からの連絡はない。ときどき莉乃がわけのわからないメッセージを送ってくるが、無視している。その結果、教室にまで乗り込んでくるようにもなったのだが。


 だから、琳が修一に連絡先を教えたというのは、やはり()()()()()()なのだろう。


「はい。必要であれば」


 修一に頭を下げてから、店を出た。その店を出たところで、遼真が待っていた。


「帰るぞ」

「それよりも、どうして遼真様はこちらに?」

「啓介から連絡があった。おまえが友達と寄り道して帰るだなんて言うからだ。おまえ、友達、いないだろ?」

「失礼ですね。友達の一人くらい、おります」


 その一人の友達とは聡美だ。聡美とは、二年ほど関係が続いている。


「清和侯爵夫人か?」


 それすら遼真にバレていた。


「とにかく。啓介はおまえが何か事件に巻き込まれるんじゃないかと心配して、俺に連絡してきたわけだ」

「正直に春那の親戚と会うと言えばよかったのですね」

「まぁ……それはそれで、やはり心配になるな」

「遼真様って、意外と心配性なのですね」

「おまえに何かあれば、俺は再び妖力に満たされて、そのうち死ぬからな。俺から妖力を取り除けるのはおまえしかいない」


 遼真の言葉にぎくりとする。


 遼真が乃彩を案じるのは、彼自身のためなのだ。乃彩が遼真から離れてしまえば、彼はじわじわと妖力に侵されて死ぬ。

 この結婚は、お互いにお互いを利用しているものだとわかっているはずなのに。


 その気持ちを封じ込めるかのように、話題を変える。


「啓介さんはどちらに?」


 駐車場に向かったものの、見慣れた車はどこにも見当たらない。


「だから、啓介から連絡をもらって、俺が飛んできたんだよ」


 ワインレッドの曲線形のデザインが美しいスポーツカー。


「もしかして……これが遼真様の車ですか?」

「そうだ。何か?」

「いえ……遼真様が運転されるのを見るのははじめてですので。運転、できるのですね?」

「免許くらい、持っている。いつも啓介に頼んでいるのは、移動中にも仕事をするためだ」


 移動する時間すら惜しいのだろう。その理由に納得しつつ、彼の車に乗る。そこでやっと心が凪いできて、深く息を吐く。


「とにかく。おまえが無事でよかったよ」


 一言ぼそりと告げた遼真が、アクセルを踏んだ。


 車の心地よい振動により、乃彩はうとうととし始める。だけど、なぜ遼真があの場所に駆けつけることができたのか、莉乃のことや修一のことも話をしたかったのに、眠気に負けた。


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