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第六章:大切な人(1)

 中間テストも終わり、パーティーも終わり、あとは夏休みを迎えるだけとなった。


 夏休みは他の学校と時期が異なり、七月の中旬から八月のお盆明けまで。しかし七月中の休みは補習で消えてしまうため、乃彩が夏休みらしい夏休みを遅れるのは、八月に入ってからだ。


 だからその日に、遼真が旅行の予定を立てていた。どこに行くのかはわからない。遼真におまかせコースだ。国内になるのか国外になるのか、それすらもわからない。


 長期休暇を目前にし、教室内も浮き足だっているように見える。


 それでも乃彩は、いつもとかわらない。できるだけ目立たないようにと、息をひそめる。


 特にあのパーティーでは、乃彩が結婚したことを多くの者に周知させた。茉依の他にもほんの数人、学園内で見かけたことがある人が参加していた。さすがに乃彩のように結婚している者はいないが、婚約している人はちらほらといる。茉依だってその一人。


 ぽつぽつと乃彩自身に対する噂が耳に届くこともあったが、たいてい彼らは遠巻きに見ているだけで、直接声をかけてくるわけでもない。


 春那公爵令嬢よりも、日夏公爵夫人という肩書きは上だ。学園に通う誰よりも高い地位を手に入れた。それを今まで黙っていただけ。


 いくら無能と言われようが、日夏公爵夫人に直接何かをしでかそうと思う愚か者はいないようだ。ただし、一部を除いて。

 その一部の筆頭が莉乃である。


 今日も昼休みに、教室に乗り込んできた。猫なで声で、まるで仲のいい姉妹であるかのように。


 無視を決め込もうかと思ったが、クラスメートの好奇心を刺激するだけ。だから人けのない、体育館裏へと連れてこられたわけだ。


 ここはまだ日影になっているため、さほど暑くはない。むしろ体育館倉庫の中は、蒸し風呂状態になっているだろう。


「何か用?」


 莉乃相手に治癒能力は使えない。それが乃彩を強気にさせている原因の一つでもある。


「何か用って、用しかないわよ。ほんとお姉ちゃんのせいでいい迷惑。さっさと日夏公爵と別れて、戻ってきなさいよ」

「あら? 以前は戻ってくる場所なんてないと言っていたのでは?」

「状況が変わったの。お姉ちゃんが戻ってきてくれないと困るんだから」

「あなたが困っても、わたくしは困らないわ。今の生活に満足しているから」


 唇を噛みしめた莉乃だが、その口の端がひくひくと震えている。


「私にも縁談がきたの」

「そう、よかったわね」

「よくないわよ。私、結婚したくないもん。相手は雨水(うすい)侯爵子息の修一(しゅういち)さん。お姉ちゃん、仲がよかったでしょ?」


 雨水修一。乃彩たちからみたら、再従兄弟にあたる者だ。そして遼真が「あの男」と口にして気にしていた人物でもある。


 乃彩よりも三つ年上で、親戚筋というのもあり、昔から顔を合わせていた。

 琳は修一を気に入っていたから、莉乃との縁談があってもおかしな話ではない。


「よい縁談では? お父様があなたにっておっしゃったのでしょう? きっとお父様は修一さんを次期当主にしたいのね。あなたは公爵夫人。よかったわね」

「よくないわよ。なんて私が修一さんと結婚しなければならないわけ? あんなおっさん……」


 おっさんと言っても莉乃とは四歳しか年が離れていない。修一がおっさんであれば、遼真なんかはじじい呼ばわりされるかもしれない。


「術師華族として生を受けた以上、わたくしたちの結婚なんてそんなものでしょう?」

「私は修一さんと結婚したくないの。だから、お姉ちゃんが修一さんと結婚すればいいでしょ?」

「無理なことを言うのね。わたくしはもう、結婚しておりますが?」

「だから! 別れて戻ってくればいいじゃない。今までも、用がすめば別れて戻ってきたんだから。日夏公爵でしょ? いくら払ってくれるか楽しみよね」


 今までの三回の結婚と遼真との結婚は根本的に違う。いや、相手を治癒するという点では同じだが、遼真だけは乃彩の意志で選んだ。


「ですから、わたくしは遼真様と別れる予定はありません」

「もう。お姉ちゃんのくせに生意気。修一さんね、お姉ちゃんのことが好きなの。好きな人同士で結婚したほうがいいでしょ?」

「……え?」

「やだぁ。お姉ちゃん、気づいてなかったの? 修一さん、昔からお姉ちゃんのことしか見てなかったんだよ。お父さんだって、修一さんとお姉ちゃんを結婚させる気でいたんだから。お姉ちゃんだって、修一さんのこと、まんざらでもなかったくせに」


 莉乃から突きつけられた言葉が信じられない。だが、それが事実だとしたら、あのパーティーで修一が言った言葉も腑に落ちる。


 ――こんなことなら、無理矢理にでも僕のものにしておけばよかった。


 そんなことを遼真の前で堂々と言ってのけたのだ。


 そのときの乃彩は、彼がどういった意図でそのようなことを言ったのかなんて、まったくわからなかった。愛想笑いを浮かべて誤魔化した。


「本当は、お姉ちゃんと修一さんを結婚させて、家を継がせる予定だったって。お父さんも言っていたし。だからお姉ちゃんがいなくなったから、私にまわってきただけなの。それを正しい位置に戻すんだから、お姉ちゃんはさっさと離婚して戻ってきて」


 乃彩のいないところで、乃彩の意思など関係ないかのように話は進んでいる。


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